第19話 回想 打ち上がる花火を君と


 ——今は昔。


 と、まるで昔話の語りだしのようにこの話を始めるとしよう。


 正樹との会話の途中に浮かび上がってきたとある日の思い出、来年こそはと約束をしたものの叶うことのなかった約束。



 * * *



「駿はさ、今年誰と行くとか決まっているの?」


 今よりも大分幼い椎名がその当時の俺に向かって問いかける。

 この出来事は椎名が転校する一年ほど前の事だから軽く六年くらい前の出来事だ。


「いや、誰と行くなんて決まっていないよ」


 その当時、ここら一帯でやる七夕祭りは近所の小学生にとって夏のお祭り最後の締めくくりで、特に楽しみにされていた。最後には数万発の花火が上がり夏を締めくくる。


 織姫と彦星のために来年までの間も二人の関係が明るく華やかなものに……なんて意味合いもあって特に盛大に花火が上がっていた。


 その当時からカップル御用達のイベントではあるがそんなことも知らない小学生の男子女子である俺と椎名にとっては最後のお祭りということだけが頭に入っていて、今のように恋人がなんて考えもしていなかった。


 椎名とは家が近所だったということもあって、親同士も顔見知り、そうなればどちらかの親が付き添って二人で回るなんてことも珍しくなかったが、流石に親同伴であっても男子女子が二人で一緒にお祭りを回っているところを友達たちに見られれば囃し立てられるわけである。


 流石に高学年ともなればそれに恥ずかしさみたいなものを感じるわけなのだが、それでも椎名と回ることを頑なに拒むことはなかった。


 というかむしろそう囃し立てられることに悪い気持ちを抱いていなかったんじゃないかと、今思い返してみればそう思わなくもない。


「今年は何から回ろうか!」


 楽しそうな表情でもうすぐやって来る今年の祭りに想いを馳せる椎名の表情を見るのが好きだった。


 ——ただ、その年の七夕祭りを椎名と回ることはなかった。


 理由は単純明快で、その年は椎名にとっても辛い出来事というか男子からのやり過ぎなくらいの嫌がらせ。それらが絡みに絡み合ってその年の祭りに椎名が行きたくないと言い出した。


 だから俺もその年の祭りに行くことはなかった。

 なんとなくだけど毎年の決まり事のようになっていた椎名との約束を破りたくなかった。


「ごめんね、駿……」


 暗い部屋の中でボソッと言った。

 

「いやいや、椎名が謝ることではないでしょ」

「でも、私がもっときっぱりとやめてって言えれば」

「そもそも椎名は何もしてないのに椎名がそこまでする必要があるの?」


 それだけいうと椎名は俯いて「うん」とだけ言った。

 今になって後悔しているが、その時もっとちゃんと踏み込んで手助けしてあげれたら椎名にとってももっといい結果を導くことになったんじゃないかと思う。


「今年はもう無理だけど、来年は一緒に行けたらいいね……」

「約束だぞ、来年は一緒に行くからな!」


 椎名と指切りをする。


 暗く静かな椎名の部屋のなかに一瞬だけ赤や黄色の光が灯る。遅れて花火の大きいバンという音がやって来る。


 カーテンを開けて外を見てみればいつもは真下から見上げている花火が少しだけ低く感じた。


 先ほどまでは暗がりのせいか椎名の顔をはっきりと見ることができなかったが、今は花火が鳴る瞬間だけ明かりに照らされて泣きはらした椎名の顔を見ることができる。


 こんな時になんて思ったりもするが、その瞬間の椎名の横顔がとても綺麗だったと小学生ながらに思ってしまった。


 会話のない部屋の中で、小指だけ繋がれた俺らは静かに外で鳴り響く花火の音や、鮮やかなに夜空を彩る色鮮やかな色彩に酔いしれていた。


 途中椎名が小さく「来年はきっと」と言っていたのは聞かなかったふりをした。


 結果的にその次の年の七夕祭りが来る前に椎名は転校した——。


 * * *


 そんな過去のやり取りを寝ぼけながらに思い出していた俺が気づいた頃には深夜の二時を迎えていた。


「やば、電気つけたまま寝てたっ!」


 急いで電気を消し、そのままの勢いでベッドに飛び込む。


 先ほどまで机で眠っちゃっていたせいか硬くなった体にベッドのスプリングの反発が心地よく感じた。


 次の日……というより今日の朝。なぜかいつもより早くだけ目を覚ました俺が階段を降りると、郵便受けから封筒らしきものが飛び出していた。

 可愛らしい封筒のそのど真ん中に「駿へ」と書かれているのを見て、そのままその手紙を抱え部屋へと戻る。


 裏側には茅原椎名とご丁寧に書かれており、注意深くカッターで封を切ると、中から一枚だけ薄いピンクの便箋が出て来る。



『今年の七夕祭り、一緒に行きませんか?』



 ただ一文だけ、そこには書かれていた。


 たった一文なのにやけに存在感のようなものが感じられる。


 カチンと、止まったままの俺と椎名の中の思い出の時間の針が動き出すような音が鳴る。

 

 そんなきっかけのようなものが、この一文に詰まっていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る