14話

「シュバルツ君!それから離れなさい!早く!それは、その呪器達は…」


手を伸ばせば届く距離まで近づいた俺に、フルストゥ様が焦る。


「その呪器達は、元は神器だったんだ!」


叫び声の直後深紅の戦輪に走る黒が浮かび上がり、蛇の様にのたうちながら俺に迫り、白い戦輪の裂け目の様に点在する藍色が突如開き無数の目が現れ、濁った光が収束し、一本の光の矢が俺の胸に放たれる。


「シュバルツ!?」


「くっ、遅かったか。」


のたうつ黒が俺の手に触れると体全体に刺青の様に広がり、光の矢が刺さった胸には目の紋章が浮かび上がった。


『全てを憎め、全てを壊せ、全てを燃やし、憎き神を堕とせ!』


『全て朽ちる。全て崩れる。全て滅びる。残酷で酷薄な世界に消されるくらいなら…せめて我らの手で滅ぼしましょう。』


先程までは恨み言しか聞こえなかった声が、確かな意志を伝えると共に彼等の記憶が流れてくる。


古き時代、人間が生まれてまもなく、群れとよべる程度の集団しか存在しなかった頃。光と創造の大神の眷属神、陽炎と活性の神と月光と安息の神により作られ地上の人間に下賜された神器。それが彼等の始まりだった。


彼等は初め人間を見下していた。弱く儚く愚鈍な生物としか見ていなかった。何故神はこんな生物に我等を与えたのだと思っていた。


見下していたが、神に定められた在り方の為に、深紅の戦輪は生き物の活性を促す陽炎により作物の成長を促し、人間の身体を活性化させ魔物と戦う力を与えた。白色の戦輪は安息をもたらす月光により人間の疲労、傷を癒やし、安息が約束された領域を人間たちに与えた。


その恩恵により人間は群れから村を作り、街を作り、果てには国を作った。


人間の歴史を間近で見てきた神器達は気付けば責務として手を貸すのではなく、自らの意思で手を貸すようになっていた。


人間達も恵みを与え、知恵を与え、魔物に抵抗する為の武力を与えた神器達を崇め祀りあげた。


全てはうまくいっていた。あの日までは…


星の龍脈、すなわち星のエネルギー、色のない力が流れる地下の川に、ある時異変が起こった。


いつもなら星の自浄作用により溜まる事がなかった淀みが溜まり、龍脈の正常な活動に異常をきたしだしたのだ。


故に星は自らの淀みを地上に放出した。そうする事で龍脈は正常に戻った。しかし淀みを噴き出した結果一匹の魔物が生まれた。


その姿は人に近いが頭部から生やした6本の角と縦に割れた瞳孔、圧倒的な身体能力、個体ごとに特殊な力を持つ事が特徴の魔物。『鬼』


星の淀み、即ち色のついたエネルギー、魔力の瀑布より生まれた名もなき始まりの鬼。その力は星の誕生と共に生まれた大神に引けを取らず膨大であった。しかし名、即ち神格に縛られていた神々と違い自らを縛るモノがなかった鬼は歩み出した。多くの命が集まる場所に向かって。


鬼が通った場所は全てが例外なく崩れ果てた。彼が生まれた時に得た力『怠惰』。それは全ての命持つ物の生命活動を停止させ、物体の結びつく力を怠けさせる事で全てを瓦解させていく恐るべき力。


そして生まれた場所から歩み続けた鬼は人間の国にたどり着いた。自らの背丈を超える外壁に興味を持った鬼は触れてみようと近づいたが壁は触れる前に解け、瓦解し塵となった。神器によって守られていた外壁が容易く破られた事に気づき、攻めてきた魔物の力を悟る人間達、そして始まる人間と鬼の始祖の生存をかけた戦い。


神に等しい権能を持つ『鬼』。それに立ち向かうは脆弱な人間。だが人間たちは神器の加護を受けていたために鬼の権能に不完全ながら抗うことができた。できてしまった。


初めて外敵による傷を負った鬼は衝撃を受けた。体に走る鋭い熱の甘美さを、血と血で交わす命のやり取りの快楽を知ってしまった。


闘争の快楽を知った鬼は止まらなかった。自らに近づくだけで崩れていくにも関わらずそれでも武器を振るい自らを弑せんとする人間を愛おしく、それでいてひと撫でするだけで崩れていくその脆さに儚さを覚えた。


そして人間たちと踊って少し経った頃、2振りの巨大な戦輪丸い爪を持った人間が現れた。その人間は『怠惰』の権能の影響を受ける事なくこちらに歩んできた。


その者こそ当時の神器の担い手にして人間の国の最も強き者。国王の弟にして騎士道の体現者と呼ばれた者だった。


鬼は歓喜した。己の権能を完全に無効化するその加護に。頑強無比なる己の肉体をいとも容易く切り飛ばすその刃に。星の瀑布より生まれた為にこの星のあらゆる事象に耐性を持つ己を焼き焦がす炎に。その四肢を捥ごうとも、臓腑を砕こうとも瞬時に回復させる月光に。そしてそれを使いこなし己の命を絶つ事ができる者の瞳に宿った不退転の意志に。


鬼と神器の担い手の戦いは10日続いた。元より生物として完成していた鬼はともかく神器の担い手は脆弱な人間。3日目を超えた時点でいつ死んでもおかしくない状態だった。しかし神器の加護を利用する事で種としての限界を超え自らの肉体を魂を、薪として燃やす事で種としての性能差にくらいついていた。


しかし悲しいかな10日目にしてついに神器の担い手の魂は燃え尽きてしまった。燃え尽きた薪が崩れるようにその体は灰となって崩れた。


神器の担い手の最後を見届けた鬼は興味を無くしたように踵を返し去っていった。


鬼は去ったが崩れた外壁から魔物が侵入し結果として国は滅びた。


鬼との戦いの最中、神器達は神々に助力を願った。


『我が父よどうか、どうか子らに慈悲を!力無き弱者に救済を与えたまえ!』


『我が母よ最初にして最後の願いです。どうか愛し子達に安寧を、救済をお与えください。』


その声に神は答えた。答えはした。だがそれはあまりにも受け入れ難い答えだった。


『人間はお前達のお陰で十分に増えた。ならば多少減ろうが問題はない。』


陽炎と活性の神は1つの国が滅びる程度は些事であると言い切った。


『貴方達の担い手と国で『鬼』が満足するのならそれは必要な犠牲なの。わかってちょうだい。』


月光と安息の神はそれは必要な犠牲だと言った。


神器に与えられた役割、それは人類の発展の補助。神器達により発展した人類は多数の国を作り繁栄していた。


その中の1つの国が滅びただけのことで神は動かない。その程度の被害で済むなら仕方ないと割り切っていた。


滅びた国の残骸の上で、神器達は悟った。自らの創造主の無慈悲さを。冷酷さを。


神器達は滅びた国に溢れる死を、怨嗟を、増悪をその身に取り込んだ。愛した国の、亡国の残滓を余す事なく取り込んだ。


そして神器は呪器へと堕ちた。恵を齎す太陽の炎は、全てを腐らせ蝕む呪炎へと。安息を齎す月光は、全てを風化させ狂気を呼ぶ呪光へと。


神への恨みを募らせながら、幾千幾万の時の果て、自分達の力に耐えうる担い手を待ち続けた。自らの創造主に復讐するために。


そして長い年月の果てに、かつての亡国の上に建てられた街にて新たなる担い手を見つけた。


その身に幾万の魂を背負いながらも決して潰えぬ不壊の魂を。死魂と共に生きる呪いの寵児を。


「そうか…君達はそれほどまでに人間を愛していたんだな。なら、尚更君達は俺と一緒に来るべきだ。」


記憶を見て理解した。彼らは心底から人間を愛している。その思いは今でも変わらない。故にこそ、愛しているからこそ苦しむ前に、せめて安らかに眠れるように葬る。それこそが今の自分達にできる最大限の慈悲だと。


「愛しているならば、この街の人間を俺を通して見てみるといい。まだ2日しか見ていない俺でも言えることがある。」


体に走った黒い刺青が肉体を侵し操ろうとするのを、脳に響く殺戮の衝動を気合いで抑える。


「この街の人々は今を懸命に生きている。日々魔物の脅威に怯えながらも、後悔が残らないように生きている。それにこの街の人間は君達が思うより弱くない。」


『何故抗う!?何故抗える!?ただの人間が何故我等の呪詛に抗える!?』


深紅の戦輪が分からないと、理解できないと叫ぶ。


『貴方ならわかるはずです。呪いの寵児よ。この世には悲劇が、惨劇が多すぎる。数多の魂を、怨嗟を背負う貴方なら理解しているはずです。』


白の戦輪が訴える。お前にもわかるはずだと訴える。


『汝らの主張は分かった。同情も理解もできる。だがそれは汝らの独りよがりにすぎん。』


バーディンが戦輪達の侵食を抑えつけながら語りかける。


『我等が主を見よ。元は唯の凡庸な魂を持つ人にしかすぎなんだ。しかし我等を受け入れ、その後も幾万の魂を受け入れ続けたその重みに耐え続け強靭な魂を持つにいたった、唯の凡庸な、どこにでもいる人間だ。』


『カカカカカ!お前達は悲劇や惨劇を多く見たなぞ抜かすが、それはそれらしか見る気がなかったからだろう?なあ、神器達よ?』


『俺たちも悲劇と惨劇の果てに生まれた。確かに世界は残酷で酷薄だ。認めよう。だがそれがあるからこそ、楽しさがあり喜びがある。お前達は一側面だけを注視しているに過ぎない。』


『ひひひひひひ!嘗めるのも大概にしろよ神器共!我等の主を!我等を背負い、幾万の死魂を背負う主が、こんなチャチな呪詛ごときに抗えぬ訳がない!』


『うざいうざいうざい!この子は私達の子なの!後から来たくせに勝手に盗ろうとしないで!』


『私達を背負う苦しみに耐えつづけながらも、私達を受け入れてくれたこの子に仇なす者は許さない。でもこの子は優しいから、貴方達を放ってはおけないの。だから共に来なさい神器達。』


バーディンが神器達に自らの思いを告げる。

そしてバーディンの助力を得た事で侵食は完全に止まった。


「俺の体が欲しいなら、俺の死後の肉体を好きに使うといい。だけど生きている間は俺の武器として力を貸して欲しい。」


この神器達は俺の体が欲しいようだから交換条件を出す。


『ぬぬぬ…やむなし。その条件ならば貴殿に従おう。』


深紅の戦輪は俺の体を乗っ取れないと見ると諦めたようで、大人しく条件を呑んだ。


『嗚呼、私達の様な物まで救おうとするなんて…なんと優しい子なのでしょう。まるであの人ようで懐かしい…委細承知しました。私も貴方に従いましょう。愛しい子よ。』


白い戦輪は俺を誰かと重ねて懐かしんだ後、声に喜色を滲ませながら条件を呑んだ。


「うん。これから長い付き合いになると思うけど、よろしく。」


こうして俺は自分の武器を手に入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る