第26話 秘密結社

 キッチンに行くと、テーブルの上に、見た目で少なくともレタスとトマト、ハム、チーズを挟んであるサンドイッチが中皿にラップをされた状態で用意されていた。


「兄貴、腹減ったやろ? これ食べてや。有り合わせの材料で作ったんやけど。今、コーヒー入れたる」


「お前は?」


「先によばれた」


 とにかくクジュのことが頭から離れなかったが、サンドイッチを見た瞬間に、猛烈な空腹感が私を襲った。私は、流しで手を洗うと、席に座って皿のラップを丁寧にはぎ取り、静かに両手を合わせた。


「ありがとうケンタ、それじゃ遠慮なく、いただきます」


「どうぞ。コーヒー、ここに置くで」


 コーヒーの入ったマグカップを私の前に置くと、ケンタは私と向かい合って座った。


 三角形のサンドイッチが皿の上に四つ並んでいて、そのうちの一つを口に運んだ。一口食べると、辛子バターの香りが鼻からぬけていく感じとシャキッとしたレタスの食感、さらにチーズとトマトとの相性の良さが、さらなる食欲をそそり、一つ目をあっという間に食べ終えてしまった。


「兄貴、食べながら聞いてや。とはいえ何から話したらええのか……とりあえず〈シルティ〉からやな。シルティっていうんは、千人くらいのセブンスを中心として構成されとる組織で、メンバーは、今のところおよそ一万人。ほんでもって、その最高責任者が、元アメリカ大統領で現在は副大統領を勤めるクリス・イーバンや」


「なんだって!?」


 私は飲みかけたコーヒーのマグカップを思わずテーブルに置いた。


「ちなみに、現在のフランス大統領、ドイツ連邦首相、中国国務院総理、ロシア連邦政府議長もメンバーに入っとるし、そのほかの先進国や新興国の政府の要職に就く者や、世界に名を馳せる大手企業のCEO、財界の大物の中にもシルティのメンバーがおる」


「そんな、まさか!」


 世界主要各国の為政者・権力者を多数擁しているにも関わらず、少なくとも私がこれまで一度も耳にしたことのない名前をもつ組織。マスメディアがこれだけ発達している現代において、そのような組織が秘密裏に存在すること自体考え難いことだが、ケンタの言うことがもし本当だとしたら、その組織は、現代のマスメディアさえも抑えこめるほど、とてつもなく大きな力をもっているということになる。


「待ってくれ、もしかしてそのシルティという組織は、すでに世界を……」


「実質的に支配しとる。そう言ってもいいかもしれへんな。でも、結果的にそうなってもうただけで、あくまでもシルティの目的は、人類のカタストロフを回避することなんや」


 ケンタによれば、カタストロフが騒がれ始めた当初、すなわち、セブンスや異星人らがカタストロフの存在に気付き始めたころ、最も可能性が高いと考えられていたカタストロフのシナリオは、大国間で核戦争が勃発するというものだったらしい。そこで、そのシナリオを憂慮した一部のセブンスが、第三次世界大戦に発展し得るような核戦争を防ぐため、大国同士だけでなく、特に経済発展のめざましい他の国々の結びつきをも強化しようとしたことが、今の状況につながっているという。


「でも、どうやって?」


「兄貴、俺たちにはできるやろ?」


「……カットインか。ということは、現在のアメリカ副大統領であるクリス・イーバンや、さっきお前が言っていた各国の要人もすべて」


「そう、全員セブンスや」


 ケンタの話を聞いているうちに、そのシルティという組織は、決して架空の組織ではなく、現実に存在するものとして認めざるを得ない、そう思えるようになっていた。


「シルティに限らず、今の世界は、一つの世界を二種類の人間で共有していると考えた方がええかもしれん。つまり、一つは一般の人とセブンスが共に住む世界で、もう一つはセブンスだけが住む鏡の中の世界。鏡の中の世界では、この世界に存在するものと同じものを、セブンスだけが自由に使えるんや」


 鏡の中の世界。あまりに不合理で不公平とも思える話だが、普通の人間がセブンスを認識することができない以上、確かにその考え方は成立するかもしれない。


「話をカタストロフに戻すけど、各国政府の要人たちを俺らセブンスにすげかえても、兄貴も知ってのとおり、カタストロフは消滅してへん。せやから今、シルティは、核戦争だけやなく、ありとあらゆる人類滅亡のシナリオを想定して、それらに対応する方法を模索しとるんや」


 ケンタの話は、一応の筋が通っているように思えた。ただ勿論、ヌースとセブンス、カタストロフ、遺跡、そしてそれらを調査する異星人、さらにシルフィという強大な力をもつ組織など、この日だけで相当な数の事実を知り、なお且つそれらの事実に付随する現実離れした種々の体験をしてきた私にとって、それらを受け入れるためには依然としてさらなる時間を必要とした。

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