閑話 龍虎相撃つ
これはシュバルツが召喚獣達と訓練場から避難した後の話。
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訓練場に顕現したるは千の魔法を操り、傷を受ければ傷口から血ではなく眷属を生み出し多くの人間を殺戮した神話に語られる悪龍。
ゾロアスター教に登場する怪物でありその頭はそれぞれ苦悩・苦痛・死を司り、絶対悪たるアンラマンユの創造物にしてあらゆる悪の根源ともされている。
そんな化け物に相対するはちっぽけな人間1人。だがいつの時代においても、そんなちっぽけな人間が化け物を倒してきたのだ。
【早速勝負と行きたいところだが、召喚主より被害は軽微に抑えよとの指示がきた。】
【ならば苦悩が結界を展開しよう。むんっ!】
【苦痛たる我はこの場の距離を少し殺しておこう。『死概告知』】
アジダハーカがやった事は2つ。1つ目は概念的な断絶を結界状に展開し、戦闘の影響が外部に漏れない様にし、2つ目は自らの権能で距離を少しだけ殺した。結果この結界の中では距離が本来の100倍になっている。
【さあ、準備は整った。】
【人間よその力を我らに示せ。】
【矮小なれど神をも堕とす人間の底力を見せてみろ!】
言葉が終わると同時に展開される100の魔法陣。1つ1つの大きさは多少の差はあれど、最低でも5メートルを超えている魔法陣が100。これだけで並の軍隊なら1人残さず殲滅できる火力である。
「イイネ!イイナア!!イイジャネエカ!!!」
普通なら防御、又は回避に徹するのであろうがヴェルトはその顔に笑みと狂気を宿し正面から突撃する。
直後魔法陣から雨霰と魔法が放たれる。高速かつ大量にはなたれた魔法群はヴェルトに向かって突き進む。
「ハッハァ!『身体加速』!!」
ヴェルトがスキルを発動するとその体が白藍色の光に包まれる。淡く光るヴェルトは音速に等しい速度で迫る魔法群の隙間を縫う様に走り抜けアジダハーカの眼前に迫る。
【恐れず突き進んでくるとはなんとも剛気な。】
【死よこれは剛気ではなく狂気だと我は思うのだが…】
【良い闘志だ!苦痛たる我を恐れぬその精神。まこと人間は面白い!】
「クタバレヤアァァァ!!」
アジダハーカに向かい何もない虚空から取り出したグレートソードを振り下ろす。その剣速は音を振り切り超音速で眼前の敵に迫る。
【見事な刃筋。】
【何と言う剛力。】
【素晴らしき精神。】
【【【されど我等には届かず。】】】
超音速で振れたグレートソードは、アジダハーカに掴み取られその勢いを完全に殺されていた。
咄嗟に剣を引くが剣は微動だにせず。剣を手放し体勢を立て直そうとしたが時すでに遅し。アジダハーカの蹴りがヴェルトの横腹を捉え轟音と共に振り抜かれた。
【ほう…咄嗟に横に跳び衝撃をころしたか。】
【しかし、何故我が脚が砕けているのだ?】
【肉体が硬いだけではないな。何か種があると見た。】
ヴェルトを蹴り飛ばしたアジダハーカの脚は半ばから砕けているのに対し、蹴りを受けたヴェルトは多少の擦り傷はあるもののほぼノーダメージ。
「っぶねえ。危うく死ぬところだったじゃねえか。ええ!」
【ほぼ無傷。その上我の脚を砕いて言うセリフではないと思うのだが。】
【言葉と表情が一致していないが?】
【カカカカカカ!疵を受けたのはいつ以来であろうか…良い!良いぞ!】
ゴキゴキと音をたてながら、アジダハーカの砕けた脚が元に戻る。かかった時間は瞬き程。
【【【やはり人間は素晴らしい。】】】
言葉と共に千の魔法陣を展開する。
【【【故に我が力の片鱗を見せよう。】】】
3つの口内が光りを放ち出す。一つは漆黒、もう一つは濃藍、最後の一つは褐色。
「ブレスなんざやらせると思ってんのかアァァァ!!」
先程と同じ様に切り込みをかけようとするが、降り注ぐ魔法の数は先程の10倍。さすがのヴェルトといえど易々と切り抜ける事はできない。
そして悪龍の口から放たれた三条の光り。それらは混ざり合いヴェルトに迫る。
「いいぜ!なら俺の奥の手を喰らえヤアァァァ!!」
またもや虚空から剣を取り出すと大上段に構える。すると剣が空色の光を帯び輝き出す。
「アアアァァァァァァ!!『断界』!!!」
汚濁の光と蒼穹の刃がぶつかり合う。両色はしばし拮抗するが、蒼穹は汚濁を両断し放った悪龍をも両断した。
地に倒れ伏す悪龍。その光景はある種の英雄譚の再現の様であった。しかしこれは英雄譚ではない。
通常の生物なら両断されたならば絶命は必至。だが両断されたのはただの生物にあらず。無限の生命力、複数の権能を司る悪の根源。
見方によれば神に等しい力を持つ怪物が躰を両断された程度で生き絶える?笑止千万、かの悪龍からすればこの程度はかすり傷に等しい。
【フヒ、フヒハハハハハハハハ!!】
【ウヒ、ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!】
【カッ、カカカカカカカカカカ!!】
両断された躰は一瞬にして癒着し、傷跡すら残さず万全の状態に戻る。
【まだ完全な状態でないとはいえ我が
【賞賛しよう人間、偉大なる戦士よ。】
【偉業を成した汝の名を聞きたい。】
「ア?人間如きの名前を聞くたぁ、傲慢な龍らしくねえな。」
【確かに人間など我等からすれば矮小な生き物だ。脆く儚く醜い存在だ。】
【されどその瞬きより短い生を懸命に生きる姿は眩く、我等を惹きつける。】
【火花の如き一瞬の生涯で神に等しき我等に傷をつけたのだ。賞賛こそすれ貶す理由がない。】
この世界に存在する竜/龍の大半は人間を下等な存在として見下している。ヴェルトは数回程竜/龍と戦った事がありその全てにおいて「人間如き」と馬鹿にされていた。
ゆえに目の前の多頭龍が賞賛したことに意外性を感じていた。
「俺の名はヴェルト。『龍殺し』のヴェルトだ。覚えとけよ多頭龍。」
【ヴェルトか。その名覚えたぞ。】
【そういえば名乗っていなかったな。】
【我の名はアジダハーカ。死・苦悩・苦痛を司る悪龍なり。】
【【【さあ第二ラウンドだ。】】】
「ハッ、上等だ!行くぞアジダハーカ!!」
その後、ヴェルトが動けなくなるまで戦いは続き、アジダハーカはヴェルトの奮闘を讃え自ら送還されていった。
この時使用されていた魔道具『訓練台』は大破しており、その事に後で気づいたアグレスから長期の戦闘禁止を言い渡されたヴェルトはこの世の終わりの様な顔をしたと言う。
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