第7話 ある学者と死刑囚 SIDE セアド

 第七章です。第六章のロレンス編とは一部物語の時間軸が重なっています。セアドが囚人となってから得たもの。生まれの不幸。生きる意味。そして最期。それらが記された彼の日記をイメージして描きました。


 ある学者と死刑囚・SIDE セアド


 王国歴 一五七五年 三月十一日


 俺は、とうとうこの王国でヘマやらかして、獄に繋がれちまった。これまでやってきた俺の罪を考えると、とても死刑は避けられないだろうな。


 くそったれ!


 なんとしても、脱獄してやる。



 どんな手を使っても…………死んでたまるかってんだ!




 ……だが、俺は今、心のどっかで不安を感じてる。




 死ぬことへの不安もそうだが、もう、どうあっても逃れられないんじゃあないかって。




 だから、脱獄計画を進めるとともに、こうやって日記をつけることにする。





 なんつーか、自分の生きた証や、経てきた考えを欠片でも残しておきてえからな……。 











 王国歴 一五七五年 五月三日






 誰が見ても予想通り、俺の刑は死刑に確定した。この国の刑法を考えりゃあ、少なくとも安楽死ってわけにゃあいかねえだろう。





 何とかこの鉄格子の外へ出る方法を考えにゃあ。話はそっからだ。





 自由時間に密かに触れる工具箱がある。どれも脱出するのに大した材料にはならなそうだ。





 けど、組み合わせたり、あるいは俺自身が技術を磨けば……外へ出る鍵になるもんでも一個ぐらいあるかもしんねえ。





 もう少し詳しく調べてみるか…………。






 





 王国歴 一五七六年 九月二十日





 やったぜ。



 俺はついにこの狭っ苦しい房から出ることに成功した!






 ……ってのにこうして日記を書いてんのにはもちろん理由がある。





 俺は一度、特殊な針金を組み合わせて錠前を外す技術を身に付け、そして外へ出た。





 だが、問題は脱出ルートだ。





 護送されてくる時もここがどんな環境の国かちっともわからなかった。



 この王国は島国だった。




 周りは海で囲まれ、身を隠せそうな場所はねえ。監獄島ってほどじゃあねえが、なるほど、ここは囚人を閉じ込めておくのに最良の環境だぜチクショウ! 




 外に出るには貿易港が唯一の出入り口。そして貿易や観光に一番の政策を敷いているこの国では、港こそが王国以上に強固な警備だ。




 散々やらかして世界的な指名手配犯である俺は当然あちこち手配書だらけ。警備兵も賞金稼ぎもウヨウヨいやがる!





 俺は一度自ら房へと戻った。くそっ。やっぱ脱出する方法はねえのかよ…………。











 王国歴 一五七六年 十月二日





 しばらくこの王国から脱出する術を探してもがいていた。




 そして探せば探すほどそれは難しいことを感じて、俺は絶望に打ちひしがれた。




 自棄になった俺は、イチャモンつけてきた他の囚人を必要以上にぶん殴って、血ダルマにしちまった。もちろん懲罰房へも何度か入れられた。






 俺は、もう駄目だ。










 ただでさえ暗い牢獄の中が、より一層真っ暗に見えらあ。






 近いうちにまた囚人が増えるらしい。上は異端学説を説いた国家反逆罪から下は偽札作りの現行犯だと。







 まあ、大したこっちゃねえだろ。誰が来ようが、俺の死刑は逃れられねえ。当初の予感通りだ。







 このまま腐り果てるのがオチってやつか、俺の人生は…………。












 王国歴 一五七六年 十月十八日





 この前日記に書いた囚人たちが来やがった。





 国家反逆罪とかいう奴はどんな極悪面かと思えば、生真面目そうな学者だった。



 自分の説いた学説が国家を混乱に陥れる、とかで収監されていた。



 収監されたその日から、看守や観光客、冒険者から文献を集め始めた。どうやら諦めずに学説が本物だと証明する気らしい。殊勝なこった。

 




 次に収監されたのは、麻薬使用・密売の常習犯だった。




 しょっちゅう禁断症状に苦しんでラリってやがる。夜中も喧しいったらありゃしねえ。



 精神病棟に収監しようにも設備と金がもったいねえんだと。おめでたい福祉制度だぜ。





 問題はもう一人。偽札作りの現行犯だが、線の細い男の子だった。




 本人からすりゃ若気の至りだったんだろ。




 だが……ほっとくにはもったいねえカワイコちゃんだぜ。





 もしかしたら、牢獄生活の中に楽しみが出来たかも知れねえ。自由時間にそっとお近づきになって愛を語りあうとすっか。いひひひひ。 











 王国歴 一五七六年 十二月二十四日





 新しい囚人が来てから二ヵ月。




 俺は気がつけば他の囚人たちと心を通わせるようになっていた。





 学者さんは異端視されたとはいえ、そんなクレイジーな野郎には見えねえ。俺たちに自分なりの学説や知識をご講義してくれらあ。



「なんのこっちゃ」ってツラしてるやつもいるが、俺は素直にあの学者先生の講義が面白いと思う。





 この歳で知的好奇心を満たされることの喜びを知るとはよ。






 ヤク中の野郎とはたまに血を見る喧嘩になって、二人仲良く懲罰房に入れられるのもしょっちゅうだ。






 だが、正気に戻っている間の野郎の目はすっげえ悲しそうだし、案外、根は優しい奴だったのかもしれねえ。人生のどこで道を踏み外したかは語らねえがよ。






 カワイコちゃんとは隣同士の房だ。偽札作りなんていかにも狡猾そうな罪を犯した子にしちゃ、俺が紳士的に諭せば素直に話を聞き入れる良い子ちゃんだぜ。






 つくづく牢なんかにぶちこまれるには惜しい子だと思うぜ。




 ……たまに手癖が悪くて他人の物を盗ろうとすることに目をつぶれば、よ。






 例え罪を犯した囚人であっても、人間には善も悪も両面ある。





 ……俺からこいつらにしてやれることって、無いもんかねえ。もうじき、年も明ける。一つ、目標を立ててみっか……ああ寒い。吹雪だぜ。












 王国歴 一五七七年 一月一日






 決めた。




 俺は、ここの囚人たちの為に働くことにする。






 働くっつっても、俺は悪さしか出来ねえし、余命もあと三年ちょっとなんだがな。





 どうせ死刑なんだ。殺しだけはやらねえとしても、出来ることはやるだけやってやる。






 学者先生には城や図書館から文献・資料を持ち出して読ませてやる。





 ヤク中の兄ちゃんには闇商人を通じてヤクを……せめて鎮静剤ぐらいはかっぱらってきてやる。






 隣の坊ちゃんには、この国にある限りのカワイイ物を身に付けさせて、牢獄に華を添えてやるぜ。





 なあに、俺の解錠の技術があれば、抜け出すなんざ容易いこった。ここの看守も節穴だしな。ヘマしてもたかが死期が早まるだけよ。






 看守っていやあ、公務員だろうな。だが、こいつは持病でもあんのか、つい数分前までシャキッと起きてたのに、次の瞬間には意識を失ってオネンネしてる時が頻繁にある。






 公務の為に、自分の健康も自由も何もかも犠牲にしてなけなしのお給金の為に死ぬまで奴隷になる。




 へっ。どっちが囚人だかわかりゃしねえな。まるで家畜だぜ。











 王国歴 一五七八年 二月十五日




 もう、自分なりの目標を決めてから丸一年過ぎちまったか。





 はは。人間、充実して、生き生きした時間を過ごせば過ごすほど時の流れが早くならあ。皮肉なもんだぜ。





 学者先生は新たな書物を読むたびに、目を輝かせて毎日論文を書いてる。





 坊ちゃんはこんな汚ねえ牢獄に不釣合いなぐらい美しくなってきやがった。自由時間が来るのがお互い極上の悦びよ! けけけ。   






 ヤク中の兄ちゃんは……あいつばかりはヤクを断って治療しなきゃ解決できねえんだが、俺がガメてきた鎮静剤を受け取るたびに、泣きながら、ありがとう、ありがとうって頭を下げやがる。











 不思議なもんだぜ。






 俺は人生に迷い、数え切れねえ罪を犯しちまった。業の深さはこの牢獄にいる連中の比じゃあねえ。





 なのに、感謝される。




 連中が求めてるモンを施すと、感謝されちまう。






 まるで、施され……救われ、心が満たされたのは俺の方みてえな感覚に陥っちまう。俺の方が、こいつらに感謝したくなっちまうのに。





 施す手段も間違っているってのによ。









 今夜は興が乗ってる。ちと書き散らしてみっか。俺が、どんな人生をすッ転がってきたか……。









 俺の人生。思い出そうにも穢れだらけだ。




 あえて詩人ぶった書き方しちまうなら、『血の赤と悪意が混濁した黒』って感じだ。






 気にいらねえ奴、目的や欲望の邪魔になる奴、ただ何となく目に留まった奴。




 みんな俺のお下劣な都合でぶっ殺してきた。金目の物も奪ったし、女子供も犯した。利用できる奴は騙して踏み台にしてどん底に叩き落したこともある。





 『生きる』という活動をするたび、俺の手は血で染まり、悪意が魂を犯した。




 他所では「初めて罪を犯した瞬間恐怖や罪悪感で震えた」なんて話を聞くが、俺は気がつけば赤と黒に染まっていた。穢れ始めたのがいつなのかもハッキリしねえ。



 知らず知らずに赤黒く染まる。絵の具に色んな色を混ぜると真っ黒になり、それ以上他の色に変わらねえのと同じかもしれねえ。罪を犯すごとに色は混ざったはずだが、赤黒く混濁したままだ。











 ああ。一個だけ思い出したぜ。俺がガキの頃だ。











 どこぞのスラム街で俺は生まれた。生まれ落ちた頃からこの世はそれこそ『赤黒い』地獄に見えたぜ。






 父親は人の皮を被った悪魔。母親は利用して支配することしか知らねえ魔女。





 家庭なんてもんはハナから破綻どころか存在すらねえ。




 両親とも毎日……殺して、犯して、奪って、騙して、そして狂っていた。





 それでも、おめでたいことに俺は両親のことをどこかで信じてた。理由は三つある。







 一つ目は、真っ当な労働をしねえ親の代わりに俺が働き、そして過労で死に掛けた時、両親がつきっきりで看病してくれたこと。






 二つ目は、俺を飢えさせたことがなかったこと。一日最低一食、何らかの食いモンを与えてくれた。







 三つ目は、俺が仕事で失敗すると、



「人様に迷惑をかけるようなことをすんじゃあねえ!」




と厳しく叱ってくれたこと。









 その時点から親への不満が無かったわけじゃあねえ。だが、それでも愛され、望まれて自分が生まれたのだと信じたかった。










 ある日、俺を人身売買のブローカーに売りつけやがった。











 ブローカーの小汚ねえおっさんが俺を足蹴にしながらこう言いやがった。












「馬鹿なガキだぜえ。他人の為に死ぬまで、知らずに働いてたなんてよお!」











 はじめはなんのことだが理解できなかった。







 だが、そのおっさんの話によると、俺はあの両親の子じゃあなかった。








 どこぞの野良犬でも拾ってくるみてえに、死に掛けの娼婦の腹から引きずり出して自分の所有物にしたらしい。戸籍ももちろん偽者だ。


 セアド=バグズィーって名も、そもそも存在しねえことになってんだろう。




 看病したってのはそんな俺を気の毒に思った近所のジジイだったんだと。全ては労働力として奴隷にするためだった。








 飢えさせたことがなかったのは事実だが、実際のところ食糧は十分にあって、散々食い散らかすほどあったらしい。余った食事を……それも、衛生状態が最悪の食物を俺にあてがったらしい。残飯処理よりもひでえ。病気にならなかったのが奇跡的だったらしい。










 そして、極めつけは生かしておいた三つ目の理由だ。











「人様に迷惑をかけるな」ってのは、単に自分たちが尻拭いをするのが面倒なだけだった。




 身元が不明の子供からサツに自分らの素性がバレるとヤバかったからな。











 全てを理解した時、俺はそれまでの俺でなくなった。











 ブローカーのおっさん共を殺し、その足で偽両親のもとに行き、ぶっ殺した。











 そしてそっからの記憶はハッキリしねえ。気がつけば『赤と黒』の人でなしになってた。








 きっと、大人とか、世の中が定めたルールとか法。何もかも馬鹿馬鹿しくなったんだろう。




 俺は、俺自身に都合の良い様にだけのルールを自分に課して、そのルールの下にカタギの奴から見りゃ『吐き気を催す残虐行為』に日夜耽っていた。






 だってのに、なんだ、こりゃ? 










 いつの間に、俺は他人の為に自分の意思で尽くすようになったんだ? ここにいる囚人たちに……。











 俺は屑野郎だ。それは依然変わらねえ。死刑になって当然だ。なのに今、こんなに充実した気持ちになってていーのか? 










 ……あーあ。夜が明けそうだ。今日はもう寝る。












 王国歴 一五七九年 十二月三十一日





 明日で新年。そして処刑される年だ。




 人生最後の年末ってやつか…………ま、囚人に年末年始なんてもんが必要なのかは知らねえがな。少なくとも俺は大した意味はねえと思う。






 俺はとうとう吹っ切れちまったな。




 脱獄は厳しい。だが、それに執着してれば、いずれ脱獄も実現したかもしれねえのに、俺はここにいる。






 俺は、この牢獄での最期が気に入っちまった。





 相変わらず何かムカつくことがありゃ囚人同士、血を見る喧嘩もするが、長いこと付き合ってると家族みてえな関係性になっちまった。




 むう……家族が無い俺が『家族みてえな』って書くのも何か変だな。だが、この書き方が一番しっくりくるからしょうがねえ。







 所詮死刑を待つ屑野郎の戯言だ。





 だがあえて俺はここに書いとく。






 『俺こそが最高にフリーダム(自由)な囚人』だと。







 俺は、ついにラスト半年足らずの生命になって、心の自由を得た。自分がやりたいことを十分やれる。辛いことももう気にしなくなった。





 欲を言えば、最期に一つ。一つだけ、何かしてえ。この囚人たちだけに留まらない楽しいこと、何かねえかな?












 王国歴 一五八〇年 四月二十日






 ついさっきまで、俺はこの国の……いや、世界中を巻き込むかも知れねえ災いに立ち向かっていた。






 幸い、面白くて、頼りになる仲間が七人もいたから、災いは防げたがよ……正直ビビッたぜ。死刑を待つ前に死ぬかと思った。





 まあ、この事件はあとで散々、世界中で報じられるだろうから、あえて俺がこんな汚ねえ日記に書くまでもねえよな。










 だが、この騒動の中、カワイコちゃんと出会った。ロレンスちゃんっていう金髪が綺麗な人だ。もち、男よ。まあ、女でもそれはそれで、なんだけどな。







 そのロレンスちゃんは、繊細で常に立場とかルールとか、そういうものにがんじがらめになって悩んでいる様子だった。だから、別冊で交換日記をつけることにしたぜ。






 俺様の処刑まであと、六日。ロレンスちゃんにしてあげられること……それが最後に俺がやりたいこと…………なのかねえ? 












 王国歴 一五八〇年 四月二十七日






 いよいよだ。





 俺様がこの世にバイバイしちまう日が来ちまった。








 処刑が恐くねえっ、て言ったら嘘になる。







 もっと生きたかった、って言えば、その通りだ。







 だが、そんなことは誰でも考えるし、例え俺が罪人でなくともそう思うだろう。






 だったら、それが俺の運命であり、人生だったと受け容れるまでだぜ。











 俺、最後に少しでも出来たのかな? 











 少しでも、大切な人の為になること、出来たのかね?












 なんにせよ、俺は重罪人。生きてちゃいけねえ存在なんだ。





 俺様が誰かの為にちょっぴりでも生きられたのか……それはこれを読むあんたが決めてくれ。






 勇者様はあの後どーなっちまったんかねえ。




 ブラック先生はまた患者を治す為に無茶してんのかねえ。





 ウルリカちゃんは、あの子らしい生き方、見つかるといいな。






 ヴェラちゃん、ルルカちゃん、ベネットちゃんは、当分三人でやっていくだろうな。俺も生まれ変われるなら今度は女がいいなあ。







 ロレンスちゃん。






 俺の言うことだって絶対の論理じゃあねえ。ただの俗人の生き方の一つよ。もはや、祈るばかりだ。ロレンスちゃんが楽しく人生を満喫するのをよ。







 じゃあな、あばよ。ロレンスちゃん。そして世界中の人々よ。今度はマシに生きてみるわ。




ある学者と囚人 SIDE セアド END

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