第13話 第三夫人 安恵

立花安恵様。

樫山家の第三夫人。もとは夏花楼という超高級妓楼で

一番人気の芸妓だったそうです。

その美貌と性戯に旦那様が惚れこまれての水揚げ。

いつも

華やかなお化粧で大きな目を引きたてている、可愛らしくて甘え上手な奥様。

旦那様も一番おねだりが上手だと笑っていました。


この安恵様が第三夫人になったのは、照美様が来て

半年と少しくらいのことでした。

第二夫人に迎えたこともあり、照美様との激しい情愛も落ち着いた旦那様。

遊び仲間たち

と連れ立って、こっそり妓楼で女の子をつまみ食いすることがありました。

もちろんその頃流行っていた夏花楼にも。

楼では

樫山家の旦那様ということで当然、1番人気の安恵様があてられたのです。

女好きで性に巧みな旦那様の優しい愛撫に身を委ねた

安恵様は驚きました。

芸妓の自分にここまで心のこもった愛撫、身体の

すみずみまでがうっとりする相性の良い性交。安恵様は感激し、思わず泣いてしまったそうです。

たくさんのお客を相手にしていたからこそ、相手を

思い自分も良くなる自信に満ちた性交に心奪われたのです。

旦那様も一番人気の芸妓に泣かれたことで、ぐっと

胸に迫るものがあったのでしょう。

おふたりは夜に朝を継いで、楼の特別室で食事を

しながら愛し合い、入浴をしながらまた飽きず睦み合うという生活を送りました。

やがて

旦那様付きの下男、徳井が家に用事で戻ったため、大奥様照美様に安恵様の存在が知られることとなりました。


照美様は相当へそを曲げて…旦那様に着物や飾りを

たくさんおねだりしたそうです。

大奥様は、いつものように無言でお部屋に戻られて。

そうです、このとき旦那様は大奥様に安恵様を第三夫人に迎えると宣言されたのでした。


「珠里さんよね、私は第三夫人の安恵」

「第二夫人の石原照美よ」

おふたりは抑えきれない笑みを浮かべてわたしを見ていました。

「あの、珠里でございますが、あの、人違いでは…」

と思い当たることの無いわたしに、すかさず安恵様が

「私たちあなたにとても感謝しているのよ。

あなたが

来てくれて、大奥様がとても変わったの。それで、旦那様が帰ってくるらしいのよ、変わった

大奥様を見るために」

「別に旦那様は私たちに不満があるわけではないのよ、

ただ正妻がああいう人だから、ねえ、安恵さん」

意味ありげな目配せをする照美様は、はっきり大奥様を嫌っているようでした。

「ええ、照美ねえさん。

お屋敷の雰囲気が暗くなりますものねえ」

相槌を打つ

安恵様、眉根を寄せて作った困り顔は本心か分かりかねました。

けれどおふたりは仲良く、大奥様を苦手にしているとわかりました。

「そんな、大奥様にわたし如きが、なにも…」と言いかけると

「もう大奥様が

戻ってこられるから、言っておくけれど、珠里、箏曲をみっちりと大奥様に仕込んでおやりなさい。

大奥様を飽きさせたり挫折させることは許しません。

あの人は正妻の器ではないのだから、楽曲などに

没頭しているのがちょうどいいの。

そのあいだに私たちが、

旦那様のお子を産むのだから、邪魔をされないように、

しっかりとついておいて頂戴」

照美様がぴしゃりと言いました。そしておふたりは、

物置部屋の戸を開けると、辺りを確認してそっと出て行きました。

感謝しているのよ、と言いつつ照美様はわたしを

見下した命令口調のキツい方、安恵様は照美様に遠慮しているように見えるけれど、お腹の中で

なにを考えてるかわからない方。

それが初めて

会ったおふたりの印象でした。

こんな奥様たちに囲まれているのか…


そしてお子を産む?あの人たちが?

だんだんと腹が立ってきました。

大奥様の方が

ずっと、この樫山家のお子様を産むに相応しい方じゃないか。

「珠里……どこなの?」

向こうでお容が私を探す声が聞こえてきました。







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