第21話 神殿へ
そうしていつの間にか私たちは、逆ピラミッド構造体のすぐ近くまで来ていた。
「ああ、もう言葉が出ない! この光景、この瞬間、そしてこの気持ちをどう表現したらいいの!?」
クジュが目を丸く大きくして言った。
下から間近にみるその構造物は、周囲の像よりもはるかに圧倒的な存在感と威圧感を放っていた。未知なるものに対する畏怖。巨大というだけではない、その場にいる自分自身の存在をも疑ってしまうような、膨大なエネルギーの塊がそこにあった。
「さあ、もうすぐやでえ!」
小さなトランポリンを使って、ケンタがポーンと空高く舞い上がった。それに引き連られるように、ヌースたちが群となってケンタの周りを瞬時に取り囲むと、それぞれが種々の形のブロックに変身して互いに連結していった。
おおっ! これは……
目の前に、体長が10メートルぐらいの翼竜が現れた。槍のように突き出た二本の角と、ゆらりとなびく二つの長い口髭、面長のいかつい顔を上下に二分するような口からは、鋭利な牙がいくつもはみ出ている。胴体を緻密に覆う鱗の群れが、禍々しい堅牢な雰囲気を醸していた。
左右の翼が大きくはためき、ビュンと風が巻き起こると、ぎょろっとした大きな二つの瞳が私とクジュに向けられた。
「兄貴、頭に乗ってくれ!」
ケンタの声が拡声気味に聞こえた。翼竜は身をかがめながら、左の前脚を地面に這わせるように私とクジュの前に下した。私とクジュは翼竜の左前脚を伝って、その頸部、そして頭頂部へと登っていった。
私とクジュを乗せたケンタの翼竜は、力強くジャンプをすると、左右の翼を一気に拡げた。おそらく最大限まで広げられた翼は、その全体で余すことなく風を受けとめようとしているようだった。
空の風は、地上とは違ってその勢いに限りが無いように思えた。一瞬だけふわりとした感覚にとらわれると、翼竜は高々と舞い上がった。
うわあ!
私とクジュは同時に驚嘆の声を上げた。
翼竜は、逆ピラミッド構造体の周りを、大きな渦の流れにでも乗るように旋回しながら上へ上へと飛びつづけ、高度が増すにつれて、逆ピラミッド構造体がもつ独特な雰囲気の濃度がどんどん増していくようだった。逆ピラミッドを構成する漆黒のブロックの大きさは、上に行くほど小さく緻密なものになっていて、よく見ると細かな幾何学的模様が表面全体に刻まれていた。
翼竜が翼を扇ぐたびに飛行スピードが増していき、逆ピラミッド構造体の最上段がもう目前に迫っていた。
「さあ、着いたで!」
漆黒のブロックが途切れた瞬間、目の前にだだっ広い光景が広がった。
ここが最上部か……
ケンタの翼竜は、翼を前後にゆっくりはたせめかせながら静かに着地した。再び身をかがめながら、左の前脚を地面に這わせた。
私とクジュが翼竜の左腕をつたって降りると、翼竜を構成するブロックがバラバラとなって元のヌースの姿に戻った。
「みんな、サンキュ!」
ケンタが笑顔でそう言うと、ヌースたちはまたどこかに姿を消してしまった。
ここは……
なんとも形容しがたい光景と雰囲気が、私たちを取りまいた。
そこは、どれくらいの広さがあるのかはすぐには把握できないが、少なくとも予想していたよりも数倍は広く、そして穏静な場所だった。床には、白亜の大理石のようなものが一面に敷き詰められていて、やけに白く目映いその光沢が、異世界の地にでもいるような感覚を起こさせた。
空中には、様々な形をした無数の小さな白いブロックが漂うように浮かんでいた。何かの拍子でそれらのブロックが互いにぶつかり合うたびに、これまで聞いたことのないどこか神秘的な、金属音にも似た微かな音が響いていた。
私は、ほとんど棒立ちのままでしばらく辺りを見回していた。
「あら? そういえばレイさんは?」
クジュの言葉ではっと我に帰った。
レイ?
私は、滑り台のときに彼女がいなかったことを思い出した。
「彼女は、マンションに残っているんじゃないか?」
「いや兄貴、レイなら、もう先に来とるはずや。たぶん向こうにおる」
ケンタが、ある方向を指差して言った。
どうやらレイは、独自の移動手段ですでにここに来ているらしい。よくよく考えると、私たちがここまで来るのには、ケンタによる遊びの要素がかなり入っていたし、移動するだけなら、もっと効率的な手段を彼女が持っていたとしてもおかしくはない。
そう思って、ケンタが示す方向に顔を向けると、
「あっ!」
遠くの方に、ほぼ正三角形の外形をもつ建造物が見えた。それはまさしくピラミッドだった。しかし、写真などでみるエジプトのピラミッドとは様相が異なり、全体が漆黒で、しかも頂上には球状の何かが乗っかっていた。
黒いピラミッドの近くには、黒い柱がいくつかそびえ立っていた。それらの柱は、まるで巨大なセコイアのごとくはるか上空まで延びていて、てっぺんが見えなかった。
「あそこは、この場所の中心部で、そのまんまコア(core)って呼ばれとる」
ケンタは、再び左手を握り拳にして一瞬の溜(ため)をつくった後、左腕を前方に振り出しながら握った手を素早く広げた。すると、また複数のブロックが出現し、それらが相互に組み合わさって、真っ赤なボディをもつクラシックなオープンカーとなった。
「さ、乗ってや」
「車? ケンタ、それで行けるのか?」
「ああ、大丈夫や」
ケンタが運転席に座ると、後部座席に乗るように私とクジュに促した。
キュルルル……ブン、ブブン、ブブブン!
小気味の良いエンジン音を発して、車が動き出した。
初めは、白いブロックたちが運転の邪魔になるのではと思っていたが、それらのブロックは、大きな魚に追われる小さな魚の群のように、私たちの車を瞬時に避けて道をあけた。
へえ、なんだか生きてるみたいだな……
ケンタにこれらの白いブロックのことについて聞いてみたが、逆ピラミッド構造体、そしてそれを取り巻く神殿と像の群と同様に調査中で、セブンスでもこれらのブロックを操ることができないという事実以外は、その性質や機能についてはほとんど分かっていないということだった。
走行する車から見える景色は、冷たい海の中を泳ぐ銀色の魚群か、あるいはもっと無機的に、降りしきる白雪の中を進んで行くような、どこか物寂しい感じを私に与えた。
目の前に、さきほど見えた黒いピラミッドが近づいてきた。それは、近くでみると結構大きなもので、子供のころによく遊びに行った裏山と同じくらいの大きさがあった。その感覚からすると、高さは少なくとも二百メートルぐらいはありそうだった。また黒い柱は、そのピラミッドを取り囲むように一定の間隔をおいて立っていた。柱の直径は、およらく七、八メートルほどで、一番近くにある柱の表面を見ると、大蛇か竜か、そうした何かの彫刻が施されていて、はるか上の方まで巻き付いていた。
1、2、3……
数えると、黒い柱は全部で6本あった。
「さあ、変形するで!」
そのケンタのかけ声で、乗っていたオープンカーが、複数の長脚を持つクモのようなマシンに早変わりした。クモマシンは、私たちを乗せたまま、ピラミッドをよじ登り始めた。
私たちを乗せたクモマシンは、規則的でメカニカルな音を伴う巧みな脚運びで、ピラミッドの勾配を難なく上っていった。その動きによる揺れがなんとなく心地よいなと思っているうちに、頂上が見えてきた。
「さあ、到着や!」
クジュ、私、そしてケンタが降りると、クモマシンは元の複数のブロックに分解して消えた。
うわあー……
私たちの正面に見えたものは、その曲面からおそらく上から見れば円形をなしているであろう巨大な台座と、その台座の上に浮かんでいるように見える球状の物体だった。台座の高さは向こう側が見えないのでたぶん2メートルくらいで、その横幅は10メートルはあった。
球状の物体の方は、台座との比率から判断して、その直径はおよそ3メートルほどだろうか。球状の物体は、単なる球状ではなく、白く細長い弓状に湾曲したものが無数に寄せ集まることによって球形を成していた。無数の弓状片のそれぞれは、一カ所に留まることなく球状の物体の全体にわたってうねうねと流動しているようだった。
まるでテレビゲームの世界だな。いかにもって感じだ……
その球状の物体には何らかの重大な謎が隠されていて、それを解かなければ前に進めない。そんなロールプレイングゲーム的な雰囲気がありありだった。ケンタの方を向くと、何も聞かないうちに首を横に振られた。
仕方なくクジュの方を見ると、彼女は目を大きく見開いたまま、敢えて言葉だけを除いたような静けさをもって、その球状の物体をじっと見上げていた。
「……」
彼女の内側にある何かに触れたのだろうか? その沈黙にはある種の特別な意味が込められているように思えた。
すると、彼女は突然ひざまづき、正面に持ってきた左手で握り拳をつくり、その左拳にさらに右手をかぶせて、すっと目をとじた。
クジュによるその仕草は、決して場違いなものとは思えず、寧ろ自然で、見るほどにクジュの信心深さを際だつものにしていた。
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