第20話 ケンタの力

 ガクン!


 水平だったブロック道がいきなり下に傾いた。


 あっ!?


 ブロック道がいつの間にか半筒状に変形し、私たちは流しそうめんのごとく一気に滑り出した。


「まずは、超高速すべり台や!」


 う、うわあああ!


 それまでの私は、子供の頃を含めてジェットコースターやその類の乗り物にはほとんど乗ったことがない。単純に怖いのだ。もちろんケンタもそのことを知っている。

 た、頼む、やめてくれえー!


 顔をひきつらせながら脇にいるクジュを見ると、


「きゃー! すごい! 楽しー!!」


 子供のようにはしゃぐ彼女がいた。


 カラフルでいかにも子供うけしそうな外見とは裏腹に、そのすべり台は、まるで巨大なヘビのように、上下左右にうねりながら、私たちを待ちかまえていた。


 長いストレートの勾配からの急激な右カーブ! 息つく間もなく左カーブ! そして天地が連続で逆転する魔のコークスクリュー!! あああ! 三半規管がどうにかなりそう!


 前方に出口らしきものが見えたと思ったその刹那、私たちは滑り台から勢いよく飛び出した。眼下には、今だけとんでもなく平和に見える神宮の森があった。


 う、うわー! お、落ちるー!


「お次は、猛反発トランポリンや!」


 ケンタがそう言うと、複数のブロックが突如現れて組み合わさり、一辺が三メートルぐらいの立方体となった。立方体は私たちが落下する途中に置かれ、その上に落下した私たちの体が立方体にずぶっとめり込んだ。受け止められたと思ったとたん、


 ボッ、ヨォォォーン!


 私たちは勢いよく上空へ跳ね上げられた。大気が体全体にへばりつくようにして流れてゆく。


 ふっと、体が止まった。最高点に達した思ったとき、頭の中に大きな放物線が浮かんだ。落下と共に、再び大気が体にまとわりついてきた。落下地点にはすでに、さっきと同じ立方体が用意されていた。


 ボッ、ヨォォォーン!


 私たちは、ふたたび上空へと跳ね上げられた。


「あっははは! どうや、楽しいやろ兄貴ィ!」


 ケ、ケンタァ! 心の中でそう叫びながら、怖がる様子を微塵もみせずに楽しそうにしているクジュの顔を、少しだけ恨めしく思う。


「リョータ落ち着いて、周りを見て!」


 クジュにそう言われて、ハッと我に帰った瞬間、視野がバンッと広がり、思わず仰け反るような感覚が私をとらえた。


 空中で間近に迫る巨大な像の群! うおおお! なんなんだこの威圧感!? だめだ圧倒される! いや、圧倒されそうだけど、けど、この高揚感はなんだ? まさか、楽しい? そうか、楽しいのか、楽しいよクジュ!


 像の高さは最小のものでもおそらく十メートルはあった。巨大な黒い壁がそこかしこにそびえ立つような感じでもあったが、彫刻としてのそれらはどれも見事で、見るほどにそのディテールに視線が絡み取られていく。急上昇と急落下とを繰り返しながらでしか見ることができない今の状況が急にもどかしくなった。


 ミー、ミウ!


 私の一番近くにある像の足元で何かが動いた。


「お! 来たな、さあ、はよ出てこいや!」


 ケンタが呼びかけると、像の陰からぞろぞろと姿を現した。それを見たクジュが目を細めた。


「リョータ! 猫、猫がいる!?」


「猫じゃない、ヌースだ!」


「あれがヌース!?」


「そうだよ! レイから何か聞いてる?」


「ええ、少しだけ!」


 クジュの画廊に飾ってある絵のことについても触れたかったが、飛び跳ねながらの状態でそこまで話すのは難しかった。


 ヌースたちは一斉に私たちのところに駆け寄ってきた。


 えっ!? ヌースって、空中を歩けるのか?


 そんな私の驚きなどをよそにして、ヌースたちは、玩具売場にやってきた小さな子供が、お目当てのおもちゃを見つけたときのように、喜々として私たちの後を追ってきた。


「よっしゃ集まったな! ほな行くでえ! そらァ!」


 ケンタがそう言って右腕を降ると、ヌースたちが次々と上空へと駆け上がった。ヌースのそれぞれが、DVDの裏面のような構造色的な鮮やかな色彩を放つ薄いジョイントパネルへと変わり、上下左右に相互につながっていった。


 おおっ!


 それはあっというまに巨大なカーテンとなった。幾重にも垂れ下がるカーテンは、夕日を反射してか、それともそれ自体から発せられるものなのか、その全体が目映い金色の輝きを放ちながら、逆ピラミッド構造体の方にずっと続いていた。その光景は、ほとんどオーロラといってもいいほど幻想的なもので、ゆったりとしたその大きなはためきが、私の中の何かをも穏やかに揺らしていた。


 しかし、その幻景に浸るのもつかの間、私たちは、大きく波打つその巨大なカーテンに一気に飲み込まれた。


 うわああ!


 驚嘆が光と温もりに包まれた。私たちはいつの間にかカーテンの上端付近にまでもってこられ、そこから一気に滑り出した。カーテンのうねりが巨大な波となり、まるでサーフィンのようにその急斜面を滑走していった。


「きゃあー! すごい、すごい!」


 クジュがまた子供のようにはしゃぐ! 新鮮さが際立つ彼女の笑顔は、私をも高揚させた。


 私たちは、巨大な金色の波のうねりに身を任せ、その上をすべって像の群と帯状に連なる神殿との間を進んで行った。途中で像や神殿にぶつかりそうになると、幅が1メートルくらいある橋のようなものが波から突如飛び出てきて、その上を滑り行くことで衝突を免れた。


 うおおお!!


 その橋は、金色の波の至る所から次々と突き出てきた。おそらくこれもヌースによるものなのだろう、それらは虹のように、透き通った異なる色合いをもつ7つの層がアーチ状に重なっていた。


 私たちを囲むように幾重にも優しくなびく金色のオーロラが、次々と巨大な波へと変わり、無数の虹がその波面を自由奔放に飛び交う。


 荘厳な趣をもつ像の群と神殿の中で織りなされるその光景は、私、そしておそらくはクジュの心をもしっかりと掴んで放さなかった。この瞬間が永遠につづけばと、思い願った。

 ケンタの方を見ると、ケンタは立ったままの姿勢で颯爽と滑っていた。その姿はまるで、雄々しく未来を見据える若き魔法使い、そんな形容がぴったりとくる凛々しいものだった。


 これがケンタの、セブンスとしての力なのか……


 自分もセブンスであることを聞かされているせいなのか、なにか焦燥めいたものが胸の内をよぎった。

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