第18話 発覚

 クジュは、手錠をかけられたテロリストたちがパトカーに乗せられて連れて行かれる様子を見ていたが、私はずっとクジュの顔を見ていた。


「よかった……本当に」


「ええ、警察の人たちのおかげね。すぐに助けに来てくれて本当によかったわ。でもリョータ、リョータはどうしてここに? まだ会社にいる時間じゃ?」


「はは、そう言う君こそ、どうしてここに?」


「私は、久しぶりにアップルパイを作ったから食べてもらおうと思って持ってきたのよ。勿論、ケンちゃんの分もね。LINEをしたはずだけど」


「そうか、そうだったのか……だけど、おかげでずいぶんひどい目にあったね」


「うん、もうだめかと思った。ホントに、もう、もう……ぐすっ、ううう」

 クジュは泣きながら私の首に両腕を回して抱きついてきた。私は目を閉じて、彼女の香りと温もりをその身に染み込ませるようにして彼女を再び強く抱きしめた。


「ママァ!」


 私たちのそばにいた男の子が突然叫んで走り出した。クジュが助けた子供は男の子で、母親と思われる女性に、涙目を含む満面の笑顔で迎えられて抱き上げられた。女性は、何度も何度もクジュに頭を下げてお礼を言うと、男の子と一緒に帰っていった。そして、その親子とすれ違うようにして、ケンタとレイがやってきた。


「やったな兄貴! ホンマに見事やったで!」


「あっ、ケンタ、いいや、お前たちの協力があったからだ。ありがとう」


「くうー、その謙遜さがまた憎らしいのお! ワハハハ」


 何のことかさっぱり分からないクジュはきょとんとケンタを見ていた。


「御木さん、こんにちは。いやはや、大変やったな。あっ、紹介するわ。この人、俺の彼女で、レイっていうんや」


 ケンタがクジュにレイを紹介? そのときなぜか不穏な予感が走った。


 レイがクジュに握手を求めようとしたとき、レイの目がカッと見開いた。クジュは、そのまま固まってしまったように動かなくなってしまった。


 ピィー!


 レイが口笛を吹くと、耳が細長く立っていて、足が長く胴体も引き締まった5体のヌースが現れた。それらのヌースの体には、濃い紺色を下地にして、体全体に虎のような黒い模様があしらわれており、いままでのヌースとは違うどこか荘厳な雰囲気が漂っていた。


 レイがクジュに右手をかざすと、クジュの体が五つのブロックに分割され、さっき出現した濃紺色のヌースのそれぞれが各ブロックに同化した。


「待てレイ! クジュに何を!? 彼女をどうするつもりだ!」


「兄貴、これでええねん。レイは、御木さんを一時的に俺らと同じセブンスにしたんや」


「なんだって?」


 キキキー! ドン! ドドドン! ガシャガシャーン! きゃああああ!


 再開していた路上ライブに、軽自動車が突然突っ込んできて、観客とメンバーたちを次々とはね飛ばしていった。


 ガガガン!


 軽自動車は街路樹にぶつかって停まった。


 見た目70歳くらいの年配の男性が、膨らんだエアバックを押しのけて、ひょこひょこと軽自動車から出てきた。


「と、とんでもないことをしてしまった! ブレーキとアクセルを間違えた!」


 おじいさん自身は怪我などをしてはなさそうであったが、頭を抱えてかなり狼狽していた。


「あれや、兄貴」


 ケンタが、軽自動車に跳ねられた若者たちの方に顎をちょっとあげて言った。


「あいつら、せっかく兄貴に命を助けてもろてたのに。家に帰っておとなしくしてればいいものを、調子こいてまたライブなんかやろうとするからああいうことになるんや」


「どういうことだ?」


「あいつらは、さっきのテロでホンマは死ぬ運命にあったんや。つまり、あいつらにはテロから先の運命が無いねん。運命に縛られるっていう言い方をよくするけど、それって裏を返せば、そういう運命に守られてるっていう見方もできるんや。自分を守ってくれる運命がちゃんと定まっていないうちに変な行動を起こすと、ああいう風に、周りの変な運命に簡単に巻き込まれてしまうねん。レイが御木さんをセブンスにしたのは、そういう変な運命に巻き込まれんようにするためなんや」


 レイが移送チューブを構築し、クジュを転送し始めた。


「ケンタ、ワタシ達ハ先ニ戻ルゾ」


「ああ、御木さんのこと頼むで、俺らもすぐ行く」


 クジュの転送が終わるとほぼ同時にレイの転送が始まった。


「さあ、兄貴、行こうか」


「ああ。ケンタ、いろいろとすまないな。俺が勝手なことをしたばっかりに」


「勝手なこと? ちゃうで兄貴、兄貴は勝手なことなんかしてへんで」


「いや、でも」


「今回はヌースの明確な意思があった。せやから俺とレイは兄貴に協力したんや。俺らセブンスは常にヌースと共にあって、その意思は絶対に無視でけへん。御木さんを助けたのにはきっと何か大きな意味があるんやと思う」


 大きな意味がある。そのケンタの言葉が、私の心に重く沈んでいく。


「さあ、俺らも行くで!」


 ケンタが移送チューブを構築している間、私は何気なく周りを見回していた。すると、人々の頭から白く輝く一本の線が出ていることに気づいた。その光の線は上空に延びており、私はそれをずっと辿って見ていった。


(なんだ、あれ?)


 辿っていった視線の先には、どす黒く光る黒い球体があった。よく見ると、周りの全ての人間の光の線が、その黒い球体へとつづいていて、全ての光の線はそこで終わっていた。


「黒い……太陽?」


 移送チューブを作り終えたケンタが私の異変に気づいた。


「そうか、兄貴にも見えるんか。まあ、見えて当然やな。もう〈マニピュレート〉を使えるぐらいになっとんのやから」


「ケンタ、あれは一体?」


「カタストロフや」


「何?」


「カタストロフ、人類の歴史はもうすぐ終わる」


「もうすぐ終わるって、まさか滅亡するってことか?」


「そうや。そして、その運命を回避できる唯一の存在が、俺らセブンスやと言われとる」


「なんだって?」


 ケンタは、少し視線を落とした後、私の方に顔を向けた。その表情は、これまで見たことのないほど真剣なものだった。


「兄貴、あれが、兄貴が覚醒するのを待っていた最大の理由や」


 ケンタは三年半もの間私を待っていた。それは、今朝から私が抱いている最大の疑問でもあった。


「俺らセブンスだけが生き残って他の人間が全て死ぬなんて運命、俺にはどうしても信じられへんねん。仮にそうだとしても、そんな未来はきっとろくでもないもんやと思う」


 ケンタは、少し間をおいて言葉を続けた。


「これまで兄貴に、運命を受け入れなあかん、みたいなことをさんざん言ってきておいて、矛盾しとるって言われるかもしれんけど、俺は、あのカタストロフをこのままじっと受け入れるつもりはないんや。あれはきっと、俺たち人類の運命が、俺たち人類に課した最後の問い掛けやと、俺は思うとる。あのカタストロフに対してどう行動するかで、人類の本当の未来が決まるんやって。でも、こんな風に考えているセブンスはほんの一握りだけで、ほとんどのセブンスは今の状況を傍観しとる。けど兄貴なら、兄貴ならきっと俺の気持ちを分かってくれる。そう思っとったから、俺は待ってたんや。頼む、兄貴の力を貸してくれ!」


 おそらくそれは、ケンタが私に初めて見せる表情だった。その顔には、ある種の悲壮感が漂っており、私の知らない多くの事情を含んでいるように思えた。


「兄貴に会わせたい、いや、会わなあかん人がおる。その人たちもずっと兄貴を待っていてくれたんや」


「会わなくてはならない人?」


「……両親や。生きとるんや、父さんと母さんは」


「な、何!?」


 思いがけないケンタのその言葉が私の喉元を縛りあげた。声はおろか、息もできない、そんな刹那が私を襲った。首を絞められた後のようなその余韻にほだされる間、私はただ、ケンタの顔を見つめるしかなかった。

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