第31話 本性
くっ、ど、どうすれば!?
ミーウ……
そのとき、一体の青白いヌースが私の前に現れた。それは、初めて見る種類のヌースだった。
「おお、ブレイド!」
奴らに抑えつけられたまま、ケンタが叫んだ。
「ブレイド? ヌースが俺を助けに?」
「気を付けろ、兄貴! そいつは兄貴の血を見て興奮しとるんや!」
「え?」
ミィー!
そのヌースは、突如私の方に向かってジャンプした。思わず右腕でガードしようとしたとき、そのヌースが私の右腕と同化した。
う、あああ! な、なんだこれは!
右腕が燃えるように火照ったかと思うと、その熱が全身に回り始めた。しかし、そうした身体の変化にかまうことなく、私の意識は、制御できない何かの力によって、悪漢たちの方に向かうように強いられた。
1、2、3、4、5、6、7、8
一瞬で悪漢たちのそれぞれに数字が割り振られ、各数字に対応する悪漢たちの情報が私の頭の中に溢れた。それは、奴らの身長、体重、パワーとスピード、瞬発力、判断力といった、身体能力に関するものだった。
「う、おおおおお!」
叫ばずにはいられなかった。私の叫び声と同時に私の右腕が青白い光を放った。
「兄貴、それがブレイドや! 剣や!」
抑え切れない衝動が全身を巡った。奴らの情報が私の中で一本の線でつながり、奴らに対抗するための一連の流れが瞬時にシミュレートされたのだ。
考えるよりも先に体が動いた。私は、近くにいた二人の悪漢の間にすっと入ると、私を捕らえようとする彼らをかわしながら、私の右の手刀を奴らの両腕にトトンと当てた。
「ぐあ!!」
「うああ!」
うめくような叫び声と共に、二人の悪漢の両腕が地面に転がった。
読める、読めるぞ! 奴らの動きが手に取るように!
私は、惑うことなく奴らの中に突っ込んでいった。
「くっ、こいつ、やれ! やれ!」
奴らが、次々とブロックを出現させ、私の方に向けてそれらのブロックを一斉に放った。
しかし私は、それらのブロックを難なくかわすことができた。放たれるタイミングと軌道がすでに頭の中にあった。
まるで時が止まったかのように見えるブロックの間を、私は縫うように駈けた。
奴らを倒す、さもなくば殺される。生き延びるという生存本能が極限まで高められていた。私は、奴らの両腕に私の右手の手刀を振り下ろしていった。振り下ろすたびにより大きな力を込めながら。
「う、うわああああ!!」
悪漢たちの腕が次々と宙に飛んだ。
そのとき、何かを弄ぶような感覚、そう、例えば幼い子供がおもちゃの人形の腕を面白半分で無理矢理もぎ取るような、そんな感覚が私の中に生じ始めた。
だ、だめだ! こ、これ以上は!
突然の恐怖に駆られ、私はブレイドの動きを抑えようとした。しかし、そうもがけばもがくほど、奴らを切り刻みたいという衝動がどんどん強くなっていった。
な、なんだ、このヌース!? 俺の心を乗っ取ろうとしてるのか?
私が自制心を無くしかけたとき、複数の断末魔が、その叫び声を一斉に轟かせた。
悪漢たちの身体が、賽の目状に切り刻まれ、一瞬でバラバラにされた。いいや、切り刻まれたのは、私が切断した奴らの腕も含めて、どうやらセブンスのアストラル体だったようだ。悪漢たちの肉体はそのままで、震えながらその場に立ちすくんでいた。
その光景を見たとき、私の右腕からブレイドが分離した。ブレイドと共に私の右腕の傷も無くなっていた。
「切る対象(もの)がなくなれば、ブレイドの興味はなくなるんや」
ケンタが、その右手を奴らの方に向けて立っていた。
「ケンタ、これ、お前がやったのか?」
「ああ、すまん兄貴、体力が回復するまで少し時間がかかった。普段なら、こんな奴ら一瞬でぶっとばせるんやけど。思ったよりバトルでのダメージが大きかったみたいや」
ミィー、ミ、ミ、ミィー!!
どこからともなく、たくさんのヌースが現れ始めた。ヌースたちは、これまでと様子が全く違い、皆血ばしったような目つきで、こっちに向かって走ってきた。
ガウ! ガウ! ギャブ、ギャブ、ギャブ、ギャブ!!
大勢のヌースが、切り刻まれた悪漢たちのアストラル体に群がっていた。
「なっ! まさか、た、食べているのか? あいつらを!」
ヌースたちは先を争うように、悪漢たちのアストラル体をバクバクと食いあさっていた。
「兄貴、ヌースは、俺たちセブンスを食って生きとるんや。弱いセブンスは皆、いずれヌースの餌になる」
ものの五分もすると、ヌースたちはまたどこかへ消えていった。後には、食い散らかされた無惨なアストラル体の残骸があった。
「う、うわああああ!」
突然、悪漢たちが叫び声をあげながら走り出した。
「おっとお前ら、ちょっと待てや、マニュピレート!」
ケンタがそう言うと時間が止まり、今日のテロのときに見た異次元空間が広がった。
「お前らはもうセブンスやない。ただの人間や。つまり、今ならお前らにマニュピレートを行使できる。さてと、どんなストーリーにするかな。まあ、悪党の最後っていうのは大抵惨めなもんやからな。そういう結末さえ押さえておけば、ほとんどのストーリーは当てはまるやろ」
ケンタは、おそらく一分もかからずに、その男たち全員のマニュピレートを完成させてしまった。
「な、何をした?」
奴らの一人が、おびえた声で聞いた。
「おなじみのマニュピレートや。でも安心しろや、もし万が一お前らが俺の思うような悪人やなかったら、俺の作ったストーリーなんか簡単に拒否られるはずや。さあ、どこへでも消えろ!」
「く、くそ!」
そのとき、パトロール中の警察官が公園のそばを通りかかった。
「ん? 何だ君たち、そこで何をしている!」
「や、やばい、に、逃げろ!」
奴らは一斉に走りだした。
「なぜ逃げる、待ちなさい!」
奴らは、公園の出入り口のところに駐車してあったワンボックスカーに急いで乗り込むと、車を急発進させて、公園の脇を走る国道に出た。
ガガン!!
それは、あっと言う間の出来事だった。右から来た10tトラックが、男たちのワンボックスカーの側面に衝突した。ワンボックスカーはそのまま横転して、まるで玩具のように二、三度転がり、ドオンという炸裂音と共に大爆発を起こした。
「うわっ、あいつら、今時ガソリン車に乗っとったんか」
炎上するワンボックスから、男たちが二、三人出てきたが、皆、力尽きたようにその場に倒れていった。
「ケ、ケンタ、お、お前!」
「勘違いするなや兄貴、俺が創ったストーリーは、あいつら全員が刑務所に送られるっていう話やったんや。でも、見事に拒否られた。実際は、あんなえげつない運命があいつらを待ちかまえとったんやな」
燃えさかるワンボックスカーの周りに、人だかりができ始めていた。
「兄貴、これがセブンスの現実や。たとえ這いつくばってでも前に進まんと、いずれはヌースの餌、そして最後は悲惨な運命の餌食や」
ケンタの言葉は、それを実際に目の当たりにした私の心に重く響いた。
「兄貴、はっきり言って今の兄貴は弱い。身体的な力だけでなく、心も。せやからブレイドのようなヌースに心身を簡単に支配されそうになるんや。だけど兄貴、兄貴なら、アルテに行けばもっと強くなれる!」
「アルテ?」
「そうや、別名〈ヌースの里〉って言われとる場所や」
「ヌースの里……それは一体?」
ケンタはすっと空の方を指さした。
「なんだ?」
「あそこや」
ケンタの指先には、満月が浮かんでいた。
「月?」
「そうや、アルテは月の裏側にあるんや」
「まさか、冗談だろ!? ケンタ!」
「冗談やない、マジやで」
「そんな……ロケットにでも乗って行くっていうのか?」
「ロケットって、いつの時代の話やねん」
「いつの時代って、いつの時代だってそうだろ!」
「ちゃうねん、月に行くのはアストラル体だけ。さっきピュレとのバトルで使ったデバイダーの原理を使って、デジタルデータ化された俺たちのアストラル体を月に転送するんや」
「なんだって!?」
今日はすでに幾度も体験してきたことだが、ケンタの話は、本当に驚かされることばかりだった。私たち兄弟を取り巻く状況は、私の想像をはるかに超えるスケールとスピードをもって進んでいるようだった。
「兄貴はもっと強くなれるし、強くならなあかん! ほんで一日も早くメンバーになって、父さんと母さんに会いに行くんや! そして」
「そして?」
「御木さんの、ためにも」
クジュのためという、トーンダウンした静かな言葉に、なぜかケンタの厳しい視線が乗っていた。
「さあ、帰ろうや。あっ、そうや兄貴、悪いけど、そこのスタバで俺の好きなキャラメルマキアートを買ってきてくれへん? 疲れたから俺は先に移送チューブで帰るわ」
「え?」
ケンタはそう言って、私のパーカーのポケットをポンッと軽く叩くと、移送チューブを作ってさっさと帰ってしまった。
? なんだよあいつ?
私は仕方なく、一人でスターバックスに向かった。
店に入ると中は、塾帰りの学生や仕事を終えたOLなどで結構にぎわっていて、注文待ちのためにカウンターの前に並んだ。手持ちぶさたになった私は、何気なくパーカーのポケットの中に手を入れた。
あれっ? 何かある。
取り出してみると、それは丁寧に四つ折りにされた一枚の便せんだった。
何か書いてある……
私は、二行目まで目を走らせると、その便せんをポケットにしまい、持ち帰り用のキャラメルマキアートと、ホットコーヒーを注文した。そして、それらを持って、人気のない席に座わると、再びポケットから便せんを取り出して読み始めた。
兄貴へ
どこで盗聴されているか分からないので手紙にします。この手紙は、読み終えたら、人目のつかないところで必ず処分して下さい。
この手紙が読まれているということは、兄貴がセブンスとして覚醒し、少なくともヌースのこと、カタストロフのこと、父さんと母さんのこと、そしてシルティという組織についていろいろと俺からすでに話を聞かされたと思います。
でも、その話の中で、父さんと母さんがシルティに助けられたという話は嘘です。本当は、父さんと母さんは、震災の日に奴らによって拉致されたのです。奴らの目的はまだ分かりません。この手紙が読まれる頃に分かっていたらいいのですが。でも、父さんと母さんの運命が、何者かによって巧妙に操られていることだけは確かです。
正直、カタストロフのことなど俺にとってはどうでもいいことです。俺は、父さんと母さんをあいつらから取り戻したい、ただそれだけです。シルティはとてつもなく強大な組織です。今はとにかく強くなることだけが、シルティに接触できる唯一の手段です。お願いします。どうか俺に力を貸して下さい。
2036年5月 ケンタより
日付を信用するとすれば、その手紙は三年半ほど前、ケンタが旅から帰ってきて一緒に住み始めたころに書かれたものだった。筆跡は、間違いなくケンタ本人のものだった。
手紙によれば、両親は震災の日に拉致されたのだという。確か、あの日の交通事故は、ちょうど地震が発生する直前に起きていた。そして、そもそも十分な治療行為ができない事故現場に医師が二人も、しかも夫婦でかり出されていた。
……仕組まれていたというのか? 交通事故そのものが。
それは決して長くはない文面だったが、読み終えると、父さんと母さんを取り戻したいというケンタの気持ちがじわじわと伝わってきた。そしてそのとき、「クジュのために」というさきほどのケンタの言葉がふと私の頭をよぎった。あのときのケンタの視線の意味がやっと分かったような気がした。
父さんと母さん、そしてクジュを取り戻さなくてはならない、ということなのか……
私は静かに席を立った。
「すみません。トイレをお借りします」
私は、お店のトイレに行って、様式便座のある個室に入った。便せんを細かくちぎり、便器の中に捨てて水で流した。席に戻り、キャラメルマキアートを持って店を出た。
マンションに戻ると、クジュのアンドロイドと若い男たちの姿はもうなかった。
ケンタは、やはり相当に疲れていたのか、リビングのソファの上に横になってすでに寝ていた。私は、キャラメルマキアートを冷蔵庫に入れると、ケンタの部屋から毛布を取ってきて、それをケンタの体にそっとかけた。その後私は、しばらく留守にするであろうこのマンションの部屋の片づけを始めた。終えたのは、午前2時を少し回った頃だった。
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