第12話 美織サイド 名前
高校に入ってから彼と声を交わしたのは一年の最初、部活のテニスの大会だった。
ペアで出場した相方の悠里の応援で、正樹君とその頃はまだ恋人だった実菜ちゃんと一緒に三人で応援に来ていたのを覚えている。
「はぁ、緊張するなぁ……」
手がわずかに震えているのが分かる。
そんな私は試合前の緊張感のせいか落ち着かないので軽いアップも兼ね一人で周囲を散歩していた。
「赤坂……美織さんだよね……?」
上から来ている白のシャツが太陽の光を反射して少しだけ眩しかったのを覚えている。
「えっ……と、同じクラスの……」
「あ、ごめん、加賀美駿だよ」
緊張のせいか咄嗟に名前が言えなくて後悔する。
今だからこそ笑って言えることなのかもしれないけど、この時は本当にテンパッててしっかりと覚えていたはずの名前を出すことが出来なかった。
……きっと名前も覚えて貰えてないんだなって思っただろうな。私はしっかりと覚えているのにその名前が言えなかった。
そんな罪悪感を心に持ちながら会話をしたのが彼と私が仲良くなる前の出来事。
「なにしてるの駿、私という人がいながらまさかナンパじゃないわよね?」
口元には微笑を浮かべているけど目が笑っていないのがなんとも怖かった。
それを見ている駿君も頬をピクピクさせながら彼女の方を見ている。
「ごめんね、駿が変に声をかけちゃってビックリしちゃったでしょ」
「少しビックリしたけど、それ以上に私も悪いことしちゃったし……」
「ん? なんかした?」
「な、名前……」
やっとの思いで、話題を切り出すことが出来た。
「加賀美君の名前ちゃんと知ってたから……」
「あ~! そうなんだ! よかった!」
「お~い! 何で私が後回しなんだよ!!」
そこで私の相方、悠里がこの場に駆け寄ってくる。
「悠里は別にいつでも言えるだろ! でも赤坂さんはそうも行かないじゃん」
「それナンパって言うんじゃね?」
すると悠里と共にやってきた男子が駿君にそう声をかける。
彼の鳩尾に一発の鉄拳がめり込む。まさにくの字といったように体を折り曲げて痛そうにしている。それをやったのは一緒にいた女の子、名前は確か隅島……実菜さんだったはず。
「……大丈夫?」
「ありがと……優しいなぁ赤坂さんは……」
「いや……そんなことは全然」
「駄目だよ美織! 甘やかしちゃ!」
そんな感じのやり取りを交わし、試合前の時間に雑談を交わす。
「そろそろアップのためにも一回走ろうか! 美織」
試合開始まで残り一時間くらいの頃になると悠里から声をかけられる。
「そうだね悠里」
お互いに顔を見合わせこくんと一つ頷く。それを解散の合図と受け取ったのかその場にいた三人もコートの方に向かうことを私達に告げる。
「それじゃあ俺らはコートの方に向かってるから」
「あいよー!」
私と悠里が軽めのアップのためにジョグを開始する。
「ほんっと駿のやつは……!」
走りながら悠里はそう呟いた。そうは言ってるけど悠里の頬はすこしだけ赤かった。
「なにに対してそんな反応してるの?」
「なんていうかこんなとこでもイチャイチャしちゃってさ!」
視線を私達よりも少し後ろに向ける。
その先では正樹君と反対の位置にいる駿君と実菜ちゃんが正樹君には見えない位置でこっそりと手を繋いでいる。
――いいなぁ。
素直にそう思ってしまった。
ただ、緊張で余裕が無いこの状況でもやっぱりあなたは声をかけてくれた。
あの時と同じように……。
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