罪の意識(2)
「お見通し──というわけね。いや問題は、私たちの目的を理解しているのか、ということだけど」
長い沈黙のあと、アリスははっきりとした口調で言葉を紡いだ。彼女の顔を自信たっぷりに見つめ返して返事をする。
「残念ながら、それは知らない。僕に分かることは事実だけだ。元々の体を失った経緯や、姉がいたという過去。しかし、それが人間をどう動かすのか、それは君たちの口から聞いてみないと分からない」
彼女たちは再び沈黙した。慎重に言葉を選ぶツインテールの少女の姿は、クリスマスプレゼントをねだる子供のようにも見えた。
「私は姉を取り戻したい。それができないのであれば、全ての
「……私は、よく分からない。取り戻せないから、そのことは考えないようにしてた。ただ、お嬢を守れる今の身体は、それなりに気に入ってるよ」
彼女たちの言葉は、人を説得するための言葉ではなく、己を定義するための言葉であった。
「素敵だ」
僕はその言葉を、無意識のうちに漏らしていた。
「不老と義体──君たちの止まっていた
彼女たちを見つめる僕の顔は、きっと優しさに満ちあふれていた。
「
ダイナが生唾を飲む声が聞こえた。バイオロイドの身体は、実際のところ人間と変わりなく恐怖や緊張を感じる。
「当然、ダイナの
身動き一つせず、彼女はその表情を変えることもなく。
「いや、それはおかしい。過程はともかく結果が理解できない。私の姉はキミの恋人で、キミは私と同じ目的で、私より早く手段を手に入れた」
「素晴らしい質問ですね。分かりやすい矛盾だ」
「理由を教えてくれ」
沈黙。答えに詰まったのが自分でも分かった。しかしそれでも、
「……戦争はもう終わった。彼女が、僕を選ぶ必然がない」
その顔に、初めて分かりやすい侮蔑の表情が浮かんだ。
「──そんなことで、キミは躊躇したのか?」
「そうですね。僕はその程度の人間です。ですから、あまり期待をしない方が良い」
「結論から言いましょう。君たちは失ったものを取り戻すことができます。よかったですね」
にっこりと、人生で初めて、これ以上ないほどの微笑みを他人に与えることができた。
「──嘘だな。目的はなんだ」
ダイナは腰元から大きめの拳銃を取り出すと、静かに僕へ突き付けた。
「僕の発言が、センサーに反応しましたか?」
「いいや、センサーに反応なんかない。女の勘だ」
「──私も同感。貴方、何か気持ち悪いわ。姉の元恋人だって発言も、正直信用できない」
大きめの溜息を一つ。
「僕って、やっぱりダメですかね」
「……貴方は、何。目的は何?」
じっと見る。彼女の瞳に映る僕は闇をくりぬいたような顔つきで、まだ死んだ魚のほうがマシな目をしている。
「彼女は、みんなに愛されていました。美しく誠実で、誰もが彼女に生きる希望を感じていた」
「いったい、何を言ってるの?」
「彼女を見て──誰も愛されず、誰にも幸福を与えられず、ただ奪うだけの僕の人生がとても恥ずかしく思えた」
天井を仰ぎ見る。いつも通りの色彩と、いつも通りの絶望。見返りを求めたモノマネの誠実さは、媚びる弱者の甘言にも似て、僕の価値を突き付けるピストルのようだった。
「僕は──僕なりに誠実だったんですよホント」
ダイナの指先が恐怖で震えている。彼女が肉体を失った原因は、目の前にいる弱っちい僕だ。
「ただ、才能が足りなかった。愛される才能。誠意が実る才能。幸福を手に入れる才能。そして何より、そんなものに価値を感じたことなんてただの一度もなかった」
「貴方の望みは──何?」
僕の独白を遮るように、彼女の鋭い一声が僕を貫いた。
「自分にとって都合の良い世界。それを手に入れなかった罪を償うこと」
アリスは僕の返事を聞くと、目をつぶってその言葉を反芻しているようだった。
「ずいぶんと、自分勝手ね」
「君の願いは自分勝手だったけど、僕の願いが自分勝手じゃ困るのかい?」
ムッとした少女の顔は、そのまま切り落としたいほどに魅力的だった。
「お嬢、彼に悪意を向けないでくれ。それさえ守れば私たちは安全だ」
「何を言ってるの?」
「お嬢、私の言葉に従ってくれ──ここは戦場だ」
僕は、その言葉を聞いて僅かに失笑した。
「最初から、遠足気分でここに来たわけじゃないだろ?」
「そうだったな。私はキミを尊重したい。私の言動がキミの気分を害したなら謝罪しよう。あくまで望むのは話し合いだ」
ダイナは拳銃を下ろさない。これが彼女たちのいう話し合いのスタイルらしい。
「銃を下ろせよ」
「それはできない。私にはお嬢を守る義務がある」
「考えすぎだ──遠足気分じゃないにせよ、彼女の言う通りここは戦場じゃなく話し合いの場だ。戦争は終わった。ヒトの殺し方じゃなくて、日々の幸せについて頭を悩ませるべきだ」
「……分かった」
「僕はそんなこと、微塵も思ってないけどね」
半分ホルスターに戻ったダイナの銃が、再び強く握り込まれた。
「挑発するのはやめて」
アリスの言葉が場を支配する。その言葉は、僕とダイナの両方に向けられていた。僕はその表情を見て静止すると、要求を一つだけ端的に述べた。
「拳銃はその机の上に置いてくれ」
「……ダイナ、従いなさい」
「お嬢ッ!?」
「従いなさい」
アリスは自分の拳銃を胸元から取り出すと、机の上にコトリと置いた。それを見た僕は安心した思いで表情を崩す。
「昔──君の姉を捕まえたのは僕だよ。だから彼女は僕を警戒してる」
彼女が置いた拳銃に再び触れるより先に、その手首をつかんで静止した。
「よかった。殺されずに済んで」
「……そういうこと。だから貴方を、警戒しているってワケね」
「戦ったら僕が死ぬだけでしょ今は。一応言っておくけど、僕は
淡々と告げると、掴んだその手を振り払うように彼女は僕から距離をとった。
「よかったです。彼を殺さなくて」
「どのみち殺してないわ。痛い思いをしてもらう程度よ」
「見てれば分かるけど、君の下手くそな射撃じゃ加減なんてできないよ」
僕が呟くと、革製のブーツの底が思いきり机の側面を蹴りあげた。
「──悪かった。許してくれ」
「死ね」
端的なその言葉を、ダイナはほっとした表情で見つめていた。
「君たちの目的は分かった。ついでにいうと、最後に僕を殺せば大団円という感じかな」
「そうね。こんなにも人を殺したくなるのは久しぶりかしら。ねぇ?」
腕を組んで傍に立つダイナへ、アリスは同意を求めた。
「お嬢、彼を挑発するのはやめてくれ。確かに因縁のある仲ではあるが、貴方が貴方なりに誠実だったことは私自身が良く理解している。貴方が彼女の恋人であったこともだ。できれば貴方も、隣人にできる最大限の配慮を、私の主人に与えてあげて欲しい」
目の奥にある隠しきれない恐怖と、その身を守る圧倒的な暴力。しかし彼女は、それでも僕と対等に話すことを望んだのだ。この話し合いに、最も必要とされるのは誠実さだ。
「素晴らしいな。君は僕が知るどの人間よりも人間らしい」
出会った当時、ダイナは愛玩用の
「どうかお嬢も、目的を忘れないで」
「いや、確かに……そうね。これは私なりの誠実さだけれど、貴方に復讐をするかどうかは、正直まだ分からない。きっと賢い答えもできる気はするけれど、貴方がそんな言葉を望んでないことは、この短い時間でもよくわかったわ」
彼女の目は、怒りを携えながらも、静かに僕を射抜いていた。
「本音が聞けてよかったよ。何より貴方が欲深で、僕はとても興奮している」
僕も混じりけのない本音を、彼女に突き返した。生理的な嫌悪か、はたまた本能的な恐怖かは分からないが、彼女が一瞬強く口を結んだのが分かった。
「結局──私たちは貴方に何ができるかしら?」
僕は彼女たちに何を望むべきだろうか。僕自身が僕を否定したことの罪。それを償うに足る清めを、僕はじっと考える。
「アリスには、君の姉がなぜ僕を好きになったのか。それを考えて欲しいんだ──」
思考が終えるよりも先に漏れ出た言葉は、あまりに強烈で純粋な──自分でも驚くほどの凶悪さの発露であった。
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