第21話 違和感

 

 人間意識していると時間が長く感じる生き物で、週末がやってくるまでにかなりの時間がかかったような気もする。


 誰だよ、週末なんてすぐ来るとか行ったやつ。

 うん、俺だ。


 なんてよくわからないノリになるほどに高揚を隠しきれないのが本日の俺だったりする。


 それもそのはずで、何て言ったって本日は七夕祭りの二日目で最終日、昨日は近所から鳴り響く祭囃子を聞かないふりして今か今かと待ちわびていた。


 少し前に椎名に連絡を取ってみたところ、昔と同じだと味気ないとのことで家に迎えに行くのではなく待ち合わせって形にしたいようで、会場の手前での待ち合わせという形になった。


 この七夕祭りは、この街一帯で行われていると言ったように結構な規模感のお祭りだ。


 流石にゲームやアニメの主人公キャラのようにいきなりやってきて街の重要なお役目に同級生とカップル役で参戦! と言ったような役目はない。神輿が出てきたりもしないし美少女が巫女役になったりもしない。


 あくまで街を挙げてのお祭りってだけだ。だけども、かなりの広範囲で出店などもやっているため色々な場所で楽しめる。


 約束の時間は午後四時、花火の打ち上がる時間が七時半と考えると結構余裕を持ってお祭りを回ることができそう。


 祭囃子がピーヒョロロとすぐ後ろの方から聞こえて来る。

 その音が遠い過去の記憶のものと同じく、今だけはあの頃に戻ったかのような気分にさせられる。


 実際は心も体もあの頃より数段大人になっていてあの頃の自分とは似ても似つかない。それなのにそんな気持ちにさせられるのはきっと椎名と一緒に回るということがやはり大きいからだろう。


 チラチラと腕時計を確認すると、時刻はもうすぐ四時になるというところ。

 人混みの多さのせいか、まだ椎名の姿は確認できない。


「だーれだっ!」

「うわっ!」


 いきなり視界が暗転し、何が起こったのかを理解するのに少しだけ時間がかかった。


「椎名……」

「こういうのってやっぱり定番じゃない?」


 はあとため息交じりに後ろを振り返る……とその視線の先に佇んでいたのは椎名であって椎名じゃなかった。


 これが言葉として表すのに適切ではないことは確かなんだけど、こうとしか表現できなかった。


 自分の中で存在している茅原椎名という女の子は天真爛漫というイメージで、いいも悪いも綺麗な女の子というよりも可愛い女の子というイメージで構成されていた。


 それがどうだ、目の前に今いる女の子は、見た目や行動は椎名そのものだけど、普段から見せる可愛さのようなものを潜め、綺麗や美しいと言った印象の方が優っている。


 すこしだけ茶の混じったような長い髪は首のあたりで綺麗に結い上げられている。彼女のイメージからしてピンクの浴衣を着そうなイメージだったがそれは大間違いで、黒を基調とした浴衣の様々なところに青や黄、薄ピンクと言った色とりどりのクレマチスが散りばめられた大人っぽい印象の浴衣を着ている。


「想像以上に大人っぽくて、正直綺麗だ」


 殆ど漏れ出てしまったような形で感想を述べる。


「もう、そんなガチっぽく言われちゃったら何も言い返せないじゃん……」


 頬に朱が差す、それすらも仕込まれていたかのように自然で、とても綺麗で、見惚れてしまう。


「見惚れちゃうのもわかるけど、私ばっかみてたらお祭りが終わっちゃうよ?」


 カランと下駄の音が鳴る。

 そのまま振り返った椎名はこちらを見ないままぎゅっと俺の手を取り小さな声で「いこっ」と言う。


 視線を祭りの方へと向け人混みの中に向かってカランカランと歩みを進める。それに置いてかれないように続く形で俺も一歩目を踏み出す。




「すごい懐かしいな〜」


 俺らが回っているこの辺りの出店は殆ど昔から変化がない。変わって行く街並みや変わって行く俺らに反してこの祭りの時代は昔の頃と全く同じ。


 だからだろうか、少しだけ椎名をあの頃の椎名と重ねてしまう。

 どこか危なげで、脆さのようなものを抱えていたあの頃の椎名と。


 そんなはずはないのに、まるで彼女がいなくなってしまうようなそんな不安のようなものが胸のあたりをちくりと刺した。


「駿〜、何から食べる?」

「そりゃあもうあれからだろ、椎名といえばわたあめ!」

「いつまで私を子ども扱いしてるのさ! 今なら普通にお腹空いてるからご飯ものでしょ!」

「ごめんごめん、椎名といえばわたあめのイメージが強かったからさ!」

「も〜! いいからご飯もの食べよ〜!」

「はいよ」


 そのまま周囲を散策することに決める。ぷらぷらと人混みに呑まれない程度に見て回っていると美味しそうな匂いにつられたからか椎名は匂いの先にある焼き鳥の店へと向かう。


「やっぱり、お祭りに来たら焼き鳥は食べないとね!」

「たしかにな、焼き鳥を出店で買うなんて祭りでしかやらないもんな」

「うん!」


 列に並び、俺らの番が来るまでは二人で会話を進める。


 椎名といると話題に困らないというか、やりやすいというのが一番だった。昔の俺を知っているからこそ出て来る話題や、逆にこちらも知っているからこそ出て来る話題も結構ある。


 自分らの番が回って来ると一旦話は終わり、会計をすませる。


 本当に一瞬の出来事ではあったものの、どこか会話が切れて少しだけホッとしたような表情を浮かべたのを見逃さなかった。


 それから花火が始まるまでの間、俺と椎名の間に何度も会話があったのだが椎名の表情は最初の方に比べて浮かないような、どこか寂しげのような表情を浮かべていた。


 その原因はわからないまま時間は刻一刻と進み、もう少しで花火の打ち上げ時間というところまで来ていた。

 

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