第12話 猫のような

 トントントン……


 次の日の朝、私はまな板をたたく包丁の音で目を覚ました。私はリビングのテーブルにつっぷした状態で眠っていた。私の体には、毛布がかけられていた。


「ケンタ、か?」


 私がつぶやくように言いながら体を起こすと、ケンタがキッチンに立っているのが見えた。


「おはよう、兄貴。リビングで寝たらアカンかったんちゃうん?」


 ケンタはそう言って振り向いて笑顔を見せた。焼き魚の匂いが、心地よく思えた。


「そうだったな。なあ、ケンタ、昨日、俺」


「兄貴、話は後や。朝飯、もうすぐできるで」


「いや、ケンタ、頼む今聞いてくれ」


「なんや、一体」


 ケンタは、包丁を置いて私の方に体を向けた。しかし、その目は伏し目がちで、光を落としていた。


「ケンタは、子供のころ、レゴブロックでよく遊んでいたよな。写真とビデオがここに残っている」


 そう言って私は、PCの上面を叩いた。


「ああ、そうやったかな」


「お前がレゴブロックで作ったものの中には、未来を正確に予測したものがあった。例えばアメリカの大統領、台風、隣国のクーデターとか」


 ケンタの視線が、徐々に上の方に向いてきていた。


「そして、あの震災のことも。ケンタ、家族でファミリーブロックランドに行ったときのことを覚えているか? あのとき、お前はあそこで大きな橋を作っていた。でもその橋は、当時の俺の記憶では、未完成のままで終わっていたように思う。現に写真には、中央で分断された橋が写っていた。だから俺は、昨日その写真を見たとき、初めは作り方を誤ったか、誰かに壊されてしまったと思ったんだ。だけどそれは」


「そうや、あの橋は、失敗したんでも、壊されたんでもない。あのときの俺は、ただの橋を作ろうとしたんやない、壊れた橋を作ったんや。そう、あの橋は、震災のときの地震で崩落した厳峡大橋や」


 そのとき、ケンタの目から、私を射るような光が放たれた。


「兄貴、一つだけ教えてくれ。昔、兄貴はよく俺と一緒にレゴブロックで遊んでくれていた。だけど、確かそのファミリーブロックランドに行ってから、なぜか急に遊んでくれんようになった。なんでや?」


 ケンタのその質問は、私の話の核心を突くものだった。それは、昨晩、私の中で蘇ったある記憶に関するものであり、また、クジュの画廊に最初に行ったときに見たあの絵にも関係するものだった。


「ケンタ、お前がレゴブロックで遊んでいるとき、必ずと言っていいほど、妙なことを言いながらブロックを組立てていたんだ。ねこ、ねこがいっぱいるって、確かそんな風に言っていた」


 私は、昨晩受けた衝撃の中に再び身が置かれたような気がした。


「当時の俺は、お前が何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。だけど、ファミリーブロックランドに行ったあの日、実は、俺も見たんだ。あいつを」


「あいつって?」


 ケンタがじっと私を見据えていた。


「ねこ、いや、ねこじゃないかも。とにかく熊みたいにでかくて、真っ黒で、そう、なんて言ったかな、左右の目の色が違う……」


「オッド・アイ」


 その声は、私の後ろの方から聞こえてきた。あまりに自然で、かつ絶妙なタイミングで。そのため私は、全く聞き覚えのない声であったにもかかわらず、なんの警戒もしないまま振り向いて、後ろを見てしまった。


「うっ」


 次の瞬間、私は全身の血流が止まったかに思えた。心臓の鼓動が無駄に響いているようだった。


 そこには、裸の女性が一人、立っていた。

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