第22話 異星人
私はそうしたクジュを見守っていたが、ケンタはレイのことが気になっているらしく、我々が今いる所から台座の反対側に行こうとしていた。
「ん? 他に誰か来とるみたいやな」
ケンタの姿が見えなくなりかけたところでケンタが言った。
「おっ、アクエリアンか」
あくえりあん? 聞き慣れない言葉だった。祈りを終えたクジュと共に、急いでケンタの後をついて行くと、
ギョッ!
不意を突く衝撃が、私を無下に打ちのめした。今朝からの一連の出来事のせいで、大抵のことではもう驚かないだろうと、勝手に思い上がっていた私を。
まさかあれは……UFO、か? いや、そんな……
いわゆるアダムスキー型と呼ばれる一機の円盤が、頂上の床面と同じぐらいの高さ位置で、空中に静止していた。
「おい! レイ!」
レイがケンタの言葉で振り向いた。そのとき、
「うわっ!」
私は思わず声をあげてしまった。しかしクジュは、口を両手で押さえながら、かろうじてその声を押し殺していた。
レイの前には、輪郭そのものは人のようにも見えるが、全身が異様に青白く、しかも無毛で、明らかに人間とは異なる姿をした何者かが立っていた。背丈がレイよりも少しだけ低くて痩身のその者は、黒かダークグリーンを帯びた楕円形の大きな二つの瞳をもち、私たちの方をじっと見ていた。
「ピュレやないか! ピピピ、ピポ、ピポ、ピポ」
ケンタが訳の分からないことを言い出した。
「ピポピポ、パポパポ、ケンタ!」
その青白い体をした何者かが、〈ケンタ〉の部分以外は聞き取れない何かを言った。
「久しぶりやなー、ピッピピ、ポッポー、ポッポー!」
と、ケンタが言うと、
「ケンタ、ポポポ、ピッピポ、ピポ、ピポ」
と、その何者かが答えた。
「あーはっ、はっ! こりゃええわ! ところで兄貴、今俺たちが何を話してたか分かるか?」
ケンタがいきなり私に話を振ってきた。
「分かるわけないだろ」
「それはそうや、だって俺も分からんもん」
「何!?」
ケンタは、その何者かの元に行って右手を差し出して握手をした。
「俺のとっさのボケに対して、さらにボケをかぶせてきよった。腕をあげたなー、ピュレ!」
「へへ、んだべえケンタ。お笑いだってちゃんと勉強してっべずぅ。今時ピポパポって、いづの時代の宇宙人だが、ほだな振り、すぐわがたけはー。んだげども久しぶりだなあ。この前会ったのは二年ぐらい前だべか、元気だっけが?」
え、何!? 今の、東北なまり??
その者が発する言葉には、明らかに東北地方のなまりが含まれていた。私の母親の実家が山形で、夏休みや冬休みに家族で山形に行ったときに、母とその両親との会話を聞いていたので、その発音には聞き覚えがあった。しかし、不思議なことに、発音に関しては確かにそうなのだが、その意味については頭に直接響いてくるような感じで、その者が話す内容をちゃんと理解することができた。
「ああ、元気やったで。そうや、紹介するわ。あそこにいるのが、俺の兄貴のリョータ、そしてその横にいるのが兄貴の彼女の御木さんや」
ケンタは、私たちの方に左手を向けて話をしながら、その何者かと一緒に近づいてきた。
「兄貴、この人は、いや、人って言うたらあかんのかもしれんけど、俺の友達で〈ピュレ〉っていうんや。惑星アクエリアスから来とる知的生命体、つまり……」
「ワ・レ・ワ・レ・ハ、ウ・チュウ・ジン・ダ。なんつって! だっははは!」
ケンタと、ケンタにピュレと呼ばれるその存在は、互いに肩をたたき合って笑っていた。
……なんなんだ? この軽いノリは?
「ケンタ、まさか、彼がエイリアンだというのか?」
「兄貴、まさかも何も見ての通り、正真正銘本物やで。ピュレと、あそこにある宇宙船、というかUFOも」
私はクジュと顔を見合わせた。クジュも初めは驚きを隠せない様子だったが、少しだけ間をおくと、意を決したようにそれまでの構えるような雰囲気を解いて、そのエイリアンと向き合った。
「初めまして、御木・クジャールです」
「お! あんだ御木・クジャールさんっていうんだがあ? 俺はピュレだ! よろしぐな!」
ピュレは右手を差し出して、クジュと握手を交わした。
「そっちのあんだ、リョータの兄ちゃんだって? よろしぐ、ピュレだ」
どれも長くすらりと伸びる四本の指をもつ右手が、私の前に差し出された。
「あっ、こ、こちらこそ、久保リョータです」
硬いこんにゃくにでも触れたような少しだけヒンヤリとした感覚が、私の右手に伝わった。
「よっしゃ、自己紹介はこれで済んだと。それにしてもピュレ、御木さんは、今は一時的にセブンスと同じ状態になってはいるんやけど、本来は一般人なんや、これって初めてちゃうか?」
「んだのぉ? んじゃこれがファーストコンタクトだべず!」
「ファーストコンタクトだって?」
私は思わずケンタに聞き返した。
「ピュレにとっての、ていう意味や。アクエリアンと人類との交流は30年くらい前から始まったみたいやで。そうだろピュレ?」
「んだ!」
ケンタによれば、今からおよそ30年前、人類、すなわちセブンスが、カタストロフが起こることに気づいたのをきっかけとして、アクエリアンとの交流が始まったという。アクエリアンは、少なくとも30年以上前からカタストロフのことを知っていたらしい。
また、カタストロフのことを知っている異星人は他にもいるらしいが、現時点で人類と交流があるのは、ピュレが属するアクエリアンだけということだった。ただ、アクエリアンと交流をしているのはあくまでもセブンスであって、一般人との交流はこれまでにほとんどなかったようだ。
「アクエリアンは、俺たちがいるこの〈天の川銀河〉の中でもっとも高度な文明をもつ異星人で、この銀河全体に及ぶ大きな影響力を持っとる。そういうこともあって、俺と会う前のピュレは、人類のことをかなりバカにしとったんや。もちろん全てのアクエリアンがそうやないけど。でもまあ実際、この銀河に存在するほとんどの異星人は、人類を格下の存在として見とるんやけどな」
「人類が、格下?」
「そうや。異星人にとっての今の人類は、端的にいうと〈年中発情しとる狡猾で好戦的なサル〉ぐらいの存在でしかあらへん」
とんでもない言われ方だったが、なぜか反論する気持ちが起こらなかった。
「……じゃあなぜ、そのサルである人類と、高度な文明をもつアクエリアンとが交流を?」
「アクエリアンは、こういう世界各地にある遺跡や、セブンスとヌース、そしてカタストロフのことについてもいろいろと調べとるんや。ちなみに俺ら一部のセブンスとは、共同研究という形で協定を結んどる」
「協定? それってもしかして地球を支配するための足がかりにしてるだけじゃないのか?」
「兄貴、支配とかそんな物騒なもんとちゃうで。アクエリアンが本気で地球を乗っ取ろう思うたら、おそらく一週間もかからんで」
「一週間!?」
「文明のレベルが、今の人類とでは天と地ほども違うねん。支配どころか、アクエリアンは人類を救おうとしてくれとるんや。もちろんすべての人類を救うのは無理かもしれんけど、少なくとも種として存続していけるだけの最低限の人口を確保する方法を考えてくれとる。ただ、そこまでして人類を助けてやる必要が本当にあるかどうか、そういう疑問をもつアクエリアンも少なくないんや、せやから」
「我々セブンストノ交流ヲ介シテ、人類ニ関スル理解ヲ深メテモラッテイル」
いつの間にか近くに来ていたレイが、ケンタの言葉を次いだ。
「オウ! マスター・マグリエル! そのとおりだべ!」
マスター・マグリエル? 初めて耳にするレイの呼ばれ方だった。
「マスター・マグリエル、さっきの話の続きだげんども、ケンタとのバトル、いいべが?」
「なんや、ピュレ? レイとそんなことを話とったんか?」
「バトル?」
私はケンタ、次いでピュレの方を見た。
「兄貴、バトルについての詳しいことはまた帰ったときに話すわ。俺とピュレは昔一度だけ、そのバトルで勝負したことがあるんや」
「勝負?」
「ああ、バトルといっても、パワーやスピードを競う所謂格闘技みたいなもんとはちゃうねん。なんて言ったらいいか、そうやな、簡単に言うと、自分のもつ思想をどれだけ高められるか、まあそんな感じやねん」
「んだんだ!」
「そんで、当時かなりの高慢だったピュレを俺がボッコボッコにへこませてやったんや。ほんのすこーしだけ手こずったけど、まっ、楽勝やったで!」
「楽勝!? ほだなんねず! ぎりぎりだっけべず! ケンタもかなりヘロヘロだっけで!」
「そうやったっけ? でもまあ、〈タイマン張ったらダチ〉やないけど、そんときからは俺とピュレはライバル且つ友達になったんや。ほんで、俺が関西弁を話すなら自分は東北弁を話すとか、俺がお笑いむっちゃ好きや言うたら、ピュレもお笑い勉強するわ言うて、対抗心、めっちゃ燃やしとんねん」
「んだ! 次は絶対に負げねえがらな!」
「サキホド本部ニ連絡ヲ入レテオイタ。二、三時間モスレバマタ連絡ガ入ルダロウ」
レイがケンタとピュレの二人に向かって言った。
「なんやレイ、俺に確認せんと申し込んだんかい?」
「ソウダ。ソウシタ方ガ良カッタカ?」
「いや、まあ、どっちでもええわ。どうせ勝つのは俺やし」
「ほどだなごど、やってみねどわがんねべず! んだってケンタ、あそごさわもう行ってねんだべ?(そんなこと、やってみなければ分からないよ! だって、ケンタ、あの場所にはもう行ってないんだろ?」
「そうや。この三年半、一度も行っとらん」
「んだごったら、俺、絶対勝づば。三年半前の俺どはまったぐ違うがらよ」
「ほおー、それは楽しみやなー、へへ!」
あの場所? バトルについての興味はもちろんあったが、それよりも、ケンタがどこに行っていたのかが妙に気になった。
「んだら、バトルすっから少し休んでおぐべがな。調査結果ば早く本星におぐらねど(それじゃ、バトルに備えて少し休んでおくかな。調査結果を本星に早く送らないと)」
「ピュレ、何か進展はあったのか?」
「いや、マスター・マグリエルさも言ったけど、今のところ何にもね。今回もだめだべがねー。しっかし、こだいもやっても、建でらっだ時すらちゃんと分がんねんだがらなー」
「ピュレ・リンドワール、悪イガ、休ム前ニ、コノ遺跡に関スルコレマデノ調査結果ヲ見セテ欲シイ」
「勿論だべ、マスター・マグリエル!」
ケンタ、レイ、そしてピュレの三人は、何かの装置らしきものがある方向に歩いていった。その装置らしきものはいくつかあって、その大きさはいずれも、昔の健康診断で使用されていたレントゲン撮影装置くらいはあった。そしてその装置の近くに、ピュレと同じような姿をした少なくとも三人のアクエリアンがいて、身振り手振りを交えながら互いにコミュニケーションを図っているような感じで、きびきびと動き回っていた。
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