第7話 実菜サイド 今更……。
私にとって、加賀美駿という人は愛しい人であった。そう今でも真剣に思えるくらいには彼のことを大事に思っていた。たとえあの日見た光景が事実であったとしても私の中での彼の評価は変わらない。
だって、彼にとってもそうであるように。私達は等しく四年という時間を恋人として過ごしてきたのだ。そう簡単に気持ちなんて切り替えられない。
大事で、なにより楽しくて、それ以外の幸せなんてないんじゃないかと思ってしまうくらいにいつまでもこの時間が続けばいいなと思っていた。
……それ故に今でもあの光景が嘘であればと何度となく思ってしまう。
正直に認めてしまうのは
なのに、なんでこうも上手くいかないのだろうか……。
自分でも感じ取っていることだけど私は頭に血が
もっとちゃんと話し合っていれば解決していたのかもしれない。
あなたが見たという浮気というものは実際はただの勘違い。
ある日の休日に駿と女子が二人で一緒にいる現場を見た私は一時の怒りに身を任せ、わざと彼に他の男子といるところを見せ付けたというのが実のところ。しかもその男子というのが他校に行った小学生の頃の同級生で別に仲良くもなんとも無い。ただその場に居合わせたから仲良さ気に振舞ったというだけだ。
多分それが今回の一件の引き金になった。というか実際にそうだと思う。
だけどそれを否定することもなく誤解を与えたまま私が怒ったので中身が何も解決しないまま私達を繋いでいた恋人というたった二文字の特別が普通へと変わってしまったのだ。
「はぁぁ~~」
教室の後方で仲良さ気に談笑をしている駿を含めた四人、そんな会話を聞いていて少しだけ悲しさを覚えた。
それは別に私が誘われなかったからとかそういうわけではない。今までの付き合いの中で一回も彼女らを自分から誘ったことがないという事実を思い知らされたからだ。
大体始まりは正樹と駿からで、それに続く形で私達がそれに乗るという感じ。ゲーセンというのも私が嫌って行きたがらなかった場所だ。
皆知らず知らずのうちに私に気を使って選択肢の一つに挙げないようにしてくれていた。そんな優しさを当たり前のように受け取っていた自分の自己中心さに悲しくなってしまったのだ。
「本当に自分勝手だな……私」
私があの輪に入りたいなんてわがままは言えない。だけど、そうなんだけど、今までのように戻るのはもう無理なのかな……なんて情けないことを考えてしまう。
「よう、
玄関で靴を取り出している最中のことだ、突如後ろから声をかけられる。最初は驚きのあまり駿かもって思ったけれどよくよく聞いたら声質の違いに気づく。
「正樹……?」
「よう、意外にも元気そうで安心したぜ」
ニカッと笑う。その笑みに一ミリたりとも悪意が感じない辺り本当にいい奴なのかもしれない。
「これで元気だと本当に思ってるの?」
久しぶりの憎まれ口だと思う。思わず言ってしまってハッとする。
「――ごめっ!」
「いいよ別に、俺は日頃から慣れてるからな。お前の元カレのおかげでな」
「元カレ…………」
その響きに違和感のようなものを覚える。私にとっても駿にとっても今のお互いの関係に“元”とついてしまうのだ。それを不思議に思う。
中学の頃に友達を経由して恋人となったわけだけど、一回関係が終わってから何故かそれが友達に戻るのではなく“元”というものが前についた段階からスタートする。
「不満そうだな」
「不満で一杯よ」
「だがなぁ、お前だって分かってるんだろ?」
「なにをよ」
「あいつがお前の一番傷つくようなことを平気でするような奴なんかじゃないって」
「……」
沈黙こそ一番の肯定なんじゃないかって気づいたときには遅かった。
本当に彼を疑っていたのなら私の性格柄、いの一番に否定していたはずであろう事だ。つまり私は彼のことを本気で疑っていなかった。どこかで私の勘違い、もしくは思い込みすぎだって思っていたのだろう。
「少しは冷静に考えられたか?」
「……うん」
「なら今日は早めに帰って寝とけよ」
「……なんで?」
正樹は私の目の辺りを指差し、「隈」と告げた。
上手く隠せていたと思っていたけれどどうやらバレバレだったらしい。
「とりあえず俺からできることはこれくらいだぞ」
そういってそそくさと靴を履いて玄関を出て行った。
「なによ……、今更そんなこと聞きたくなかったわよ」
どこに向けていいのかも分からない気持ちの高まりのようなものを、私はとある行動に移すことで解決しようとした。
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