第28話 バトル

「移送チューブを使わないのか?」


「今はあかんねん。できるだけ力を温存させとかんと。それに、歩きながら説明しておきたいこともあるし」


 私とケンタは廊下を歩いてエレベータの前に来ると、ケンタが下行きのボタンを押した。


「俺たちセブンスは、闘うことが宿命づけられてんねん」


「闘いを宿命づけられてる? どういう意味だ?」


「セブンスはヌースと共にあるって前に言うたやろ? 実はヌースはかなり好戦的な性格をもっとるんや。もちろん良い意味での。とにかく向上心が強いというか、せやからセブンスも常に自己研鑽を積まなあかん」


「その自己研鑽が、〈創想〉だと?」


「そうや。あんまり負けてばっかりいると、ヌースが相手にしてくれんようになるから、そらもう皆必死やで」


 ポーン


 エレベータがやってきて、私とケンタが乗り込んだ。私が一階のボタンを押した。

「〈創想〉はバトルやから、その結果によって必然的にランクや順位が付けられることになる。そして、今回みたいな正式な創想を実施できるのは、Aランク以上のセブンスに限られとる」


「ということは、ケンタはAランク以上ということだな」


「そうや。ほんでさっき言ったシルティのメンバーになるためにも、Aランク以上でないとあかんねん」


「Aランク? じゃあ今の俺は?」


「テストを受けとらんからなんともいえんけど、今の兄貴はおそらくD、せいぜいCってところやろな」


「D、もしくはC?」


 今の私は、ケンタよりも二つ、もしくは三つもランクが下だという。少しショックだった。


 エレベータの電光パネルが一階に着いたことを示し、扉が開いた。私とケンタはエレベータを出て、マンションのエントランスに向かった。エントランスを出ると、歩道の街灯が妙に明るく、人通りはまばらで、いつもの静かな夜だった。みぎわ公園は、その歩道を西に行き、角のスターバックスを曲がってすぐのところにある。


 私とケンタは、マンションを出てからおよそ五、六分で公園に着いた。公園の中はとても静かで人の気配はなかったが、よくみると、広場の中央のあたりに、だれかが一人で立っていた。近づいていくと、それは、背が高くてブロンドの髪の毛をもつ外国人男性だった。


「おっそいず、ケンタ」


 その東北なまりには聞き覚えがあった。


「やっぱり、もう来とったか。でも、ほぼ時間どおりやで、ピュレ」


「え? あれがピュレ? どうみても人間じゃないか」


 私の眉間にしわでも寄っていたのか、ケンタが少しだけ笑いながら言った。


「兄貴、あれはピュレの仮の姿や。まあ、ホログラフィを利用した着ぐるみみたいなもんやな。人間の街を歩くときはいつもあの姿をしてるらしい。ここだけの話、本人、けっこう気に入ってるみたいやで」


「おい、何ば話てんだず? さっさとやっべ!」


「ピュレ、そうあわてるなって。それよりさっきはありがとよ。御木さんと兄貴を運んでくれて」


「ほっだな、さすかいないずう! それより今はバトルだべ!」


「ピュレ、頼む、あと二、三分だけ待ってくれ! 兄貴にちょっとだけ説明しておきたいんや」


「んだが、わがった。二、三分だな!」


 ケンタは私の方に向き直った。


「兄貴、このバトル、実は、この地球を含む天の川銀河全域に放映されとる。せやけど地球で視聴できるんは、シルティのメンバーの他は一部の金持ちと権力者だけ。ほんでもって、バトルは賭けの対象で、胴元はシルティや。その収益がシルティの運営資金になっとる。Aクラス以上の者しかメンバーになれへんのは、バトルの質を維持するためや。レベルの低いバトルじゃ見向きもされへんから」


 けっこう早口だったが、ケンタの説明は分かり易かった。そして、セブンスのバトルで賭博運営をしているというシルティの実体に、何かきな臭いものを感じ始めた。


「さあ、始めるで!」


 ブイン、ブイン、ブイン


 突然、変な音が上の方から聞こえてきたとき、サーフボードのような板状の物体が三枚浮かんでいるのが見えた。板状の物体のそれぞれは、ケンタ、ピュレ、そして私の足下に静かに降りてきた。


「兄貴、それに乗ってや。それはデバイダーといって、セブンスの本体をなすアストラル体(幽体)と、肉体とを分離する装置や」


「デバイダー?」


 何のことかは分からなかったが、とりあえず、ケンタやピュレがしているようにその板状の物体に乗ってみた。


 うっ!


 ビビッと頭のてっぺんから足の指先まで電流が走った。


 か、体が、動かない!


 全身が硬直していて指一本動かせない。


 な、なんなんだ?


 デバイダーは私を乗せたままで浮き上がると、公園の全体を見渡せるような高さにまで達した。そして、上下左右に振れる振動が私の全身を巡った直後、動かないと思っていた手足が急に動かせるようになった。というか、体が異常に軽くなったような感じがして、自分の手足をみると、青白く輝いていた。


 えっ?


 背後に気配を感じて思わず振り向くと、そこには私がいた。それはまさしく自分であり、デバイダーの上に乗った状態で、直立不動の姿をさらしていた。


 あ、あれは


 ケンタの方を見るとそこには、直径がボーリングの球くらいある白く光る玉と、その玉よりも一回り小さい複数の白く光る玉が浮かんでいた。小さい玉は、大きい玉の周りを衛星のようにビュンビュンと動き回っていた。


 あれっ? なっ、なんだ?


 目を凝らして見ると、それらの玉は、突如、いつものケンタの姿に変わった。しかしそれは一瞬の出来事で、ケンタの姿は、細長い横線が上下方向にいくつも羅列している光景に変わり、またさらには横方向に立ち並ぶ複数のリングが互いの間隔を狭くしたり広げたりしている光景など、その形態が様々に変化した。


 見ようとするたびに、違うモノが現れる……


「兄貴、これが今の俺のアストラル体や」


 その不思議なものの方からケンタの声がした。その背後には、私の場合と同じように、デバイダーの上で直立不動となっているケンタの姿が見えた。


「デバイダーは、アストラル体を肉体から分離して半電子化することができるんや」


「半電子化?」


「デジタルデータと現実の物質との間にある状態のことや。〈創想〉ではまず、半電子化されたアストラル体同士を光速に近いスピードで衝突させる。ただし衝突は、二つのアストラル体が互いにおよそ同等レベルの思想をもっているときにだけに限られる」


「衝突させる? 何のために?」


「アストラル体同士が衝突すると、その者たちの思想が別の次元へと展開されるんや。そして、〈創想〉を担うシステムが、そうして展開された思想をシミュレートする。全然説明が足りへんけど、要するにこの〈創想〉というバトルでは、相手のもつ思想よりも高いか若しくは強い思想を持っていれば勝ち。思想間のレベルが違うと衝突そのものが起きへんから思想展開も起きへん。つまり、思想展開の終わりがバトルの決着を意味するんや」


 ケンタに説明されたものの、その意味を理解することはほとんどできなかった。私の知らないかなり高度なテクノロジーの存在を示唆しているようにも思えたが、いずれにしても話の内容は、私の理解できる範囲を越えていた。


「さあ、準備はいいが? 早くやっべ!」


 野太く響く声の方に顔を向けると、青黒い光沢を放つ正八面体が浮いてた。正八面体は、縦がおよそ三メートルで横幅が二メートルくらいある大きなものだった。どうやらそれがピュレのアストラル体のようだ。


「おお! ピュレ、またでかくなったやん!」


「ケンタ、おまえはあんまり変わんねな。こだな、すぐおわっべずは」


「そいつはどうやろな。兄貴、兄貴は特等席から俺たちのバトルを見学しててや。ほな行くで、バトル開始や!」


「おしっ、いぐぞ!」


 ピュレのかけ声と同時に、すぐ下の夜の公園を含む周りの景色が一変した。


 うおっ!


 一瞬だけ辺りが真っ暗になった後、私は、水平方向に広がるとてつもなく大きな天井面と床面との間にいた。


 ここは? 二人は?


 辺りを見回したがケンタとピュレの姿はなかった。


 何か不安めいたものを感じたとき、天井面と床面とが一斉にバラバラにされ細かくなった。そして、上下方向に伸びる棒状のものが数多く形成されたかと思うと、今度はそれらの棒が薄い膜となり、水平方向に相互に重なっていった。


 こ、これは……


 全身に浴びせられるような独特の感覚を頼りに、私は意識を集中させた。すると、多数の膜が立ち並んでいた景色が、突如、花と草木に覆われた大草原の景色に変わった。しかし、その景色はなんとなく不安定で、すぐに歪み崩れ、いつの間にか現れた小さな黒点に吸い込まれていった。黒点はどんどん大きくなり、私を取り巻く闇となった。


 再び不安が掻き立てられようとしたとき、目の前に小さな青い光が出現した。青い光はみるみる広がり、真っ青な大海原へと化した。その波は穏やかで、遠くに見える水平線の際には、朝日とも夕焼けともとれるおぼろげな暁の光を湛えていた。


 ここは……異次元の世界?


 直感的にそう思えた。最初の草原よりも、今の海原の方が圧倒的に強い包容力をもっていた。


 これが〈創想〉、ケンタとピュレの互いの思想をかけた闘い……


 ふと周りをみると、いつの間にかヌースたちが集まっていた。その数は少なくとも二、三十体はいて、見た目はこれまでとなんら変わりはしなかったが、その態度や仕草がこれまでと少しだけ違っていた。〈創想〉によるこの異次元世界を認識しているせいなのか、ヌースたちはどことなくそわそわしているように見えた。


 その後の異次元世界は、海原の光景からは全く変化がなかった。


 スーンという静音と共に、再び二人のアストラル体が現れた。

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