第13話 美織サイド 今度は私から……。
私は結構な緊張しいで、予測もつかない事態とかそういうのに弱い。そのせいか、緊張のせいで自分の持っている全力をしっかり発揮できないままで終わることがある。
なのに部活動はテニスをやっているというのだから笑っちゃうかもしれないけど、それ自体も私自身を変えるための私なりの努力だ。
そんな頑張りを見せている私にもどうにも出来ない事態に
「(筆箱……忘れた……)」
どうして私という人間は重要な日に限ってこういうミスをするのだろうか。
入試の日、私は緊張のあまり、自分の持ち物を最終確認できてなかったのかよりにもよってこの日この時に、テストを受けるための一番重要な筆記用具を忘れてしまったのだ。
「どうしたの……? 大丈夫?」
「え、いや……」
私があたふたしてたら、後から隣の席に腰掛けた男子が私に声をかける。顔ははっきりと見れなかった。だけど優しい声をしているのは分かった。
正直、一人でテンパッていたこともあって誰かが声をかけてくれたのはとてもありがたかった。
そして、その時に私に声をかけてくれた人こそ、
こんな状況だ、皆が皆自分のことで一杯一杯になっているはずなのに彼が、彼だけが私に声をかけてくれた。
私はしっかりと彼の声の方向に顔を向ける。
「もしかして、筆箱忘れたとか?」
すごいなって思った。
それだけじゃない。きっと本当に慌てていることが分かっていたからか、彼の声は優しいだけじゃなくしっかりと私の耳に入るよう少しだけゆっくりと喋ってくれていた。
そこで私は、本当に頭が真っ白という状況から視界に少しだけ余裕を持てた気がする。
「……えっ?」
なんというか声をかけてくれていたのははっきりと理解していたし、内容も聞こえていた。だけどそのほんの少しの言葉を理解するのにタイムラグのようなものがあった。
「あ、はい、忘れて……」
「やっぱりか、大丈夫だよ。今俺が貸すから」
私は、自分の思っていることを感じ取ってくれた自分の嬉しさよりも、こんな状況なのに人を助けられる彼の優しさの方に心を奪われた。
「ほらこれ、いつも使ってるのとは違うかもしれないけど……」
「いえ、全然大丈夫です。あ、ありがとう……」
そういって彼は、消しゴムにシャープペンシル、詰め替え用の芯などを手渡してくれる。
「あの、本当にありがとう」
「ううん、俺が同じ立場だったらきっとかなり困ってただろうし」
周囲の邪魔にならないほどの音量で言葉を
テスト前、しかも高校の受験だ。普通なら会話なんてしている余裕は無い。なのになんでだろう、不思議と心は落ち着く。覚えた単語が抜け落ちないよう、新たな単語を覚えるために少しでも詰め込む。そんな周囲の緊張している状況の中で私は一番リラックスできている。
なぜか、きっと大丈夫、そんな気持ちを抱いていた。
まるでここだけゆったりと時間が流れているように感じる。だけど、そんな二人の空間もテスト開始前の予鈴で終わる。
「それじゃあお互い頑張ろう。落ち着いてな!」
「……うん! 君も!」
お互い、名前は知らない。けど、この状況で名前なんかそんな些細なことはどうでも良かった。
小さい声なはずなのに、どこか力強かった。だから今度は自分の方から頑張ろうと思った。
「あの……頑張って受かろうね」
「おう!」
* * *
これが、私にとって、彼との大事な思い出だ。
きっと彼は覚えていない。
私だけが覚えていればいい。
テストの問題を覚える時間はなかったけれど、君の顔を覚えるくらいは出来たよ。
あの時私が励まされたように、今前に進むことの出来ない彼に手を差し伸べるのは私でありたい。
あの日の君のように――――。
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