第27話 両親のこと

「あっ、そうや、肝心なことを忘れとった。両親のことを話さなあかんな」


 そう言ったとき、ケンタの視線が、一瞬だけリビングの方にいる三人の若者たちの方に向けられた。何か妙な感じはしたが、話題が両親のことになると聞いて、私の頭の中はすぐに切り替わった。


「さっき、シルティのメンバーはおよそ一万人って言ったけど、その中には一般人も含まれとる。父さんと母さんはその一般人の中に含まれていて、二人ともセブンスやない」


「セブンスじゃない?」


 正直意外だった。ケンタから両親が生きていると聞かされたとき、実は私の頭の中で、彼らがセブンスならあり得るかも、震災の悲劇の運命に巻き込まれずにすんだのかもしれないという考えがよぎっていた。


「本当に父さんと母さんは生きているのか?」


「三年半前に一度だけ実際に会ってきた。今も二人とも元気やで。たまにやけど、メールや電話でやりとりをしとる」


「何?」


「シルティのメンバーだけが使用できる特別な回線があって、その回線によるメールや電話は、セブンスの能力を発揮しとる状態でしか使われへんねん。せやから、覚醒してへんかったこれまでの兄貴には気づかれんかった」


 自分だけが蚊帳の外にいた。今さらの事実が私の意気を少しだけ削いだ。


「父さんと母さんは、兄貴が覚醒するのをずっと待っとった」


「そうだったのか。でも、どうして父さんたちの方から会いに来てくれないんだ?」


「シルティのメンバーになった一般人は、機密保持のために、その行動範囲がかなり制限されてしまうんや。せやから自由に会いに来られへんねん」


「機密保持? 父さんと母さんはそこで一体何を?」


「二人とも医師として、本部で働いとる」


 両親は、震災で行方不明となったあの日からずっと、シルティの本部で医師としての仕事をしながら暮らしているという。


「震災の日から? あの日、二人の身に一体何が起きたんだ?」


「あの日、父さんと母さんは高速道路で起きた事故の現場にかり出されていた。そのとき地震が起きて、津波に飲み込まれそうになったところを、シルティのメンバーに助けられたそうや」


「助けられた? どうやって?」


「シルティが保有する高速ヘリが、事故現場に来てくれたらしい」


「高速ヘリが? 助かったのは両親だけか?」


「そうみたいや」


「なぜ両親を?」


「当時のシルティでは有能な医師が不足しとったそうや。それで組織の活動に協力してくれるなら、命を助けたるってことだったらしい」


「ちょっとまて、有能な医者なら他にいくらでもいるだろ? なぜ両親が選ばれたんだ?」


「それは、厳峡大橋の件が関係しとるんや」


「厳峡大橋?」


 厳峡大橋は、震災のときに崩落した橋の一つだ。当時、地震発生時における、避難経路はいくつか設定されていたが、厳峡大橋を通るルートがもっとも安全とされていた。しかし実際には、この橋が崩落したことにより、そこで足止めをされた大勢の人々が津波に飲み込まれてしまった。


「父さんと母さんは、その橋が崩落することを、震災の日の一年前に俺がブロックランドで作った壊れた厳峡大橋を見て知っとった。せやから父さんと母さんは、厳峡大橋を建設した建設会社や、市や県の担当窓口に出向いていって、厳峡大橋の補強工事をするように何度も何度も頼みに行ってたんや。でも誰も相手にしてくれへんかったそうや」


 震災前の当時の厳峡大橋は、たとえマグニチュード八クラスの大地震がきても耐えられる、そういう設計がなされているとされていた。だが、震災の地震の規模はマグニチュード八だったも関わらず、厳峡大橋はあっけなく崩落してしまった。そしてその後、設計・施工を手がけた建設会社が耐震偽装をしていたことが民間団体によって明らかにされた。


「あの日、俺たちが厳峡大橋の避難経路を行かずにすんだのは、父さんと母さんのおかげやったんや。厳峡大橋を通らない別の避難ルートが選択されるように、二人がじいちゃんの車のナビゲーションシステムの設定に変更を加えとったんや。勿論、マグニチュード8よりも大きな大地震が来ないとも限らんかったけど、いずれにせよ父さんと母さんは、世間に公表されていたことよりも、俺のブロックの方を信じてくれた。せやから、俺たちは助かったんや」


 そうだったのか……


 私たち兄弟は、両親の適切な判断と慎重な行動とによって命を救われていた。ケンタのブロックを信じるだけなら、それは単なる一つの賭けに過ぎないだろう。しかし、両親はそれを単なる賭けとはせずに、それをも考慮した上で、私たち兄弟だけでなく、人々がより確実に救済され得るような方法を真摯に探しまわっていたのだ。


「シルティのメンバーは、誰でもなれるわけやない。人としての優れた性質や資質をもっていることも要求されるんや。厳峡大橋の件での人々を救おうとする父さんと母さんの思いと一連の行動が、あるセブンスの目に止まり、それで父さんたちの存在がシルティに知られることになったそうや」


「そうか……ケンタ、俺も父さんと母さんに会えるのか?」


「いや、会うにはシルティのメンバーにならんとあかんねん。メンバーになるには」


「ケンタさん!」


 リビングにいた三人の若者のうちの一人が、いつの間にかキッチンの方に来ていた。ケンタが、その若者の方に振り向いた。


「ケンタさん、アンドロイドのセッティングが全て終わりました。これから病院の方に搬送します」


「おお、もう終わったんか。さすがやな。兄貴、紹介するわ。この人は、技術スタッフの」


「ケンタさん!」

 その若者はケンタの言葉を制するように言った。


「あっ、そうか。メンバー以外の人間にメンバーのことを紹介するのは御法度やったな」


「ええ、それでは失礼します」


 若者は、軽くお辞儀をしてリビングの方に戻って行った。


「ケンタ、あのアンドロイドをどうするつもりだ?」


「ああ、あれは御木さんの身代わりや。あれ一体で2億円くらいしよんねん。最新の人工知能を搭載した優れものやで。これからしばらく、あのアンドロイドには、ある病院に入院してもらう。御木さんが夕方のテロ事件に巻き込まれて記憶喪失になったっていうことにしてな。もちろん、その病院にもシルティの息がかかっとる」


 なるほど、そういうことか。


 現在のクジュの状況を、彼女の身の周りの人々に説明をしたとしても、おそらくほとんど信用してもらえないだろう。それならば、たとえ嘘をついてでも、今はとにかく時間を稼いで、クジュを早く元の生活に戻れるようにするべきなのだと思う。


「ケンタ、クジュはどれくらいで戻れそうなんだ?」


「わからん。さっきも言うたけど、意識がいつ戻るかわからんし、シルティのメンバーになっとるから、その行動も制限されることになる」


「そ、そんな……」


「兄貴、とりあえず兄貴はシルティのメンバーにならなあかん。でないと兄貴は、俺らの両親にも、そして御木さんにも会うことすらでけへん」


「くっ、ケンタ、どうすればメンバーになれるんだ?」


「メンバーになるには」


 ピピピ!


 今度はケンタの携帯が鳴った。


「なんなんやもう! ん、メールか?……えーっと、あっ、〈創想そうそう〉の許可通知や! そうか、レイが申し込んだ奴か」


「そうそう?」


「創るに想うって書いて〈創想〉や。さっき一緒におったアクエリアンのピュレとのバトルや」


「まだ話の途中だぞ? キャンセルできないのか?」


「無理や。これは正式なバトルやから」


「正式?」


「ああ、莫大な金がかかっとる」


「なんだって?」


 ケンタはすばやく携帯を操作して耳に当てた。


「……あっ、ピュレか? ケンタや。場所は、俺らのマンションの近くにある〈みぎわ公園〉でええか? 今からそうやなー、10分後に。ええか? よし、じゃあまた後で」


 ケンタは携帯をテーブルの置くと、急いで自分の部屋に行き、数分すると青と白のそれぞれのパーカーをもってきて、青のパーカーを私に手渡した。


「さ、これ着てや、兄貴も行くで!」


「え? 俺もか?」


「そうや、兄貴にはセブンスの現実を知ってもらわなあかん」


 ケンタは、私を玄関の方連れて行くと、リビングにいる若者たちに声をかけた。


「じゃあ、あとはよろしく頼むで!」


 私とケンタは玄関を出た。

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