第11話 フラッシュバック

 全くかみ合わずに疑問だけが残ったケンタとの会話の後、私はリビングの椅子に座って、ケンタが言っていたことをずっと考えていた。しかし、ケンタの言葉を頭の中で繰り返すたびに、どうしようもない苛立ちがどんどん自分の中で膨らんでいった。


「あいつは何が言いたいんだ? 俺次第ってどういう意味だ?」


 時間は夜九時をまわっていた。いつもなら、ケンタが作ってくれた夕食を食べ終わって、後片付けをしているような時間だった。


「俺は何か大事なことを見落としているのか? あいつが一体何をしていたっていうんだ? 上京してきて三年半、大学に通っていて、俺たちの食事を作ってくれて……!」

 私は、ケンタが最後に言った言葉が気になっていた。「初めて約束を破る」という言葉だ。


「初めてだと? そうだ、あいつは、これまでずっと食事を作り続けてきた。俺が泊まりがけの出張なんかで家にいなかったいときはわからないが、少なくとも、俺が家にいるときはずっと。いや、そもそも、そんなことが可能なのか? あいつだって病気になったことも、学校やバイトで忙しかったときもあっただろうし、いくら学生だからといって、時間を全く自由に使えるわけじゃない」


 それまで意識の下に隠れていた違和感が渦となって、私の周りでぐるぐると回り始めた。


「カーテン、小物、絵、三つめの椅子、そしてマグカップ……」


 そのとき、クジュと一緒に見た昨日のビデオ録画のことがふと私の頭に浮かんできた。過去を振り返るというケンタの言葉が、私の頭に何かのインスピレーションを与えたようだった。


 私はパソコンを立ち上げ、「リョータ、五歳の誕生日」のタグのついたホルダを再び開いて、そのビデオ映像を見てみた。私が気になっていたのは、そのときの父親の様子だった。父は、歌の間ずっと、父のすぐ脇の畳の上に視線を落としていた。映像をよく見るとそこには、ケンタが遊んでいたレゴブロックがたくさんころがっていた。


「これだとよく分からないな、あっ、そうだ」


 私は写真のホルダを開いた。家にはビデオカメラとデジカメがあったから、母がビデオカメラを担当していたのなら、父はデジカメを担当していたはずだからだ。


 写真のホルダを開くと、ビデオのホルダと同じように「リョータ、五歳の誕生日」のタグが付けられたホルダを見つけた。私は、そのホルダを開き、一枚づつ写真を見ていった。


「なんだ、これ?」


 ケーキの前で嬉しそうに笑っている私や、同じように笑っている祖父母、そして手巻き寿司をほおばっているケンタなどを映した写真の中に、一枚だけ変な写真があった。


 その写真には、散らばっているレゴブロックの中に、赤いレゴブロックで作られた「Pres.C」という英文字が写っていた。


「まさかこれ、ケンタが作ったのか? いや、ありえない。俺が五歳になったばかりなら、あいつはまだ二歳のはず、英語なんて知るはずがない」


 しかし、ビデオの映像を見る限り、レゴブロックで遊んでいたのはケンタだけで、父も母も祖父母も、もちろん私もケンタのそばには居なかった。


「それにしても、Pres.Cってなんだ?」


 そう考えていたとき、私は、ビデオの音声に、その翌年に控えたアメリカ大統領選挙のニュースが流れていたことを思い出した。


「Pres.って、もしかしてPresidentのことか? じゃあCは……クリス(Chris)、米国大統領クリス・イーバンのことか!」


 私は、私の六歳の誕生日に、米国で初となる女性の大統領が誕生していたことを思い出した。その日は、どこのテレビ局もその話題を大きくとりあげていて、世界中が祝福していることが子供の私にも分かった。そのときテレビに映っていた、とてもうれしそうに微笑むクリス大統領の顔が記憶に残っていた。


「まさか、そんなことって」


 私は、ケンタが作ったレゴブロックの写真が他にもないか調べた。すると「ケンタのブロック」というタグのついたホルダがあることに気づいた。


「これは?」


 そのホルダを開くと、おそらくケンタがレゴブロックで作ったと思われるものを写した写真が、八つだけ保存してあった。その中の一枚には、先ほど見た〈Pres.C〉の写真もあった。


 私は別の写真を見てみた。そこには、白いブロックが渦上に組み上げられていて、その中央には、青いブロックで作られた「16」の数字が見えた。


「もしかして、これって台風? そうか、台風一六号か!」


 台風16号は、私が小学二年生のときに発生した超大型の台風で、各地に大きな被害をもたらした。私の家も屋根瓦をほとんど飛ばされてしまい、一週間ほど電気が止まった。


「別のは?」


 さらに別の写真を見てみると今度は、ミサイルのような細長い流線型の物体が写っていて、その上に大きく「X」の文字が組み上げられていた。私はその写真の日付から、それが、その翌年に勃発した隣国でのクーデターを示していることが分かった。隣国では、そのクーデターにより軍事政権が崩壊していた。


 どの写真についても、その写真の日付からちょうど一年後に、写真に写ったブロックが示すような事件や事故、災害が起きていた。


「そんな……こんなことって……」


 とても信じられることではなかったが、私は目の前の現実を認めない訳にはいかなった。


「ケンタが言っていたのは、このことだったのか? だけど、俺のルーツっていうのは……」


 ケンタの言葉をかみしめながら、私は最後の写真を見てみた。そこには、レゴブロックで作られた大きな橋が写っていた。しかし、その橋は、作り方を間違えたのか、あるいは誰かに壊されたのか、中央の部分が分断されていて、橋全体がVの字状に崩れ落ちていた。しかも、その写真の背景から、それが家ではなく、どこか別の場所で撮られた写真であるようだった。


「ここって、なんか見覚えがあるぞ、そうだ、ファミリーブロックランドだ!」


 当時住んでいた家から、車で二時間くらい行ったところに、レゴブロックを好きなだけ使って遊べる「ファミリーブロックランド」というテーマパークがあった。そしてそこは、最後の家族旅行で訪れた場所でもあった。


「ブロックランドでの写真か、でもこの橋は一体?」


 そんな疑問を抱きながら、その写真の日付を確認した瞬間、私の全身に電流が走った。その日付は、震災があった日のちょうど一年前にあたる日だった。その写真は、13年前の震災を予測したものだった。


 だが、そのときの私は、その衝撃によって呼び覚まされた、ある記憶の中をさまよっていた。それは、それまで私の中に封印されていた、決定的とも言える記憶であり、その鮮明な衝撃に打ち抜かれているうちに、私の意識は次第に遠のいていった。

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