第20話 数年越しの
先ほどから何度も同じ文字を眺めている。
眺めていたら文章に変化が訪れる……なんてことももちろんなく、ずっと同じ内容が頭に入ってくるだけだ。
それでもなぜだか俺はその文章から目を離すことができなかった。
目を離す……よりも、目を逸らすことができなかったという方が正解に近い。
叶うことがなかった二人の約束の続きが、俺の回答次第では夢のままで終わるわけでなく現実のものとなるのだから。
でもそれよりも先に、この手紙を送ったのが本人なのかということについてだけは確認しておきたい。
「よし」
小さく、自分の意見を後押しするように声を出し、椎名へ初めて自分からメッセージを送った。
先日遊びに行った時の帰り際に椎名と連絡先を交換したのが早速役に立った形だ。
早速トークを開き、『話があるから、都合のいい時に返信をくれ』という旨を残す。
なんか、知り合いであるはずなのにメッセージを送ることに少しだけ緊張した、それだけ俺自身が椎名に対して意識をしているということなのか、それとも女友達に対して初めてのメッセージを送るということが苦手なのか……そういえば悠里の時も美織の時も先に向こうから送ってきてくれたような……。
なんてことを考えていたらブブブブと携帯が震える。
あまりに急なバイブ音に驚きを隠せなかったもののすぐにその相手が椎名だってことに気づいた。
都合のいい時に返信をくれと送ったはずがこういう返事の仕方をして来るなんていかにも椎名らしい。
「もしもし〜! 驚いたかな?」
画面の向こう側から陽気な声が聞こえて来る。今日の朝までの間にこんな手紙をよこした犯人とは思えない感じで、本当にこの手紙の差出人が椎名なのか判別がつかなくなりそうだ……。
「もしかしなくても驚いたよ」
「それならやってみてよかったよ!」
くすくすと笑う声が聞こえて来る。
「あのさ、それでなんだけども」
「うん、このタイミングで聞いてきたってことはもちろん手紙を読んでその回答ってことだよね?」
やはりわかっていたか……。それならそうと話が早い。俺は迷わず自分の決めた答えを彼女に伝えることにした。
「行こうか……七夕祭り」
「……えっ? いいの?」
「うん。約束も果たせてなかったし、椎名から誘われてなかったら俺の方から誘ってたと思う」
なんだか気恥ずかしくなってきたが自分の決めた答えに迷いはない。
むしろ、これで良かったとすら思える。
「そっか、駿も約束覚えてたんだ……嬉しいな」
「当たり前だろ、むしろその約束を破ったの椎名の方だろ?」
「それを言われたら……そうだけど……むう〜」
電話越しで顔が見えないけれど、椎名がふくれっ面をしているのは手に取るようにわかった。
「とりあえず、日曜日はちゃんと空けておいてね」
「はいよ、今度は急にいなくなったりするなよー」
「流石に急に転校はできないから安心して」
「それ聞いただけでだいぶ安心した」
「それじゃあ、今日はこの辺にしておくね! 午後から友達と遊ぶ予定があるんだ!」
「こっちでちゃんと友達できたようで良かったよ、それじゃあな」
「ばいばい!」
ピロンと通話の切れる音が響く。
急に冷静になる。
「まじで、七夕祭りに一緒に行くのか」
後悔とかそう行った類から漏れ出た言葉というわけじゃない、なんというかあの椎名と今年は一緒に行くことになるんだなという懐かしさに似た感情から出た言葉だった。
数年越しに椎名と交わした約束が果たされるなんて思っていなかっただけに浮ついた気持ちというかなんだろう、ふわふわしている。
週末なんてもうすぐ目の前の話で、きっとすぐやって来る。
あの頃は少しだけ意識していた椎名と、今年一緒にこの祭りに行くことで何かが変わるのか、それとも変わらないのか。それはまだわからないけれど、あの時とはまた違った少しだけ大人になった俺らの七夕祭りがやってこようとしていた。
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