第29話 第2ラウンド

「はあ、はあ……」


 目を凝らすと、ケンタがピュレの前で片膝をついている様子がわずかな間だが見えた。


「強なったな、ピュレ。昔とはえらい違いや」


「当たり前だべ! ちなみに今の俺のレベルはAランクの3プラスだ!」


「ほう」


「さあ、どうすんだケンタ、もう降参か?」


「しゃあないな、来い、レッド!」


 ケンタの近くに5体の赤いヌースが現れた。


「待て、ケンタ!」


「なんや?」


「忠告しておぐ。そのヌースじゃなくて、もっとグレードの高いヌースを使え」


「グレードの高いヌース?」


「確かに昔、俺はそのヌースを使うお前に負けた。んだげどもそれ以降、何度かそのヌースを使うセブンスとバトルしだんだけどよ、そいつらに負けたことは一度もねえんだ。俺はもう昔とは違うぞ」


「ふーん、一度も負けたことがないか……」


 ケンタは、5体のヌースのうちの一体だけを呼び寄せた。


「ん? どだなつもりだ? 他のヌースんねくて、それ1体だけって?」


「お前がそういう考えを持っているのなら、1体で十分や」


「なんだと?」


「ピュレ、教えといてやる。確かにヌースにはいろんな奴がおる。だけど、その程度に差はないんや。性質の違いはあるとしてもな」


 ケンタのアストラル体を構成する白い玉のそれぞれが、二つ、四つ、八つ……と、どんどん分割を繰り返していた。よく見るとケンタのアストラル体は、ものすごく小さくて細かいブロックで構成されたようだった。


 ヌーン、ヌーン……


 一方、レッドと呼ばれる赤いヌースの体もみるみる細分化されていき、最終的には、なんとか原型を保とうとしている霧のような状態となっていた。


 ケンタのアストラル体をヌースの霧が取り巻き、ヌースの霧がケンタのアストラル体に吸収されていった。


 次の瞬間、辺りが目映い光に包まれた。


 うう!


 腕で顔を隠すようにしながら、ゆっくりと目を開けると、誰かが立っていた。


 誰だ?


 その者の髪の毛は、燃え盛る炎のように、赤みを帯びた金色の光を放ちながら不規則に揺らめいていて、赤黒く光るその妖しい瞳が、私を威圧した。


「まさか、ケ、ケンタなのか?」


 その者はゆっくりとうなずいた。その姿は、さきほど見えたケンタの体よりも一回り大きく、肌の色が褐色で、人相も雰囲気も全く違う、まるで別人のようだった。


 変身、か?


 ケンタが右腕と左腕、そして最後に首をぐるぐると回した。


「さあピュレ、第二ラウンドや、行くで!」


 ケンタの赤黒い瞳が輝きを増すと、その形態が再び複数の玉からなる形態に戻った。しかしケンタのアストラル体を成すそれらの玉は、今度は赤黒い光沢を帯びていて、いずれも燃えるような赤いオーラを放っていた。


「むう!」


 ピュレのアストラル体が、一瞬だけ、元の身体の姿で身構えたように見えた。


 大海原の光景は瞬く間に元の小さな青い光へと戻り、その周りの全てを暗闇が支配した。しかし、その数秒後、暗闇は、目まぐるしく変わる光の群に侵食され始めた。

 それは、まさしく光の狂乱とも言うべき光景だった。可視光線だけじゃない、あらゆる波長の電磁波が一斉に集い、舞うような。


 ああ!


 意識さえ、その場にとどまることが難しい。光の変化と共にもたらされる時空の歪みが、私自身のアストラル体の全てに、決して逃れられないバイブレーションを響かせている。


 そのときなぜか私は、その振動に自らの意識を同調させたい気分に駆られた。


 次の瞬間、周りの景色が真っ白になり、ふかふかの白い巨大なベッドの上に倒れこむような感覚にとらわれた。そのベッドは、見渡す限りつづく白い地平ともいうべきスケールを持っているのに、孤独を微塵も感じさせない。


 ここぞとばかりに思い切り伸びをした私は、それまで培われてきた精神が、縦横無尽に瞬時に広がり、その白い地平に静かに覆い被さるような、そうした心地良い感覚を味わった。その感覚には違和感が全くなく、むしろ常日頃に慣れ親しんでいるものに根を降ろしているような、そんな安堵感があった。


 この〈創想〉による思想展開は、それを体感する者がもつ思想を介してしか知覚できないのかもしれない。


 そう思ったとき、周りの景色がまた一変した。暗闇となった刹那、無数の光球が現れた。光球たちは、四方八方にちらばりながら、いくつもの大きな渦を形成した。


 これは!? 銀河……か


 止めどなく流れる時間と無限に広がる空間の中で、多くの銀河が生まれ進化しながら、衝突と合体を繰り返し、そしていずれ消滅する。


 宇宙に対して抱く私の思想そのものが、さらなる高みへと引き上げられ別の次元へと展開されてゆく。


 ああ、俺は今、宇宙と同化しようとしている! なんてことだ! すごい、すごすぎる!


 永遠への権利を手にしたかのように想えたとき、その高揚感が突如途切れた。そしてその直後、ケンタとピュレが再び姿を現した。


 今度は、ピュレの方が片膝を付いていた。


「はあ、はあ、ばがな、こだなごど……」


「ありえへん。そう思うとるんやろ、ピュレ」


「くっ!」


「ピュレ、お前がこれまで対戦してきたセブンスはたぶん、ヌースの持つ理力の二割、多くともせいぜい三割程度しか使えてなかったんやないかと思う」


「なんだと?」


「ほとんどのセブンスはそれがヌースの理力やと思うとる。でもそれは、自分の体にかかる負担とか、ヌースとの相性だとか、そんなんから勝手にそう判断しとるだけで、やり方によっては、ヌースの理力をさらにもっと引き出して自分の思想を高めることができるんや。つまり、程度の差があるのはヌースじゃなくて、セブンスの方なんや」


「そっだなごど? んだらお前は、ヌースの理力ばどだい使ってのや?(そんな? じゃあお前は、ヌースの理力をどれだけ使っているんだ?)」


「俺か? レッドに関していえば、今のところ91.2%や!」


「な、何っ、90%!」


「そうやねん。かっこよく100%って言えたらええねんけどな、まだまだ修行が足りんねん。ちなみに、その数値はレイに出してもろてる」


 ヌースのことをまだほとんど知らない私にとって、ケンタとピュレの言っていることを完全に理解することはできない。しかしそれでも、ヌースの力を90%以上も引き出せるというケンタの言葉は、いまの状況をみれば、単なるはったりとは決して思えなかった。


「んだら、俺が勝ったっけのはヌースの本質ば理解すてねで、理力ば引きだそうと努力もしてね奴らだっけっていうのが?(ということは、俺が勝った相手というのは、ヌースの本質を理解せず、その理力を引き出そうと努力もしていない奴らだったというのか?)」


「そういうことや。さあどうする? つづけるか?」


 ピュレは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「ほっだなごど……たった1体でこだいも力が、だめだ、勝だんね」


 ピュレが力無くそう言うと、突然、夜空に大きな文字が映し出された。


 Congratulations to the winner, Kenta!


 つづいて、何かよく分からない数字のようなものが、エンドロールのように次々と映し出されていった。


 バトルが終わった?


 ケンタの方を見ると、アストラル体が再び細かく分割し始めていて、分割を重ねるごとに赤い霧のようなものがどんどん吹き出ててきた。赤い霧は再びヌースの姿を成すと、どこかへ消えてしまった。


 ケンタ、ピュレ、そして私のそれぞれのアストラル体が、デバイダーの上の各肉体に引き寄せられて、そのまま吸収された。デバイダーは静かに地面に降りた。


 ビンッと強い振動を感じた瞬間、体の拘束が解けた。私たちはデバイダーを降りた。


 擬態のままでデバイダーに乗っていたピュレが、私とケンタの元に近づいてきた。


「あーあ、まだ負けだは。それにしてもケンタ、お前、あそごさは行ってねって言ってだっけのに、かなり強くなってっで」


「ああ、確かに〈アルテ〉には行ってへん。せやけど、この三年半、決して遊んでいたわけやない。ほぼ毎日修行しとったんや、レイと」


「なっ、マスター・マグリエルと!?」


「そうや」


「んだっけのがー、んだら強ぐなるべず」


「ああ、死ぬほどやってたからなー、へへ」


 アルテ? 修行? 私の知らないことが、また二人の話に出ていた。


「あのマスター・マグリエルから直接指導ばうげっだっけはて、俺も誰が師匠ば探すがなー」


「おお、ピュレ、それもいいかもしれへんな!」


 ケンタが笑顔でそう言うと、遺跡で見たときのUFOが上空に突如現れた。


「仲間が迎えに来たみたいやな。ピュレ、近いうちに俺はまたアルテに行くつもりや。ここにいる兄貴も一緒に。またそこで会おう」


 私も一緒に? そんなことは聞いていないと言いかけたが止めた。


「んだのお? んだらまだいづでもバトルでぎんな。あそごさ行ぐ楽しみ増えだべず。なんでも最近、かなり生意気な奴らが何人か新しく入ってきたみたいだがらよ」


「生意気な奴ら?」


「ああ、俺はまだ奴らとは対戦したごどねえんだけどよ、でも噂では、けっこう強いって話だ」


「ふうーん」


 ケンタは何かを思案しているようだった。どうやら初めて聞く話だったらしい。


「ところで、リョータさん、身体の方はどうだべ?」


「え? ああ、いや、今のところは大丈夫です。それより助けていただいたお礼を言うのが遅くなりました。ありがとうございました」


「ほっだなごど、気にすねでけろ! それと、あの女性、御木・クジャールさんの方はどうだべが?」


「クジュですか? まだ意識が戻らないようです」


「んだがー、まあ元気出してけろ。俺らが調べだ限りでは、すぐなくとも身体そのものは大丈夫だっけがら。んだげども、今回のことには俺らもびっくりしてんだ。気い悪ぐすねでもらうだいんだげんともよ、今や御木さんはあの遺跡の謎ば解ぐ鍵だば。んだがら、彼女の存在そのものが、俺らが人類ば救うおっきな理由になり得るがもすんね。彼女、なんかすごい運命さなったのんねがなー」


「確かに、それは言えるわ」


 ケンタが深くうなづきながら言った。クジュがあの遺跡の謎を解く鍵だというピュレの言葉には、テロリストから彼女を救ったときにケンタの言っていた言葉が裏打ちされているように思えた。


「んじゃ、そろそろ俺行ぐは。またなケンタ、それとリョータさんも!」


「ああ、ピュレ、またな!」


 ピュレは、元の姿に戻ると、上空で待機しているUFOに吸い込まれように消えた。

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