第17話 連弾の夜

大広間での連弾は大成功でした。

大奥様は

見事に練習曲を弾き、三月でこれだけ出来るとはわたしも胸がいっぱいになりました。

こうして

ご挨拶の会も無事終わり、わたしは旦那様に認めてもらえたようでした。


安心して帰り支度をしていたところ、お容に声をかけられました。

「珠里、帰るところを悪いけれど、大奥様が呼んでいるよ」

なんだろう?

箏の上にきっちりと布をかけて保護する作業を止めて、

わたしは大奥様のところへ向かいました。

「大奥様、珠里です」

大奥様専用の居間に、箏が支度されていました。

大奥様は、どうやら満足いく演奏で高ぶった気持ちの

ままのようでした。

目が興奮でうるみキラキラしていました。

「ああ珠里、

先程の曲だけれど、どうしても気になるところがあって、少しだけでいいから稽古をつけておくれ」

なるほど、

きっとあの部分ですね。

思い当たるところがありました。

わたしも

先程の連弾の興奮の余韻がまだ残っていましたので、すぐに傍につきました。

大奥様の指の動き

を見て、ここはこう、もっと速くなどと話していると、戸口に

人の気配がしました。

大奥様も気がついてわたしたちが入り口を見ると、

それは旦那様でした。

「そのまま続けろ」

旦那様は

絹織物の椅子に腰をかけて、大奥様の弾くのを見ています。

大奥様は、

旦那様の視線の圧力からくる緊張を、できるだけ

見せないようにしていました。

ほぼ指は震えず、演奏に乱れもなく。

精神力の

本当に強いお方だと思わずにはいられませんでした。

30分ほどの延長のお稽古でした。

大奥様も

気になるところがはっきりしたので満足して終わりました。

旦那様は特に何も言わず、ふいと出ていきました。

「珠里、夕飯を食べてお帰りよ」

お容が気を使ってくれました。

わたしはご馳走になり、帰宅しました。


ところがこの夜の突然の出来事で、樫山家が今までと

大きく変わるとは。

徐々に生まれてきた変化が、予想しなかった大きな

流れになり樫山の人々を飲み込んで行く、始まりになったのです。


大奥様は夜着に着替え、お部屋で少し寛いでから、お休みになるつもりでした。

今日の

演奏の出来が、おもったよりずっと満足できて良い心持ちでした。

照美様の

面白くなさそうな顔をみるのは愉快でしたし、元芸妓の安恵様が聴き入っていたのも良い気分にしてくれました。


さてベッドに横になろうかという頃に、思いがけなくお容が来ました。

「大奥様、旦那様がこちらに来るそうです」

はっとして、大奥様は髪から外した飾りを落としました。

「旦那様が?」

「はい、あ、旦那様が…」

お容のうしろに、旦那様がゆらりと立っていました。

大奥様は

当惑した顔を隠すことができず、ただ旦那様を見つめていました。









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