第19話 ケンポコサン

「生きている、だと!?」


「そうや、詳しいことは……」


「どういうことだ!」


 私はケンタの両肩に掴みかかった。


「お、落ち着いてくれ兄貴、詳しいことは帰ってから話す。それに今は、御木さんに早く事情を説明せんと」


 御木という一言が、沸騰しかけた私の頭への差し水となった。両手の指先から力が抜けていく。


「驚くのも無理ないわ。俺もそうやったから」


 そう言ってケンタは、移送チューブの構築を急いだ。


 ……生きている、父さんと母さんが……


 その言葉があけた心の空洞に、何かがこだましていた。ようやく自分の中で消化され、収まりつつあったものが、再びかき乱されようとしている、そんな不安めいたものがよぎった。


 移送チューブが完成すると、ケンタが私に向けて右手をかざした。


「ほな、行くで」


 私の体は、再び細く分割されて移送チューブへ吸い込まれていった。


 転送中のきらめきの中、両親の記憶が無作為に再生される。ケンタのことで昔の写真や動画を見ていたこともあってか、それらは鮮明な色を持っていた。


 気が付くと私は、マンションのリビングに立っていた。なぜか部屋は薄暗く、静かだった。


 ? クジュは?


 靴をぬぎながら耳を澄ますとベランダの方で人の気配がした。カーテンの片方を左手で少

し左に寄せると、ベランダに立つクジュとレイの姿が見えた。レイはすぐに気が付いて私の方を見たが、クジュは、外の景色、つまり像の群の方に心を奪われていて私に気付いていない。


「クジュ」


 そう言って彼女の肩にそっと手を乗せると、彼女は一瞬驚いたように振り向き、その表情をパッと閃かせた。


「リョータ! あれを見て!」


「知ってる。でも、もっとすごいものがあるよ」


 私は、ベランダに出てクジュの手を握り、そこから玄関の方に連れて行った。彼女に私のサンダルを履かせつつ、私も急いで靴を履くと、ドアを開けて一緒にマンションの外廊下に出た。


 外廊下から外の景色を見た瞬間、クジュは、息を深く吸い込むようにしながら、その瞳の開度を最大にした。


「ああ! し、信じられない!!」


 クジュの顔には目映いものが溢れていた。ついさっきテロリストの恐怖に晒されていた彼女からは想像もつかない、安らぎにも似た感じを湛えていた。


「これが、この世界の本当の姿なのね……」


 本当の、姿か。晴天の夕焼け空に浮かび上がる、神懸かったその光景を前に、クジュとこうして寄り添っていられることが奇跡のように思える。


「……Seventh」


 その言葉がクジュの口から出たとたん、私は現実に引き戻された。


 ケンタと一緒に、レイが玄関から出てきた。


「I explained to her about the contents.(彼女には、あらかた説明をしておいた)」


 そうか、クジュは英語も話せたな。


 レイとクジュが、私とケンタとオフィス街で別れてからの時間を考えると、おそらくレイは、クジュに状況を把握してもらうために、最初から外の光景を彼女に見せたのだろう。普通なら到底信じられない内容を含むものであっても、この景色を後ろ盾にして話をするのなら、生じる疑念のほとんどが、とりあえずはどこかに収まってしまうだろうから。


「リョータ、ありがとう。私を助けてくれて」


 クジュは両腕を私の首に回しながら、私の顔を引き寄せた。彼女の素直な言葉が、私の心にすっと重なった。


 その様子を見ていたケンタが、レイのそばに寄った。


「レイ、御木さんはあとどれくらいセブンスでいられる?」


「ソウダナ、オソラク日ガ沈ム頃マデナラ」


「そうか、兄貴、話はもう少し後でもええか?」


「どうした?」


「御木義姉(ねえ)さんに罪滅ぼしをしたいんや。これまでほとんど顔も合わせんかったことを」

 義姉(ねえ)さんと言われたクジュは、私と顔を見合わせた。互いの気持ちを確認し合うように、気恥ずかしさを含む笑みが、私と彼女の間にこぼれた。


「ケンちゃん、そのことならもう気にしないで」


「そうだよケンタ、だけど罪滅ぼしって、一体何をするつもりだ?」


「連れたったるわ、あそこに」


「ええ!?」


 逆ピラミッド構造体の方を指さすケンタに、私はもちろんクジュも驚いた。


「ほ、ほんとか?」


「ああ、御木さんがセブンスである今のうちならできるんや。それに、やっぱりファンは大事にせんとな」


「ファン?」


 クジュが首を傾げた。


「そう、何を隠そうこの俺が、伝説のセルブロ、Kenpokosanや! 今、その証拠を見せたる!」


 そう言うとケンタは、左手を顔前で握り拳にして一瞬の溜(ため)をつくった後、手のひらを広げて前方に突き出した。


 次の瞬間、一辺の長さが三十センチくらいの正立方体状のブロックが、どこからともなく大量に現れた。ブロックのそれぞれは、見える限りにおいてそのブロック特有の色、どう言えばいいのか、なんとなく子供たちをワクワクさせるパステルカラーのような色合いを帯びていた。


 それらのブロックは群れをなし、リズミカルな素早い動きを見せながら、相互に連続してつながっていった。気が付くと目の前には、幅が二メートルぐらいある一本の道ができあがっていて、その道の先は、あの逆ピラミッド構造体の下の方につづいていた。


「おお!」


 思わず驚きの声をあげると、ケンタがブロック道の端にひょいっと飛び乗った。


「さあどうぞ御木さん、そして兄貴も」


 ケンタがそう言うと、私とクジュのいる外廊下の床の部分が、手すりの高さまで円柱状に突如盛り上がった。私とクジュは、手すりを乗り越えてブロック道の端に乗った。


「ケンタ、あそこまで歩いて行けるのか?」


「歩く? そんなまどろっこしいことしてられへん」


「え? じゃどうやって」


「へへ、こうするんや!」


 ケンタがブロック道を右足で軽くタップした。

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