第30話 クズ共

 ヒュンと風を切るような音がしたと思った瞬間、UFOはもういなかった。辺りが急に静かになったようで、満月の光が一際明るく見えた。


 ふとケンタの方を見ると、その身体が前後にふらふらと揺れていた。

「ケ、ケンタ!」


 私は、倒れそうになったケンタを抱き抱えた。ケンタは、ぐったりして肩で息をしていた。


「大丈夫か、ケンタ!」


「ああ、すまん兄貴、大丈夫や。あのピュレ相手にヌース一体はさすがに無理があったな。カッコつけ過ぎたで、ほんま」


「なんだって? なぜそんなことを?」


「あいつらを、レッドを侮辱するようなこと言われて、ちょっと頭にきてもうたんや」


「そうか……そういうところ、お前らしいな」


「へへ」


「歩けるか?」


「ああ、なんとか」


「よしっ、少しだけ辛抱してくれ。帰ろう!」


 ケンタの左腕を私の左肩までまわさせ、右腕でケンタの身体を支えながら歩き出そうとしたそのとき、全員が黒のフルマスクをかぶり、さらに黒い服を着た何者か達が、私とケンタを取り囲んだ。


 何だ?


 黒づくめの者達は、少なくとも七、八人はいるようだった。


「やっぱり、ハッキングされとったか……」


 ケンタがつぶやくように言った。


 彼らのうちの一人が前に出てきた。


「久保ケンタだな?」


「ああ、そうや」


「ケンタ、誰なんだ?」


「知らん。ただ、セブンスのクズっていうことだけは確かや」


「なんだと、こらぁ!!」


 彼らの中からその怒声が聞こえた。


「言ってくれるじゃねえか。シルティの犬が!」


「ふん、びびって腐りきっとる奴らに何言われてもピンとこねえな」


「そんな減らず口をたたけるのは今のうちだけだ!」


「ほんまに、悪党の台詞そのまんまやな。兄貴、こいつらは、セブンスの能力を悪用しとるただのクズや。向上心も理念もプライドも無い、ほんまにしょうもない奴らで、ヌースに全く相手にされてへんねん」


「ヌースに相手にされてない?」


「ああ、ヌースに見限られて一人じゃなんもできへんもんやから、こうして徒党を組んで、バトル直後で弱っとるメンバーの命を狙っとるんや」


「なぜそんなことを?」


「いつまでごちゃごちゃ二人でしゃべってんだよ!」


 彼らは、強引に私とケンタを引き離すと、ケンタを地面に這いつくばらせた。


 ケンタは、その悪漢たちに次々と蹴りを入れられながら、地面を転がされていた。


「ケ、ケンタァ!!」


「動くな!」


 私は、奴ら中の一人に背後をとられ、その者の丸太のような左腕で首をきつく抑えられながら、その右手に持つナイフを突きつけられた。


「大人しくしていろ、俺たちの邪魔をするな」


 背後の男がこもるような声で言った。


「セブンスじゃない金持ちや権力者にとって、あいつらメンバーは目障り以外の何者でもないんだよ。そりゃそうだよな、いつ奴らに自分の立場を乗っ取られるかわからねえんだから。だから、メンバーの首にはいつも多額の賞金がかけられてるのさ」


「しょ、賞金だと!?」


 ケンタの命が狙われているという目の前の現実が、鞭のような厳しさで私の心をうねり打った。


 ケンタはわき腹や背中を容赦なく蹴られていた。なんとか立ち上がろうとしてもすぐに地面に倒された。


「お前らぁ!」


 ケンタが叫びながら、その周りに一辺が30センチくらいある複数の立方体のブロックを出現させた。


「おっと、相方がどうなってもいいのか?」


 奴らの一人が、私の方を指さした。


「くっ、兄貴……」


 出現したブロックが、力なく地面に落ちて消えた。


「はっ、ははは、ざまあねえなあ! さっきまでの威勢はどうした? メンバーさんよ」


「うるせえ、怖くてアルテにも行けずに、こんなところでくすぶってるチキン野郎どもが!」


「なんだと! このっ!」


 その悪漢は、ケンタの顔を殴った後、その顔を足で踏みつけた。


 ああ! ケ、ケンタ!!


「これじゃサムライも形無しだな。お前、メンバーの中ではSumurai Warriorサムライウォーリアとか呼ばれてんだろ? ほらっ、ブシドーはどうした? 見せてみろよ、オラア!」


 悪漢は、再びケンタのわき腹に蹴りを入れた。


 苦痛で歪むケンタの顔と、うずくまるように身体を丸めて地面に横たわるその姿とが、あらゆる感覚が急速に何かに収束されていくような衝撃を私に与えた。


 ケンタが殺される! 殺される! ばかな! だめだ! やめろ、やめろーー!!!


「う、おおおお!」


 私は、背後の男の持つナイフに私の右腕を押し付けた。男のナイフが私の右腕にギリギリと食い込み、そこから血が吹き出した。


「なっ? こいつ、正気か?」


「武士道とは……武士道とは……死ぬこととみつけたり!」


 私は右腕を力任せに強引に上下に振った。


「うっ!」


 すると、右腕から吹き出していた血の一部が、背後の男の目に入ったようだった。その男の左腕の力が弱くなった瞬間、私は自分の左肘を、その男のわき腹に思い切り当てた。


「ぐあっ」


 男の左腕が外れると、私はすかさず振り向き、血だらけとなった右の拳をかまわず男の胸部に突き入れた。


「ぐほっ!」


 男は身を屈めながら倒れ込んだ。


「ケ、ケンタ!」


 なんとか拘束を逃れた私は、すぐにケンタを助けに行こうとした。しかし反撃する手段を見つけられず、まごついているうちに再び奴らに囲まれてしまった。


「なんだこいつ? セブンスのくせにブロックも出せないのか? まあいい、こいつから先に始末してやる」


 奴らがじりじりと私に近づいてきた。

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