第3話 『女三人の姦しい旅』ルルカ編

LIVE FOR HUMAN外伝小説の第三章です。ルルカ編、ベネット編、ヴェラ編と女性キャラ三人でまとめて「女三人の姦しい旅」としています。まずはルルカ編。


女の子三人の旅ということでライトな話にしております。



キャラクター紹介




ルルカ……剣舞を得意とする旅芸人の少女。元は貴族の令嬢だったが、

ある時没落し、人殺しの技を叩き込まれた上に、激昂したり身の危険が迫ったりすると凶暴な第二の人格が発現する様に呪術をかけられてしまう。普段は淑女らしく気品があり心優しい性格だが、ややしたたかな一面も。

ベネットのソウルメイト。十九歳。



ベネット……猫人(ねこひと)の亜人種である少女。回復法術を得意とし、未来を抽象的に予知する『次回予告』という特技を持つ。女の子が好き過ぎて教会を破門された同性愛者の破戒僧。

『憎悪の泪』の一件でルルカと運命的な出逢いを果たし、共に生きていく決意をしている。

 一見アナーキーな自由人に見えるが、人間に虐待され仲間と離れ離れになった過去の心の傷を持つ。そのためか平和を望む意識や『他人の役に立とう』という精神が人一倍強い。十七歳。


 ヴェラ……歌い演奏することが何より大好きな楽師の女性。愛と平和を生涯のテーマとして歌い続けているが、曲調は激しいモノが多い。


 自我の強さのあまり、自分の演奏を批判する人に手を上げるほど攻撃的な性格だが、ルルカとベネットに出会い多少は他人の意見や感想も取り入れることを覚え始める。天真爛漫で自由奔放な、音楽のジャンル通りROCKな人。空気なんて読まない。脳筋ならぬ『脳が音楽』。二十二歳。


 ラルフ……ルルカ、ベネット、ヴェラ他を仲間に加えた『憎悪の泪』奪還一行のリーダーで、この世界で『最後の勇者』となった青年。憎悪の泪から蘇った魔王を仲間と共に打ち倒し、世界を救った後、行方不明に。二十歳。







 女三人の姦しい旅 ルルカ編

 




 ――――女の子同士で長く行動を共にするということは、わたくしにとってこれまでの十九年あまりの人生でそれほど珍しいことではありません。



 没落したかつての実家から通っていた学校は物心付く頃から女学院でしたし、女性同士で行事に取り組み、勉学に励むことは多かった。



 むしろ、男性の方のほうがわたくしにとっては理解が足りないはず。



 それでも、何故でしょう? 



 今、行動を共にしている女の子二人は、わたくしにとってそれまでの交友関係とは違う、特別な感覚を覚えます。





「なあ、ルルカぁ。そろそろ昼飯にしようぜ。食事当番は……ってオレかあ。かったりー。まあいいや。激辛カレーでも作るか! 俺のROCK SPIRITを味覚でも炸裂させるぜッ!!」




 今日食事当番だと言ったこの人はヴェラ様。ある王国の酒場で音楽のストリートライヴを催していた時にお会いして意気投合しました。




 男性的な口調で活発な性格ですが、れっきとした女性です。



 世界中を旅して楽師としての修行を兼ねていらっしゃいます。



 ちょっと過激で、納得のいかないことがあると攻撃的になる一面がありますが、良い意味で自分を曲げない、情熱的な人です。





「にゃにゃ!? 激辛カレーッ!? ふ、ふざけんにゃッ! アチキの猫舌がそんな刺激物受け付けるワケないにゃっ!! 飲食物の暴力ハンタイ! 猫人ねこひとに優しい食のセカイをッ!!」






 今日のお昼ご飯のメニューに猛烈反対しているこの子はベネット。猫人という猫と人間両方の形質を持つ亜人種です。と言っても、本人が言うとおり猫舌な所と鋭敏な五感を持っている所以外は普通の人間と変わらないかしら。





 彼女……ベネットはわたくしの恋人です。ヴェラ様と同じく王国で出逢いました。





『憎悪の泪』を取り戻すという大事件のために行動を共にする際、「嫁・妾のハーレムが欲しい」と彼女が言ったので、わたくしは自ら妾になることを申し出ました。





 ……別に事件を解決したいから犠牲になるとか、恋愛に特別飢えていたからとか、そういうわけではなくて……純粋に彼女……ベネットの傍に居てあげたいと心から思ったからでした。



 言葉で言う以上に彼女は恋愛する相手を大事にすると何となく思いましたし。





 わたくしの想像通り、彼女は真心をもって相手に接する人でした。わたくしから妾になる、と申し出ると



「こんな自分の邪な願いを受け入れてくれる人がいるなんて!」



 と感涙し、そこからはお互い愛情にどっぷり浸かってしまいましたわ。




 ふふ。確かに浮気性な所もありますけど、何があってもちゃんとわたくしの所に戻って来てくれますしね。




 今では対等……ううん、わたくしの方が年上なことと、彼女がわたくしを「お姉様!」と呼んで慕う気持ちがある分、わたくしの方が少し立場は上かしら? 





「何をーうッ!? ベネット、好き嫌いしてんじゃあねえ! オレの料理が食えねえってのかあ?」





「好き嫌いの問題じゃあにゃいにゃっ! 身体が受け付けにゃいって言ってるんにゃ! ストップ・ザ・激辛! 激辛カレーなんて食べたらアチキの猫舌ただれ落ちるにゃッ! 体温以下ぐらいのぬるま湯温度の魚料理と冷えた牛乳を所望するにゃ!」





「か~っ! んな不味そうなモン食えるか! その『ぬるま湯』って言葉今すぐやめろ! 大ッ嫌いなんだよ、ぬるま湯! 心も身体もHOTになる食いモンが良いに決まってんだろ! だったらアツアツ! 激辛! 料理には全身の毛穴がブチ開くようなガッツを――――」





 あらいけない。お昼ご飯のことでいちいち喧嘩になっていたらたまりませんわ。



 二人をなだめないと。





「……まあまあ。二人とも落ち着いてくださいまし。人にはどうしても受け付けられない食事というものはあるものですわ。だから――」




「フーッ! ヴェラ! あんたのそういう押し付けがましいトコ大嫌いにゃッ! 世の中には白でも黒でもにゃくグレーを愛する人種だっているんにゃ! あんたには『ぬるま湯』という言葉が持つ奥深さをもっと噛み砕くべきにゃ!」





「なんだ畜生! やなこった。ぬるま湯なんて中途半端なモン、誰が好むかよ! んなモンに浸っててホントに満足か? 万病の元だぜ、ハートのな! マグマのように煮えたぎるか、いっそ氷みてえにヒンヤリするかどっちかにしろや!」






「あの……ベネット……ヴェラ様……喧嘩は……」





「そんにゃら! あんたの耳元で百遍でも二百遍でも『ぬるま湯』という念仏を唱える刑に処すにゃ! 骨身に染み込ませちゃる! 覚悟するにゃッ!」






「はっ! そりゃあこっちの台詞だぜ! オレのハートが利いた歌を百曲でも千曲でも聴かせてやるぜ。おめえこそROCKってのは何なのか教えてやるッ!」




「お二人とも…………」





「ギミャアーーーッ!! ぬるま湯ぬるま湯ぬるま湯ぬるぬるぬるぬるヌルヌルヌルヌルヌル!!」





「YEAHHHHHHHHH!! ♪オレの身体が~! 神様の作り物だとして~も~! オレの~魂は奴隷じゃあないぜ~♪」




 ああ……とうとう喧嘩になっちゃったわ。



 ベネットがぬるぬる読経を始め、ヴェラ様が悲鳴のようにいななくギターと共に歌いだしましたわ。





 なんて騒々しい。そして不毛な争い。








 ――――お仕置きが必要、よね?






 そう頭で考えるが早いか、わたくしは素早く二人の間に割って入って両手で腰元から二本のナイフを抜き放ち、それぞれ逆手に持って二人の喉元で寸止めをしました。






「うおっ」

「お、お姉様……」






 驚き、わたくしの目を見る二人。その目は普段のライトブルーの瞳ではなく、冷たくぎらつく金色の瞳へと変化していました。





「…………いいですこと、ヴェラ様にベネット……一緒に旅をする以上、無益な喧嘩はご法度と決めましたよね? ……わたくしをつまらないことで怒らせないでくださいまし。さもないと」






「う、わ、わかった。悪かったよ。ついアツくなり過ぎちまった……」




「お姉様、ごめんにゃさいですにゃ…………だ、だから、ナイフ仕舞って……くださいにゃ」





 恐怖で凍り付き、冷静になる二人。




 ――このように、わたくしは怒ったり身の危険を感じた時に凶暴な別人格が表れ、しばしば喧嘩を仲裁したり戦闘で生き延びる術としていますの。





 まあ、憎悪の泪の一件以来、その『もう一人のわたくし』は本来のわたくしの人格と、徐々に溶けて融合しつつあるのですけれど。




 だから、純粋に怒りを感じると容赦がなくなるのかもしれませんわね。うふふふふふ…………。





「……さて。喧嘩を止めたところで、改めてお昼をどうするか考えましょう?」





 わたくしは瞳を元の色に戻し、二人の喉元からナイフを仕舞いました。





「ヴェラ様はカレーがよろしいのね? ベネットは魚料理で、ぬるい温度の物がよろしいと」





「お、おう」

「そ、そうにゃんですけど」




「だったら、今回は食事当番関係なく、三人で協力してご飯を作りましょう! ナイフを向けたわたくしも悪かったですし……さあ、食材と調理器具を出して! 献立は、シーフードカレーにしましょう!」






 一時間後。





 魚介類や野菜を切って、ライスを炊いて、カレーのルーを鍋に入れて…………。





 さあ、出来ました、シーフードカレー!











 となるはずだったのに、絵に描いたように黒コゲの物体が鍋の中から悪臭を放っています。








「……どうしてこうなったのでしたっけ…………」






「どうしてっつっても…………」






「にゃんともかんとも…………」





 ええっと。取りあえず確認します。




「……ヴェラ様は、そもそもお料理は得意でしたっけ……」





「うんにゃ。自分で作ったことなんてからっきし。カレーもてっきりレトルトがあるものだと。普段は携帯食料か街で外食だし」






「……ベネット。あなたは?」







「……大体ヴェラと同じですにゃ。ただ、魚とか肉とかはほぼ生で食べてましたにゃ。あとは僧侶として托鉢で往来の人に恵んでもらって……そういうルルカお姉様は? 元々貴族のお嬢だったんデショ? 料理とか習わなかったんですかにゃ……?」







「わたくしは……そういうことはお屋敷に勤めていたメイドの方々に任せっきりでしたの。ナイフなら扱い慣れてますけど、包丁とか鍋とかを扱った経験はこれっぽっちも」












「「「……つまり?」」」











 わたくしたち三人は顔を見合わせて同時に問い…………。











「「「……みんな料理未経験者………」」」










 ――同時に答えました。



 そして脱力し、三人とも膝から崩れ落ちて、うつむきました。





「そんにゃ……料理に関して、ヴェラは予想通りだとして……ルルカお姉様まで……くぅ。貴族が食すような豪勢なご飯を想像してたのに……」





「やめて。言わないでベネット……ヴェラ様は旅に慣れた方ですから大丈夫だとばかり……」






「オレぁ、そもそも死なない程度に食えればいいって考えだしな。たまに街に寄れてレストランにありつけた時がラッキーだと思って……あー。腹減ったな~……」





 うなだれるわたくしたち。



 ヴェラ様の言葉に反応したのか、三人ともお腹から、ぐうううう、と空腹の虫の鳴る音が…………。







「う~……ハッ!?」




「ベネット?」





「どしたあ?」





 急に立ち上がり、天を仰ぐベネット。




 これはもしや……!



「どうしたのベネット。まさか」



「そのまさかですにゃ! 今、まさに! アチキのスキル『次回予告』が脳天にビビッと来ましたにゃ! 明るい未来がっ!」





「本当に!?」

「おい、マジか! やりぃ!」






 ベネットの言う『次回予告』。




 それはベネットが持つ超能力で、わたくしたちの未来をお芝居の次回予告のように抽象的に述べ、知ることが出来る能力ですの。




 このピンチ(お昼ご飯が無い)を脱する未来が見えたのかしら?






「そんじゃあ、いきますにゃよ! ぱっぱらっぱっぱっぱーーーッ!!」





 ベネットは頭から波動を放ち……傍にあった切り株の上へお立ち台のように乗り、『次回予告』を発動しました! 




 ベネットは一旦意識を失い、意識が戻るまで、マリオネットのように自動的にぶつぶつと口上を述べます……。



 そして、ベネットの目が光りました!





「……お互いに頼りにしていたはずの料理という女子力ッ! その望みが無惨にも打ち砕かれた三人の前に、救いの光がもたらされるッ!! 次回! 『腹ペコの女子三人よ! 金はあるッ! 南へ一キロ、大きな街のランチをっ! むゥううさぼり尽くせえェッッッ!!』」





 ……南へ、一キロ? 





 そんなに近くに街が?





「……はっ。どうでしたか、お姉様! 何かこのピンチを切り抜けるヒントは!?」






「……おー。よく見たら、あっちの丘の辺りに街が見えらあ。けっこーデケえぞ」







「…………」

「…………」

「…………」










 わたくしたちはそれぞれの顔を見て、そして頷きました。









「……では、今日のお昼は外食ということで! この前の街からそんなに離れていなくて助かりましたわ!」





「おっしゃ! 新しい街でもオレのサウンドをぶちかましてやるぜ!」






「うんまい魚料理はあるかにゃ~。楽しみにゃ~」






 意気揚々と南へ歩を進めることに致しました。



 料理の練習? 




 それ以上いけない。三人ともそう解っていたからお互い話題にしませんでした。ええ。当分話題にしませんとも。





 ちなみに、焦がしたカレーのなり損ないは近くにあった蟻の巣に投じておきました。蟻さんならきっと美味しく召し上がってくれるでしょう。あはははは。








「おや。お嬢さん方、旅の人かい? メイズンの街へようこそ!」







 街の入り口の門をくぐった辺りで、守衛の方がRPGによくある台詞で温かく出迎えてくれました。







「こんにちは!」

「うぃーっす」

「はじめましてにゃ!」





 それぞれ挨拶をするわたくしたち。



「あの……街に辿り着いて早速なのですが……ランチを召し上がれる所はどちらにありますでしょうか?」



「激辛カレーがあるトコな!」




「いや、カレーは色んな意味でコリゴリにゃ……魚料理あるトコもお願いにゃ!」




 お食事処の場所を訊くわたくしと、それぞれの要望を言うヴェラ様とベネット。


 ふふふ。二人ともまだレストランの中に入ったわけでもないのに、せっかちね。



「昼飯かい? あー、もうそういう時間か。カレーに魚料理、ね。それなら安くて手ごろなのが……」





 ――そうして守衛の方に教えていただいたレストランに向かいました。



 席に着き、わたくしたちの希望通り、ヴェラ様には激辛カレーが、ベネットには魚の煮付けと常温のミルクが出されました。







 ですが…………。












「この味! 舌を伝わり! 脳へ伝わり! 魂へ伝わるッ! 震えるぞハート! 染み渡るほど常温! おおおおッ このフォークはーっ! このフォークは、アチキが魚の小骨取りの為に突き立てた! フォークにゃああああああああああああああああああーーーッッッ!!」











「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY(ウリョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ)!? よおおおおオオオオし いいだろうッ! 共に激辛ルーの中へ! 飛び込んでやろうッ! だがなあああ! 辛さを堪能するのは オレ一人だアーッ! いくら辛味が強くても! 耐えられるだけの舌の力はあるはずさァーーーッッッ!!」










「ぬうううううッ! ルルカお姉様ァアアアア! 最後の力をーーーッッッッッ!!」










「二人とも、お黙りなさいっ! 食事時ぐらいお静かになさってくださいまし! ほら、周りのお客様も見ているじゃあないの!」







 ――まったく。二人ともいつも落ち着きが無いんですから……今度はどこかの漫画の影響かしら? エキサイティング過ぎます。危うく衝動的に食器用のナイフとフォークを二人の手元に投げつけるところでしたわ……。







「えへへ、すみませんにゃ。料理が美味しいからついエキサイトして」




「わりい、わりい。ベネットがノリノリだからつい張り合いたくなってよ」





「美味しい食事の度にバトル漫画の最終決戦みたいなテンションになられた方の身にもなってください! まったく、恥ずかしい」



 そう言いながらわたくしはお水をひと口飲んで気を鎮めます。





「……そういやよお……」



「ルルカお姉様の食べるメニューって……」




「? どうかされました? わたくしのメニュー、何か変ですか?」






 そう言いながら、わたくしのメニューが盛られたお皿をずらっと眺めました。






 マーガリンをたっぷり塗ったパンに、ステーキ定食。それが一品で『おかず』にカツ丼、麻婆豆腐、Lサイズのピザ。『スープ』の代わりに最近食べてみて気に入った豚骨ラーメン特盛り。スイーツに「店長のオススメ!」とあったスーパー特大デリシャスパフェにメロンソーダのジュース。



「これ、どこかおかしいですか? え、もしかして身体に悪いものでもありますの?」




「い、いや。わりいって言うか……あたらずとも遠からずってか……」




「ルルカお姉様ぁ。こんだけ食べて、平気にゃの? その、太ったりしにゃいんですか?」




「え? 多いんですか、このメニュー? これぐらい普通かと思ってましたわ。それにわたくし……」





「…………」

「…………」








「これぐらい食べてもちっとも太りませんし。剣舞をやりながら旅をしているせいかしら? お屋敷を出奔してからますます食べますのよね。うふふ。健康体の証拠ですかしらね?」






「!!」

「!!」






 わたくしの話を聞いて何やら二人は驚いた顔をしています。




 気のせいかしら、だんだん険しい顔色になっているような……あら? 







「お二人とも……どうされました? 何か悪いものでも口にされましたか?」





「……そうだよな! たまにいるんだよな! おめえみたいなミラクルボディの持ち主が! ……こちとら、昔ストリートライヴで客から……デブ、って言われてからどれほど死に物狂いで努力を……ええいチクショウッ!!」





「……ルルカお姉様のプロポーションが変わらないのはアチキにとっても嬉しいはずですにゃ……アチキとどっこいどっこいのスタイルのお姉様なら、夜伽も抵抗はにゃいし。でも、にゃに? にゃんにゃの? この胸にこみ上げてくるドス黒い情念は!? ルルカお姉様の気高いイメージが! お淑やかさとのギャップがあ! これが女の性ってヤツにゃの? 認めたくにゃいっ! でも、それ以上にやってらんにゃいッ!!」





「ああ、二人とも何を……」





 突然、ヴェラ様とベネットは恐い顔をしながら、がつがつと自分の食事を物凄い勢いで食べだしました。禍々しさすら感じます……何がそんなに不満なのかしら?









「そんなにがっつくと胃が受け付けませんわよ? 落ち着いて!」



「うるっせえッ! おめえの指図は受けねえ、絶対にだ!」




「フミャア! このリアル肉食系女子ー!」






 そうしてたちまち満腹になり……わたくしたちはしばし食休みをしたのち、お会計のため財布を開けていました。



 わたくしたち三人の所持金は共通で、お財布の管理はわたくしが担当しております。ヴェラ様やベネットは衝動的にお金を使ってしまう癖があるそうなので。



 ええっと、いくらかしら。





「ルルカお姉様、ホントにあれだけのメニューを平らげて平然としてるにゃ…………」





「嘘だろ…………嘘だろ…………やっべえよアイツ。肉食系女子なんてモンじゃあねえよ。底なし沼そのものじゃあねえかよぉ……どういうエネルギー変換ナノマシン埋め込んだらああなんだよ……おっかねえ。ルルカマジおっかねえ」







「あら?」



「……どうしましたか、お姉様?」










「お金の持ち合わせが…………」




「いいっ!? まさか、足りねえのか!?」




「いいえ。ギリギリ足りますけれど……」







 このお店でのお会計……三万八二五〇ゴールド。





 三人全員のお金全額……三万八二五〇ゴールド。












「……というわけで、ここで一文無しになってしまいましたわ…………あ、あはは……」






「あはは、じゃあねえよ! 金銭管理はおめえの役目だろが! なんでそーなる!?」






「この口か!? アチキたちの全財産を喰らい尽くすのはその四次元胃腸へと通じるこの口にゃのかーっ!?」










「ひ、い、痛い痛い……お二人とも叩かないで。つねらないで。いたたた……」









 はあ。参りましたわ。




 この一行の実質的なリーダーであるはずのわたくしが、この一行のトラブルの種(主に食費)となっていたなんて…………。







 ……こんな時、憎悪の泪の一件でリーダーを務めたラルフ様や、人生経験の豊富なブラック様ならどうされるのでしょうね。冒険者として世渡りしてきたウルリカ様も。






 特にラルフ様は……道中決して我を主張せず、目的のために八人もの一行を時に励まし、時に支えてくださった。



 わたくしもそれなりかと思いましたが、勇者と呼ばれたほどのお方と、これほどリーダーシップに差があるのですね……。








 まあ、ラルフ様の場合は……一般的な『人間』のリーダーシップとは比べられないものがあるのですけれども…………。










「……はあーあ。やってらんねえ。腹が膨れたのはいいけど、これからどうすんべ……」









「アチキ、オトコのところへウリに行くなんて真っ平ごめんにゃよ。でも、女郎に行く以外にどうすれば……」










 一文無しとなり、レストランの外でヴェラ様とベネットはしゃがみこんですっかり意気消沈としています。








 ――考えなくちゃ。





 こんな時、わたくしたちに出来ることで、当面の路銀をどう工面するか。





 わたくしがしっかり考えなくっちゃ…………。










 ! そうだわ! あるじゃあない、わたくしたちにうってつけのお仕事が!






「二人とも立って! まずは酒場に行きましょう! 三人だから出来ることがありますのよ!」








「……へ?」

「にゃ?」









 わたくしは、近くの壁の貼り紙を読み、それしかない、と思いました。










『※旅芸人さん大歓迎! ウチで賑やかしを勤めてくれた方には日払いでギャラをお渡しします!

 大衆酒場 バッカス・キス 店長より』






 ――――

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 ――――――――――――


「さあさあ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 今夜は旅芸人の寄席をやるよー!」







 店長さんの威勢の良い声が広い店の外にまで響き渡ります。




 わたくしとヴェラ様は同じステージに立ち、ベネットは小脇のカジノスペースに控えています。






「今日来てくれたのは、気丈にも女三人旅の娘さんたちだ! まずは……一行のリーダー! 美しきソードダンサー・ルルカ!」





 ぱちぱちぱちぱち、と言う店内の拍手と共に、わたくしは笑顔で大きくお客様方に手を振ります。





「次に! さすらいのROCKシンガー! 楽師のヴェラ!」






「よろしくなー!! 一夜限り、夢のSHOWへようこそぉー!」





 拍手に対し大きな声とギターパフォーマンスで応えるヴェラ様。





 そしてそして! 今夜の大目玉! カジノコーナーで控えているのは……未来を予知する超能力者の猫人・ベネットだあ! こりゃあ、今夜のカジノコーナーは大赤字だぜ!






「にゃんにゃにゃ~んっ! みんなのギャンブル勝負、バッチリ予想するにゃよ~! あっ、見てもいいけどアチキたちに触っちゃ嫌にゃよ? YES GANBLE NO TATCH にゃ!」






 ひと際大きな歓声が上がります。







 そう。わたくしたちに出来る路銀集め。それはショーを見せること! 








 ヴェラ様が音楽を奏で、わたくしが剣舞を舞い、そしてベネットが『次回予告』でお客様の賭け事の予知をする! 






 ……成功するかは五分五分ですわ。でも、今はこれしかない。





 せめて今日の宿ぐらいは!








「LET`S PARTY TIME!! ドカンとサウンド、お見舞いするぜ! ワン、ツー、スリー、フォー!」



 ヴェラ様の掛け声で、スポットライトの下でわたくしたちのショーが始まりました!







 ヴェラ様がまずは陽気で親しみやすい曲調のギターを演奏し、わたくしはそれに合わせて両手のナイフと全身を使って剣舞を披露します。






「さあーて、このスロット台の次の出目はーっ! ……『ついに開かれたPARTY TIME! だのに、空気の読めないココの台ッ! こやつにやる気はあるのかッ!? 次回! 俺はまだ本気を出さにゃい! すぐに当てたいなら 隣の台へ行けッ!』お客様方、幸運をッ!」







 ベネットもここぞとばかりに『次回予告』を使います。わあっ、と、ギャンブラーのお客様がスロットへと我先にと駆け込みます。





 徐々に音楽と踊りを観ている人たちも盛り上がって来ました。





 ふふ。これは上手くいくかしら?







 一曲目が終わり、フィニッシュにポーズを決めて……拍手をいただきました!




 やったわ! この調子ですわ!






「ありがとよー! だが、まだほんの序の口だぜ! 次の一曲はヘヴィーにいくぜ! LET`S ROCK!!」








 ヴェラ様の宣言通り、二曲目はかなり激しい曲調でいきます。わたくしも曲に合わせ、激しく舞います。








「うおおおおお!! ヴェラ! ルルカ! ヴェラ! ルルカ!」








 聴衆の方々が腕を振ってコールしてくれました。かなり盛り上がってくださっているみたい。







 ヴェラ様の歌声は、実は普通の楽師の方の歌声とは少し違います。


 憎悪の泪の一件の時、医者であるブラック様にお聞きしたところによると


「ただ音楽で気分が高揚しているだけでなく、彼女の歌声に何か特殊な波長が生じて、生物の生命活動を活発にする効果がある」


 そうです。実際、大人しく聴いているだけだったはずのお客様もいつの間にか立ち上がり、興奮しています。



 わたくしもいつもより身のこなしが素早く、軽くなっています。




 ふふふ。ブラック様は「同行している間にあの歌声の秘密を科学的に完全には解明出来なかったのが残念だ」とおっしゃってましたっけ。









「ぱぱぱぱぱぱ! ……『宴も盛り上がってきた最中、カジノコーナーのギャンブルマシンも調子が出てきたッ! 今こそ俺の絶頂期! 次回! ギャンブラーたちよ 我が世の春が来た! 駆け抜けろ! ルーレットマシンへ!』乞うご期待ィーッ!!」






 ベネットも絶好調みたい。『次回予告』に合わせてギャンブラーたちが盛んに動くのが目の端で見ていてもわかりますわ。初めは様子見をしていた玄人の勝負師たちも今は積極的に賭けています。






 しかし……メイズンの街の酒場、「バッカス・キス」でのショーも大いに盛り上がり、わたくしたちも心地よい汗を流しだした、その時でした。









「YEAHHHHHHH!! サイッコーの盛り上がりだぜえ! みんなはどうだ? まだついてこれるかあ~!?」





「うおおおおおおおお!!」





「WAAAO!! 今夜の客はノリがいいぜ! じゃあ、もう一曲…………お?」





「……ヴェラ様? ……あっ!」










「ちょ……ちょちょちょ、ちょお……お客さん、困りますにゃ~……触るのはナシって言ったにゃ」



「いひひひひ。いいじゃあねえかよお~。触ったって減るもんじゃあなし、ふへへへへへ」








 ――――ベネットが、男に言い寄られている――――






「HEY! そこの客! ベネットに触んな! ベネットは女以外はなあ――――」









 ヒュカッ!





「ひいっ!?」


「にゃ? ……このナイフは」







「あっ」










 そう声を出してから気付きました。




 思わず、ベネットにしつこく言い寄る男に向かってナイフを投げてしまったことに。








 幸い狙いは外れて、男の目の前の柱に刺さっただけですけど…………。






「ルルカ……」




「……やってしまいましたわ……」








 まずい。セクハラを止める為とは言え、お客様に刃を向けるなんて。店内も、シーンと静まりかえってしまいました。このままでは……わたくしたちは――――







「おい!」









 様子を見守っていた店長さんが怒声を上げます。わたくしのもとに近づいてくる…………。











「ルルカさん……」



「……はい…………」












「よくやってくれた」











「……はい?」











「あの客は、ずっと前からの常連だが、物は壊すわ、店の娘に手を出すわで困り果てていたんだ。今回、盛況な時に注意を向けてくれて助かったよ……お客さん方! その男がベネットさんに手を出すのを見たか!?」







 お客様に返答を促す店長さん。




 一人の女性が答えた。





「あたし、確かに見たわ! こいつがベネットさんにしつこく言い寄るのを!」




 店長さんはそれを聞いて一度頷き、そして鶴の一声。







「おい! 迷惑な客を……宴の邪魔者をつまみ出せ! 他のお客さんも協力願いますよ!」



「よし来た! この不届きモンがあ!」


「ひっ、ひえええええ」







 他のお客様も手伝って、セクハラ男は捕まえられ、店の外へと追い出されました。




 わたくしたち三人は呆然とその様子を見ていました……。








「ほら、ヴェラさんにルルカさん」





「あ?」

「えっ?」





「続けて、続けて」




「え? 何をです……か?」




「決まってんじゃあないか。ショーの続きだよ。お客さんも飲み直したいだろうし、さ」





 ――――え? え? 



 ……お咎めナシ、ですか?








「お、おう……そんじゃあ、ちょっと曲を変えるか。ルルカ! セットリスト変えるわ。バラードで」



「は、はい……」






 そうして、ショーを再開しました。



 落ち着いたバラードを演奏し、わたくしも緩やかに踊ります。


 まだ、動揺がありますけれど……。





「にゃ……にゃんかよくわかんにゃいけど、取りあえず良かったみたいにゃ……さ、さあ! 引き続きギャンブラーたちよ! 勝負師の野郎共に女郎共! バンバン賭けて、バリバリ楽しむにゃッ!」






 ベネットも気を取り直して、再び『次回予告』による予想屋を再開しました。

 





 そうして、夜も更けて…………わたくしたちはショーを何とか終わらせました。





 わたくしたちは汗を拭って、閉店後の店でしばし休憩を取ります。









「……ぷはあーっ。一仕事した後の牛乳は格別だにゃあ!」




「オレの方も思う存分歌えて嬉しかったぜ。ノリの良い客もいて良かったよ」





 ヴェラ様とベネットは一服して、心地良い疲れと共に充足感を得ている様子。





「ほら、お二人とも見て見て! お客様からおひねり、こんなに貰っちゃいましたわ! これだけあれば、当分旅の資金には困らないかも!」







「それは良いけど……お姉様、ホントに大丈夫ですかにゃ?」




「え?」






 大量のおひねり袋を見せるわたくしに、ベネットが心配そうに声をかけてきました。




「さっきのセクハラオヤジへのナイフ投げにゃよ。このままホントにお咎めナシでいいんですかにゃあ?」








 ……やっぱり、そうですわね。





 このままでは済まないかも…………。





「いいんじゃあねえの? ホントに駄目だったなら、今頃俺ら、つまみ出されてるだろ。なんなら、そのおひねり持ってとんずらカマすか?」






 ヴェラ様はそれほど気に留めていないみたい…………と、思いかけたところで、店の奥から顎のお髭が特徴のダンディな店長さんが出てきましたわ。







「やあ。三人ともお疲れさん。ウチにしちゃあ久々に良いショーをやれたよ。ありがとう」





「あっ、店長さん」

「あざーっす」

「ど、どうもですにゃ」




 口々に挨拶するわたくしたち。



 ……しかし、やはり気になります…………。





「あの、店長さん。その……お客様にナイフを向けてしまったこと…………本当によろしいのですか?」





「ん? ああ。さっきのやつか。迷惑なブラックリスト入りの客を叩き出すきっかけが出来て良かったよ。気にすんな」





「でも…………」



「どうしても気になるってのかい?」



「………………」







 わたくしが黙っていると、店長さんは顎のお髭を人なでした後、ふっ、と不敵に笑いました。





 ……何か罰を与えるおつもりかしら。




 悪いのはわたくし。











 わたくしが責任を取らなきゃ――――






「そんならさあ」



「……はい…………」










「しばらくウチで、働いてくれない?」









 ――――へ?







「あ、ちなみに、今日のギャラね。お客さんがたんまりお金払ってくれたから……これぐらいでいいかい?」






 わたくしが、どういうこと、と口にする前に、店長さんは金袋を差し出してきました。






 ……こんなに沢山!






「す、すげえ」


「これだけあれば、当分快適な旅ができるにゃ……!」









「店長さん、あの、わたくしは…………」







「客に手を上げたこと、後ろめたく感じてんだろ? ……だったら、このギャラとそのおひねり袋は没収としようか」





「……え!?」

「にゃ!?」

「んだとお!?」






 ああ。やっぱりそんなに甘くないですよね。





 仕方ないわ。罰は受けなきゃ――――





「この店で一週間ほど続けてショーをやってくれよ。その間の儲けは、一週間後にまとめて払うよ」










 ――――え? え? 店長さん!?








「……俺は感動したんだよ。心から仕事に従事して、ショーも楽しみながら見せてくれてさ。この辺は一見大きな街だが、なかなか最近はいなくてねえ。みんな自分の力を見せたくて、我が、我が、って態度の連中ばかりだ。最近はウチにいた娘たちもほとんど『ビッグになって一山当ててやる』って言いながら辞めちまってね。あんたらにはそういうのが無かった。ヴェラちゃんは心から音楽を『楽しむために』やってるってのが伝わってきたし、ベネットちゃんはとにかく客や仲間の為に一生懸命だった。そして、ルルカちゃんは仲間がヤバい目に遭うと素直に怒れる子だ」










 …………。





 な、なんだか、わたくしたち、気に入られた、のかしら?






「お、オレは……ちゃん付けで呼ばれる筋合いなんてねえ、よ」






「アチキはルルカお姉様の友達なんてもんじゃあにゃいにゃ! 魂の友と書いてソウルメイト――」





「お二人とも、ちょっと落ち着いて。まずは最後までお話を聞きましょう」







 ……そうですわ。落ち着かなきゃ。わたくしも…………。








「店長さん。あの、ええと、つまり……一週間、わたくしたちを雇ってくださると? お給料も有りで?」



「おう。そうとも。まあ、傷付けた柱の修繕費用ぐらいは差っ引いとくけどな。……ついでに、その間の寝床と朝飯も付ける!」





 そう言って、店長さんは笑顔で黄色い歯を見せながら、お茶目にウインクしました……寝床と、朝食?






「ま、マジかよおっさん!」


「なんてありがたいこっちゃ……」





「店長さん、待ってくださいまし。……わたくしたちは、そこまで大層なことをしたわけでは……」






 ――いくらなんでも、申し訳なさすぎる。




 どうしてそこまで……。





「お、おい! ルルカ! せっかく言ってくれてんだ、勿体無いぜ!?」


「お姉様……お気持ちはわかりますけど、ありがたく受けた方が……」






 ――――わかっています。





 願ってもないお話。





 だからこそ断りたいの。






 ……もし、この店長さんが、女性三人を囲うような人なら…………わたくしやベネットを、己の快楽を満たすだけの道具として扱うような人なら――――





「おお。恐い顔だねえ、ルルカちゃん。俺が、店の娘たちがいなくなって寂しいから、君ら三人を囲って好きにしようって思ってんのかい」








「…………!」




「ま、そう思われてもしゃあないわな。実際、寂しい思いしてるし。でも、大丈夫だよ。さっきのナイフさばきなら、ヴェラちゃんやベネットちゃんに手を出したら、君、容赦なく俺の首を掻っ切るだろ?」



「あ……」



「俺が間違ってそんなことをしたら、そうしてくれていい。嬉しかったんだよ……こんな店でも、真面目に働いてくれる子が来てくれてさ」







「……店長さん…………」






「……なあ、頼むよ。ほんの一週間足らずでいい。ここに居て客を楽しませて欲しい。この通りだ……そうすりゃ、このまま店を畳むかどうかの決心もつくってもんさ!」






 そう言って、店長さんはわたくしに深々と頭を下げました。






「なあ、ルルカ。いいじゃん、このおっさん、良いヤツだぜ」


「お姉様!」








 ――――どうやら、疑心暗鬼になっていたようです。





 わたくしは、肩の力が抜けて、答えました。










「……短い間ですが、よろしくお願いします」











……と、ここで深く頭を下げるわたくしをよそに、ヴェラ様とベネットは密かに店長さんに耳打ちをしたそうです。











(……なあ、おっさん。朝飯付けるっつったよな? な?)



(……ん? それがどした?)




(朝飯だけとは言え、お姉様の食事量、舐めたらあかんぜよ……)











 そう言って、おもむろにお二人は昼間のレストランでの伝票を店長さんに見せ、店長さんはたっぷり十秒ほど眺めてから頭を抱えてながら膝を折って屈みました。


 そして、わたくしは

「え? え? どうされたの? ねえねえ」


 としばらく尋ね、店長さんは渋い顔をしながらも、


「なんでもない。なんでもないんだ……」とだけ答えていました。



 女三人の姦しい旅 ルルカ編 END

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