第13話 覚醒

「う……う……」


 全身が硬直していて、声が出ない!


 そのとき突如、女の目が大きく見開いた。


「キ、」


「え?」


「キャアアアアア!」


 私が驚きの声を上げる前に、その女は悲鳴を上げながら、右腕で乳房を、左手で陰部を隠し、床にしゃがみこんだ。


「きゃああああ!」


 女は、かがんで私に背中を向けると、首を横に何度も振って甲高い叫び声を上げていた。


「なっ、なんなんだ?」


 思わず席を立った私の体から、かけられていた毛布が床の上にずり落ちた。


 私はすぐにその場から離れようとしたが、絡まった毛布で足を滑らせてバランスを崩し、そのまま前のめりになって窓際に転倒してしまった。


 私は、藁をもつかむようにして、近くにあった椅子につかまってなんとか立ち上がり、すがるような思いでケンタの方を見た。


「おいっ、レイ、もうそんぐらいでええやろ。くさい芝居は止めや」


 腕組みしたケンタが、ニヤニヤしながらそう言うと、その女の悲鳴がピタリと止んだ。


「……ソウダナ」


 女は、背中を見せたまますっと立ち上がった。


 私は何度も瞬きをくりかえしていた。それまで透けているようにぼんやりとしていた女の体が、現実的な色と質感とを帯び始め、そのシルエットが、くっきりと浮かび上がった。


 銀色のショートヘアと褐色の肌、長い手足のすらりとした体型の女は、くるりと振り向くと、今度はどこも隠そうとせずに私を見た。


 その青い瞳からの閃光が、私の視線と重なり合うと、女は突然、YEEEEEEAH! と叫び出し、その叫びに呼応するように、ケンタも両手を握りしめながら、うおおおおお! と叫んだ。


「やったー! やったー! ヤッピィー、ハレイ!」


 喜んでいるケンタの元に、女が駆けていった。


「ウゥゥー、ワオウ! バンヅァーイ!」


 二人が抱き合うと、ケンタがそのまま女をもち上げて、くるくると二、三度回った。そして、女を下に降ろすと、そのまま互いに抱き合ってキスを交わした。


(なっ、なんなんだ!?)


 私はあっけに取られて二人を見ていた。ついさっきまで私を捕らえていた恐怖と緊張が完全に置き去りにされていた。


「お、おい……」


「いええええい!」


 ケンタは叫んでいた。


「おい、ケ、ケンタ」


「ヘイヘイヘイ! ハイハイハイ!」


 私の呼びかけなど全く耳に入っていないという風で、ケンタはパンパンと女と両手でハイタッチをした後、今度は向かい合って互いの右腕を組み、二人でスキップしながらくるくると回っていた。私は無視されつづけた。しかしそのうち、カッカとした何かが、私の内で沸々と込み上がってきた。


「お、おまえらァ! いいかげんにしろよ!」


 絶叫に近い怒鳴り声が、二人の動きを止めた。二人は、どこか間の抜けた感じで私を見ていた。


「あ、ごめん兄貴、俺、うれしくて、つい」


「ケンタ! 横にいるその女は一体誰だ!」


「え? ああ、この人はレイ。レイ・マグリエルさんや」


 ケンタがそう言うと、女は私に向かって会釈をした。


「昔は師匠やったけど、へへっ、今は俺の彼女でもあるんや」


「師匠? 彼女? ど、どこから入ってきた?」


「ちゃうで、レイはずっとこの家におったんや」


「なんだと?」


「彼女は、この三年半、兄貴と俺と一緒にここで暮らしてたんや。兄貴が気づかんかっただけや」


「ば、馬鹿を言うな!」


「ほんまやて、なっ、レイ」


 ケンタがにっこり笑うと、女は静かな微笑みを返した。


「ヤット気ヅイタナ、リョータ、私ハ、レイダ」


 少しだけカタコトの日本語でそう言う女は、私に右手を差し出してきた。その物腰は、自身が裸であることをまるで気にする様子もなく、むしろかっことしたものを感じさせた。


「く、久保リョータ、です」


 レイというその女性に促されるまま、私もおそるおそる右手を差し出した。全裸の女性と真顔で握手するのはこれが初めてだった。女性の手を握ると、手の平が一瞬ヒヤッとして思わず手を引っ込めてしまった。彼女は、何か不思議そうに自分の右手を眺めていた。


「いやー、ほんま良かった。兄貴が気づいてくれて」


「ケンタ、分かるように説明しろ。俺はもう頭がおかしくなりそうだ」


 私は右手で頭を掻きながら、首をすばやく横に二、三度振った。


「まあまあ、そうあわてんと。きっちり説明したるわ」


「その前に、その、レイさんだっけ? 彼女に服を着てもらってくれ!」


 そもそもなぜ彼女が裸でいるのか、そういう単純な疑問にさえかまう余裕もなく、私は吐き捨てるように言った。


「わはは! そうやな、兄貴には刺激が強すぎるな! 頼むわ、レイ!」


 ケンタが呼びかけると、そのレイという女性は、どこか不満げに少しだけ首を傾げてケンタの部屋に入っていった。


「彼女、ずっとお前の部屋にいたのか?」


「いや、閉じこもっていたとか、そういうのとはちゃうんや、普通に暮らしとった。俺や兄貴と一緒に飯食ったりテレビとか見たりしてな」


「一緒に、だと?」


「ほんまやて、兄貴が昨日言ってたやないか、なんで椅子が三つあるのかって。三つ目の椅子はレイのや」


 ケンタはそう言って、ケンタがいつも座る椅子の隣の椅子の背もたれを右手の拳でコツコツした。


「椅子だけやない、マグカップもそうやし、あっ、あとカーテンとか飾り棚の小物とかもレイの趣味や」


 まさか、うそだろ? 当然ともいえる猜疑心が私の中で渦巻いた。ケンタの説明は、確かに昨日までの私の違和感を打ち消すものかもしれなかったが、素直に受け入れることなど到底できるわけはなかった。


「そんなこと、信じられるか」


「ま、今はそうやろな」


 今はだと? ケンタの余裕めいたその言葉に私は少しカチンときた。


「ケンタ、お前の言ってることが仮に本当のことだとして、じゃあなぜ今の俺は彼女を認識できるんだ?」


「それは、兄貴が目覚めたからや」


「目覚めた?」


「そうや、兄貴は自分でヌースの存在を認めたんや」


「ヌース?」


「兄貴がさっき言うてた〈ねこ〉のことや。俺らは、あいつらのことをそう呼んでる」


 ケンタの答えには言いよどむ様子が一切なく、むしろ歯切れの良さが際立つくらいだったが、その内容についてはほとんど理解することはできなかった。


「ちょっとまてケンタ、俺が目覚めたとか、ヌースだとか、一体何のことだ?」


「ヌースいうんは、俺らセブンス(Seventh)だけに見える特別な存在で、神の使いとか言ってる奴もおる。兄貴は、俺と同じように子供のころにヌースをみていた。つまり、兄貴も俺らと同じセブンスなんや」


 セブンス? 次から次へと飛び出す意味不明の言葉に、私はもはや、始めの質問がなんだったのかさえ分からなくなりつつあった。


「セブンス、それは第七の存在。あのな兄貴、〈六次の隔たり〉っていう仮説があるんやけど知ってるか? まあ知らんのが普通やけど、それはな、人間っていうんは、その人の知り合いの知り合いっていう具合に、少なくとも五人をたどっていくと、世界中にいる誰とでもつながっていくっていう説や。例えば、兄貴の知り合いの知り合いをたどっていくと、六番目にアメリカの大統領にたどりつくこともあるってことや。もっとも今はSNSとかで、世界中の人間とダイレクトにつながることも可能になってるかもしれへんけど」


 六次の隔たり。それは、初めて耳にする言葉だったが、ケンタの言うことにはなぜかある種の説得力があるように思えた。


「人間という生き物は元々、知らん間にたくさんの人間と関わりを持つようになってるんやな。ほんで、その関わりのことを運命と呼んだりもする」


 運命、その言葉を聞いたとき、クジュの顔が一瞬だけ私の頭をよぎった。


「関わり、運命……縁」


「おっ、さすが兄貴、そのとおり〈縁〉や、人間社会は人の縁でまわっている、そう言ってもいいくらいや。そんでもって俺たちセブンスは、そういう人の縁とは全く関わりをもたないようにすることもできる存在なんや」


「人の縁と関わりをもたなくする?」


「そうや、兄貴がレイの存在に気づかなかったのもそのせいや。さっきまでの兄貴にとってレイは、言わば外に転がってる石ころみたいな存在やったんや」


 そのとき、レイと呼ばれるさっきの女性が、大きく胸の開いたバンテージドレスのような黒いコスチュームを着て、ケンタの部屋から出てきた。


「実際にはちゃんと見えているのに、気が付かない。普段でもそういうことはよくあるやろ? 人は自分におよそ関係のないことにはわざわざ注意を向けたりせえへんもんや。そしてセブンスは、そういう状態の程度を自在にコントロールすることができる。つまり、ある時は、人との関わりをそれまで以上に強くしたり、またある時は、その関わりをすべて遮断することもできるんや」


 レイは、ケンタの脇に来ると、少しだけなよっとした姿勢でケンタに寄り添い、両手を組むようにしてケンタの左肩の上に乗せた。


「つまり俺は、この三年半、できるだけセブンスの力を使わないようにして普通の学生としての生活を送り、一方のレイは、少なくともこの家にいるときはセブンスの能力を使っていたというわけや」


 ケンタの話に納得することなど到底できなかったが、現にレイという女性がこうして目の前にいる以上、その内容を少しでも整理しておかなければならなかった。


「ちょっと待ってくれケンタ、いいか、まずお前はここで学生として生活し、そして食事も作ってくれて」


「そうや。だけど、食事の用意は、実は、レイにもたまに手伝ってもらってたんや。学校のことで忙しかったりしたときとか、最近は就職活動とかもあったしな。どうしても時間が取れないときは、俺の代わりにレイに作ってもらってたんや」


 ケンタだけでなく彼女も食事を作っていた。その説明は、昨晩以外のこれまでの食事がいつもきちんと用意されていたことに対する明確な理由付けとなっているように思えた。

「ちなみに、ここに来る前のレイは料理なんてほとんどしたことなかったから、俺が一から教えたんや。だから料理の見た目や味付けは、俺とよく似てたかもしれへんな」


 料理が似ている。いや、たとえそうだったとしても、作り手が違うのなら、その料理の見た目や味付けにも少しは違いが出ていたはずなのに、私は気づけなかった。


「一昨日だったか、兄貴が俺に注意したやろ、自分の部屋で寝ろって。実は最近、俺とレイは喧嘩しとったんや」


「喧嘩?」


「ああ、兄貴があんまり気づいてくれへんもんやから、もう帰りたいってレイが言い出してな。もう少しだけ、せめて俺が大学を卒業するまで待ってくれって言うたら、あと半年も我慢でけへんって怒ってしもてな。夜も一緒に寝てくれんようになって、ほんで俺一人でリビングで寝てたんや。いろいろ大変やったんやで~、レイのために歌を歌ってなだめたりもしてたな、Want you~♪ って」


 それは、読みかけの小説の中で何気なく読み飛ばしていたセンテンスが、突然現実と結びついて浮上してくるような、そんな感覚だった。これまでのケンタの不可解な行動に対する疑問が、一気に片づいていくようだった。


「ここに住み始めたときから、俺の部屋は、実質的にレイの部屋として使ってもらってたんや。兄貴は俺の部屋を全然見たことなかったやろ? まあ、俺がほとんどリビングにいたからかもしれんけど。今の俺の部屋を見たら、もう少し早く気づけたかもしれへんな。花柄でいっぱいの乙女チックなあの部屋を見てたら。もちろん、ヌースの存在を認めることが大前提やけど」


 ヌース、またそれだ。確かに私は子供の頃、ファミリーブロックランドで黒い猫のようなものを見た。だが、はたしてその黒猫がケンタのいうヌースという存在だと、本当に言い切ることができるだろうか? ただ、当時の私には、その黒猫の存在感と印象が、どうしてもこの世のものとは思えなかったのは事実で、さらにその感じは、クジュの画廊でみた猫の絵から受けたものとよく似ていた。


「ケンタ、俺が子供のころにブロックランドで見た黒い猫を、お前も見ていたっていうのか?」


「いいや、そのヌースのことは知らん。ヌースにはいろんな種類がおんねん。ガキのころの俺が見てたのは、手の平に乗るぐらいのちっさい奴らやった。ブロックで遊んでいるときは必ずそいつらが現れてな、使って欲しいブロックと、それを取り付ける場所をいちいち指図してくるんや。でも、なぜか全然腹が立たなくて、むしろすごく楽しかった。なんて言うか、あいつら、俺の気持ちを汲んだ上でブロックを選んでくれてるみたいで、とにかく俺は、あいつらの指示通りにブロックを組み立てていたんや。でも俺も子供やったから間違うこともあってな、そうするとあいつら怒って拗ねたりしたりしよんねん。それがまた可愛くて、だからわざと間違えたりもしてた」


 ケンタは、あどけない笑顔を浮かべながら、どこか遠くでも見るように視線をあげていた。


「あっ、ごめん兄貴、話が脱線してしもたな。兄貴が見たっていうヌースの話やけど、たぶんレイなら知っとるわ」


「ソノヌースハ、〈オッドアイ・ノワール〉。ビッグディザスタ(Big disaster)ガ起コルトキ、ヨク出テクル」


 disaster、日本語で「災害」という意味をもつその言葉は、明らかに、あの震災のことを示していた。


「でもケンタ、どうしておまえは、俺がそのヌースとかいう奴を見ていたことを知っていたんだ?」


「知っていたわけやない、あくまでも推測や。でも、確信に近いものはあったかな。今から四年ぐらい前、つまり俺が休学してたときにふと思い出したんや。ブロックランドに行った頃ぐらいから、兄貴が俺とレゴブロックで全然一緒に遊んでくれんようになったことを。ほんで俺、もしかして兄貴の身に何かが起きてたんやないかって、そのときにピンときたんや」


「確かに俺は、ブロックランドに行ったあの日から、ブロック遊びを止めた。怖かったんだ。やればまたあいつが現れるかもしれない、そんな気がして。でもケンタ、そこまで言うのなら、こんなまわりくどいことをせずに、俺に直接聞いて確かめればよかっただろ?」


「それはあかん。兄貴は俺とは違って、いい加減なことは言わへんからな。たとえ俺がヌースのことを聞いても、確たる根拠とか、証明する方法とか、そういうのがない限り、兄貴は絶対に認めへん。そんなの気のせいだろとか言われて、適当に流されてそれで終いや。だから待つしかなかったんや。ヌースを見ていたことを、兄貴が自分から言い出すのを」


 ケンタの言うことには一理あった。私の性格を考えれば、確かにそういうことは十分にあり得たと思うし、そもそもケンタがあの黒いヌースを見ていなかった以上、ケンタにヌースの質問をされたところで、きっと会話そのものがかみ合わなかっただろう。


「けど実際問題として、何のきっかけもなく、兄貴の口からヌースのこと言わせるんは、まず無理やろなとは思っとった。せやから、レイに一緒に住んでもらうことにしたんや。兄貴がなんらかの違和感を感じて、レイの存在に気付き始めるようになってから、ヌースのことを話そうと思ってた」


 ケンタが私と一緒に暮らしたいと言ってきたとき、初めは一体どういうつもりなのかと思っていた。なぜそうしたいのかケンタに聞いても、はっきりとは答えなかった。わずかに思い当たることと言えば、上京するなら私と一緒に暮らして欲しいという、私たち兄弟が幼い頃に母親に言われていた言葉だけだった。ケンタは母親の言葉を律儀に守ろうとしているのかもしれない、いや、たぶんそうなのだろうと、一緒に暮らしているうちに私はそんな風に思うようになっていた。しかし、その不可解なこだわりとも言えるケンタの行為の裏には、全く思いもよらない目的が隠されていたのである。私の知るケンタとは違う誰かが、目の前にいるように思えた。


「つまりはすべて、ケンタ、おまえの思惑通りだったというわけか」


「いやいや、さすがに三年半もかかるとは思っとらんかった。ほんまに、御木さんのおかげやな。普通の人間には、セブンスの存在だけじゃなくて、その痕跡すらも気付かれへんはずなんやけど。かなり勘の鋭い女性やで、御木さんは」


「待て、じゃあクジュも、自分で気が付いていないだけで、お前の言う、そのセブンスとかいう存在なんじゃないのか?」


「いや、御木さんは違う」


「なぜそう言い切れる?」


「なぜって、俺たちにはわかるんや。あいつらが教えてくれるから」


「あいつら?」


「もちろん、ヌースや。あいつら、兄貴に気づいてもらうのをずっと待っとったんやで。もちろん俺も、そしてレイもな」


 私を待っていた。そう、それだ、その根本的な疑問。一体何のために? しかし、その疑問に対する答えを聞く前に、私は目の前の現実を受け入れる必要があった。


「ケンタ、俺はまだ信じられない。三年半もの間、その女性と一緒に暮らしていたなんてこと……」


「私ノコトハ〈レイ〉デイイ」


 レイは、私の話に割り込むようにして言った。


「リョータハ、アソコデ女トセックスヲシヨウトシテイタ」


 そう言ってレイは、廊下の方を指さした。


「なっ?」


 彼女の口から唐突に出てきたその言葉は、完全に私の不意を突くものだった。恥ずかしさなどよりも、畏れと驚きが先に立った。


「私ハ、オ前達ヲズット見テイタ。ダガ、ダンダン頭ニキテ、ダカラ邪魔ヲシテヤッタ」


「邪魔をした?」


「ソウダ、アノトキノ電話ハ、私ダ」


「電話? あっ!」


 一昨日、家の電話にかかってきた無言電話のことを私は思い出した。


「そんな、一体どうやって?」


「簡単ダ、リョータ、オマエノ携帯ヲ使ッタ」


「なんだって?」


 すぐさま私は、テーブルに置いてあった私の携帯を手に取り、一昨日の電話の発信履歴を確認した。発信時刻と電話番号を表示する履歴には確かに、私とクジュが情交をしていたと思われる時刻に、その携帯からこの家の電話に発信された記録が残されていた。あのとき、私の携帯は自分の部屋に置いてあった。


「……」


 声もなく、私は携帯の画面をただ見つめていた。


「一昨日と言えば、俺が爆発事故に巻き込まれた日やな。いやー、あんときは結構しんどかった。もう疲れて、帰るとすぐに寝てもうた」


 それを聞いた私は、反射的に携帯の画面から顔を上げた。ケンタは、右の肩と首を交互にぐるぐると回しながら白々しい笑顔を浮かべていた。


「爆発事故だと!? ここに帰ってきたときのお前は、あの事故と自分は全く関係ないと言っていた。あれは、本当は就職セミナーには参加していなかった、そういう意味じゃなかったのか?」


「ちゃうで、俺はちゃんと参加しとったんや。爆発に巻き込まれたことは、俺の体からしてた焦げ臭いにおいで兄貴も分かっていたはずや。あんときのことを話すとな、セミナーがそろそろ終わるかなーっていうときやったわ、俺のすぐ前の席の奴が、机の下で急にごそごそし始めたなと思ったら、いきなりボンッや。ものすごい爆風と轟音でな、そいつの肉片やら血しぶきが、俺の目の前をかすめていきよった」


「なんだと!」


「もちろん俺はそのとき、セブンスの能力を使っていた。フルパワーを出し取ったんやけど、兄貴に借りた黒のスーツ、ちょこっとだけ汚してしもた」


「ケンタ、お前まさか、その事故が起こることを知ってて、敢えて参加したのか?」


「どういう類の事故かまでは分からんかったけど、まあ、そういうことや」


「馬鹿な! なぜそんなことを?」


「もちろん、兄貴のためや。あんだけの事故で怪我一つしてへんいうのは、さすがにおかしいと思うやろ」


「俺のためにそんな危険を犯していたっていうのか? ふざけるな! そんなことよりも人としてやるべきことがあっただろ!」


「わかっとる。セミナーを中止させるとかして、事故を未然に防げたんちゃうかって、そう思うとるんやろ? ちゃうで兄貴、例えば俺があそこで、ここにいたらみんな死んでまうからはよ逃げやとか言って、なんの根拠も理由も説明せんとセミナーを止めさせようとしても、おそらく気違い扱いされてその場からつまみ出されてそれで終わりや。あの事故は運命なんや。運命はそう簡単には変えられへんねん。大学であのとき俺にできたのは、そういう運命とかかわらんようにすることだけやったんや」


 そう言われた私は、言い返そうにも言葉が出なかった。先ほどのレイによる告白と、私をたしなめるようなケンタの言葉は、レイとケンタのもつ力の存在を、私に対して非常に強く印象付けるものだった。私は、もどかしくも彼らをじっと見つめながら、その言わんとすることを探ることしかできなかった。


「……もしかして、俺たちがあの震災で生き残ったのも、その力を使っていたからか?」


「おっ! 兄貴、ええ所に気がついたな。でも、あのときはちゃうねん。ヌースを見ていたとはいえ、その存在とセブンスの力をちゃんと認識してたわけやなかったからな」


「じゃあ、なぜ俺たちは」

 ピピ! ピピ! ピピ!


 ケンタからさらに話を聞こうとしたとき、私の携帯のアラーム音がなった。その音は、家を出る時刻を知らせるためのもので、いつの間にか会社に行かければならない時間になっていた。

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