第6話 週末のお誘い


 結局、これまでの俺と彼女の軌跡は俺の中で歴史となっている。


 何年の何月何日、何々の変が起こった。とのように、彼女との記憶に残るレベルの出来事が教科書をパラパラと捲るようにその時系列順に思い返されていく。


 ちょっとしたことでも思い出せるまでに俺の中でその四年という月日は色濃いものであったことは誰にも変えようの無い事実だった。


「それでどうよ? 昨日はちゃんと寝れたか?」


 後ろの席の正樹まさきが今日もまた俺にちょっかいをかけてくる。

 ただ、こういう何気ない日常のやり取りが今の俺にとって一番心を落ち着かせてくれる。きっと正樹自身もそれが分かっててこういう風にちょっかいを出してくるのだと思う。


 もちろん何も考えていない可能性もある。ここ一日の正樹の気が利いていたところが必要以上に彼を美化する原因になっている。やばい俺弱みに付け込まれるタイプだ……気をつけよう。


「ああ、いつもよりぐっすり眠れたよ」

「そりゃあそうだよな!」

「そうだとも」


 まあ当たり前だな、丸一日寝ずに学校を耐え切ったんだ、途中昼寝を挟んだとはいえ俺の睡眠パワーは最大値を優に超えていただろう。おかげで夜九時には爆睡していた。体の元気度だけで言うならば過去一の健康具合なんじゃないだろうか。


 ともあれ体だけはめちゃくちゃ調子がいいのだろうが精神メンタルの方はズタボロだ。昨日よりかは大分気持ちは楽になったもののそれでも同じ教室の中に長期間付き合っていた元カノがいるということがここまで辛いことだとは思わなんだ。


 今日も時間ぎりぎりの登校らしいな……。


 中学が同じということもあって俺と実菜はある程度家の距離が近い。

 そんなこともあって朝は待ち合わせて一緒に高校に通うことが多かった。俺はどちらかというと朝は早いほうなのでいつも通りの時間に登校できていたわけだが実菜はそうでもなかったらしい。


「(結構無理して時間をあわせてくれていたのかもな……今気づいた)」


 今更になって気づかなくていいことに気づいてしまう。よくあるだけどいなくなって初めて気づくとか……まじで笑えん。


 良いところに気づいたところで今更なにも出来ないっていうのに……。

 そんなどうしようもなさだけが胸に込み上げる。


「おお~い、聞いてんのかって!」


 そこでようやく正樹が何度も声をかけていたということに気づく。


「ごめん、考え事してた……」

「考え事って……まあいいけどさ」


「それでなんだっけ」

「いや、明日どっかいくかって話」


「そうだな、というかそうしてくれたほうが助かる」

「それじゃあ、ゲーセンでも行くか?」


「いいかもしれん」

「じゃあ決まり」


 そんなこんなでありがたいことに明日の予定が決まる。

 ゲーセンなんて久しく行ってないな……。まだ実菜と付き合ってる時期はゲーセンなんて行かなかった。たまに正樹とかと行くくらいで、ゲーセンに行く機会はまったくといっていいほどなかった。


 ……というのも実菜はゲーセンのような音で埋め尽くされた空間が苦手だった。


「なになに~! 明日どこかいくの! 混ぜて混ぜて~!」


 隣の席の悠里が身を乗り出すように俺らの話題に混ざってくる。


「ああ、俺と正樹でゲーセンでも行こうかって話をしてたとこ」

「そうなんだ! じゃあ私達も一緒に行こ! ねっ! みーちゃん!」

「え、でも、ゆうちゃん?!」


 ここで初めて俺の隣、悠里の席の後ろに腰掛ける彼女に視線を向ける。

 日常の風景に自然と溶け込んでいてがここにいることを不自然に思わなかった。


 そもそもだが彼女、赤坂あかさか美織みおりは俺らのクラスではない。俺らがいる二年四組とは違い彼女のクラスは二年二組だった。


 彼女の綺麗なミディアムの黒髪がふありと揺れる。その揺れた髪からふんわりと香るやさしい匂いが彼女の性格を現しているかのようだ。これはフレグランスの匂いって奴だろうか。


 彼女とは悠里ゆうり正樹まさき同様に一年生の頃のクラスが同じで、よくこんな感じで四人プラス実菜でご飯を一緒に食べていたわけだが今はこうして四人で食べている。言わないだけでこの違和感に美織も気づいているのだろうと思う。

 俺らから見て左前方で黙々と昼食をとっている実菜みなに視線をやったのが分かった。


「そういうこと……」


 ぼそり、本当にぼそりと小さく呟いた言葉が俺の耳に入ってくる。


「それで、美織も来る?」


 確認のために代表して俺が聞く。


「うん! 迷惑じゃないなら!」

「もちだぜ!」

「よーし決定!!」


 元気の良い悠里の声が教室の喧騒にも負けず響き渡る。


 そんな彼女の声を聞いて、前方に座る実菜の肩がビクンと跳ねる。そんなことに気づいてしまうくらい俺の視線はまだ、彼女を追っている。


 今はまだ彼女の顔を真正面から覗き見ることが出来ないが、その横顔からは悲しさのようなものを感じ取れた。きっと今までのように悠里や正樹などと接することが出来ないのだろう。そういう点では彼女もまた彼女で寂しい思いをしているのかもしれない。

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