第16話 起点

 この世界を魔王が支配するよりも前の話、この世界が闇に包まれていた時にその者は現れた。

 天より現われしその者は光を放ちながらこの世界に舞い降りた。

 その者はこの世界に降りてからも人々に希望という光を与え続け、その行いを見た人々はその者を神の子と称えた。

 そしてその者はこの世界の闇を払い後世へと渡りこう伝えられた。


 ――伝説の勇者と――


 エルガトの町全体を見渡せる高所にて勇者は見張りの兵士から伝説の勇者のことについて話を聞いていた。


「…………伝説の勇者は天よりこの地にやってきてこの世界の闇を払ったのか…………」


 勇者は兵士の話を聞いて気難しそうな表情を浮かべながら納得する。

 

「自分が伝説の勇者について知っていることはこれが全てですが、この話を聞かせてくれた老人の方であればもっとたくさんの情報を得られるかもしれませんよ」


「本当か⁉ 今すぐその老人がいる場所を教えてほしい!」


 勇者はその兵士から老人がいる場所を教えてもらうとすぐさま王女様がいる宿へと向かった。


 勇者は王女様がいる宿の部屋のドアを思い切り開けると王女様は椅子に腰を掛けていた。


「勇者様、お帰りなさいませ……どうしたのですかそのようにお急ぎになられて?」


「……先ほど、見張りの兵士に伝説の勇者について知っている老人のことを聞きまして、もしかしたらその人物というのが王様が言っていた人なのかもしれません」


 息を切らしていた勇者は一言も途切れさせずに王女様に伝えるとすぐさま王女様は椅子から立ち上がった。


「そのようでしたらすぐにその人がいるところまで向かいましょう、私は十分に休めましたので……」


 王女様はすぐに準備を済ませ勇者と共にその伝説の勇者について知っている老人の元へと向かうのだった。

 町の通りは人が多くすぐには老人がいる場所には向かえそうになかった。


「勇者様! 私を抱えながら建物の屋根を伝ってその場所まで向かいましょう、そうすればすぐにそこへ向かうことができます」


「えぇ!? さすがにそれは危険ですよ……そこまで急ぎのことでもないですし…………」


 すると王女様は勇者の言い訳を聞かんとばかりに勇者に言う。


「いいですから、私をお姫様抱っこして迅速にそこへ向かってください」


「わ……分かりました」


 このまま言い返していても一向に物事が進まないと思い勇者は仕方なく王女様の命令を聞くことにした。


 勇者は建物が並ぶ屋根の上を走り抜け時に建物の屋根と屋根の間を高速で飛び抜けていく。

 そんなことを要求してきた王女様はお姫様抱っこをされている勇者の腕の上で子供のようにはしゃいでいる。

 そんな王女様には王女の威厳というものは無くお嬢様というよりかはお姫様の様だった。

 まさか王女様はこれをしたかったためだけに勇者にお姫様抱っこをしてほしいといったわけではないだろうと考えてしまう。


 目的地に着いて勇者はご満悦な様子でいる王女様を足からゆっくりと地面に降ろしていき王女様を手から降ろすと王女様は最後にかわいらしくここまで運んでくれた勇者にお礼をする。


 兵士から聞いた老人がいる場所の建物は周りと比べても結構でかく作りもほかの建物と比べてもどこか違いがある。

 勇者と王女様はその建物の入り口から中に入るとそこには教会というより聖堂の広間のような広い空間になっており天井には神話に関係するような絵が描かれている。

 その広い空間の奥に飾られている壁一帯に広がる壁画の手前に一人の老人が立っておりこちらに気が付いたのか勇者たちの方へ振り向く。


「勇者様と……王女様でありますな? あなた方二人をお待ちしておりました…………」


 この老人は一目見ただけで自分たち二人が勇者と王女様だということに気が付いた、いったいこの老人は何者なのだろうかと考えるより早くその老人は勇者達の心でも読んだかのようにその答えを導き出した。


「申し遅れました……私の名は【カール】この町で少々名が知れている占い師でございます…………そしてあなた方が探している伝説の勇者について知っている人物とは正しくこの私のことであります…………」


 薄々感づいてはいたが目の前にいるこの老人こそが勇者たちが探していた伝説の勇者について知る人物であり、勇者にとって魔王が討伐されてから一番知り得たかったことを知っている人物でもある。


「……あなたがあの伝説の勇者について知っている人物…………教えていただけますでしょうか⁉どうしても伝説の勇者について知っておかなければいけない理由があるのです」


 勇者が真剣な眼差しで老人を見つめる。


「はい、勿論そのつまりでおりました……いつしかこちらからキャスタール城へ赴き勇者様へお伝えするつもりでいましたから…………」


「それは……一体どういうことでしょうか?」


 老人は再び壁画の方へと振り返り話を続ける。


「この壁画は私が生まれるよりもはるか昔からここにあったものとされています…………天からの使者、この者はこの世界が闇に包まれていた時に突如として天から光を放ちながらこの地に降りてきてはこの世界の闇を払い去ったとされています…………その天からの使者こそが正しく皆が伝説の勇者と呼ぶその人です……」


 壁画には暗闇の地面と空に浮かんでいる天からの使者とその周りを天使か妖精が三匹飛んでいる絵が描かれている。


「ただこの壁画が存在しているも……世間一般ではこの説とは違うありかたで伝説の勇者がこの世界にやってきたとされています…………」


 勇者は眉間にしわを寄せて老人の話を聞いているとそこへ王女様が勇者の前に立って話す。


「……世間では伝説の勇者は勇者様と同じように召喚魔法にて王城に召喚されたと伝えられております…………なので勇者様が兵士の方に聞かされた話を聞いて私は少し疑問に思っておりましたの……」

 

 今まで聞く必要もなかったため聞いてこなかったが勇者は王女様が言っていた通り兵士の話を聞くまでは自分と同じように伝説の勇者も召喚魔法によってこの地にやってきたのだろうと思っていたが、天からこの地に降りてきたと兵士に言われた時は勇者は誰も召喚魔法によってこの世界に来るということもないのだろうと特に疑いもしなかったが、まさかここにきて伝説の勇者がこの地に来た時の説が二つあるとは思わなかった。

 

「……伝説の勇者がこの世界にどのように現れたのかという説がこの世界には二つ存在しているということですか⁉」


 老人がそのことについて勇者に説明をする。

 

「はい……ですが世間では召喚魔法によってこの世界に召喚されていると広まっておりましたので、確証が高い『天から伝説の勇者が来た』という説は信じているものがごく少数なのです」

 

 勇者はもう一度壁画を見る。

 見るからにこの壁画は相当な昔から存在するものだとわかる。

 

「……それでもこのように昔から存在している壁画がここにあるのになぜ人々はこの説を信じないんですか?」


 勇者がここに決定的な証拠があるのにもかかわらずなぜ世間の人々は伝説の勇者が天から降りてきたことを信じる人が少数なのかを尋ねるとそのことに老人ではなく王女様が答える。


「それは…………古くから王族の先祖代々によってそのように伝えられてきたからだと思われます」


「王族が……?」


「はい…………ただ父は真実を知っているような感じでした……もしかしたら真実は代々伝わっているのかもしれません……」


 王女様が言っていることについて勇者は代々、王族が真実を隠している理由が皆目見当もつかなかった。


「…………勇者様と王女様……このようなこと大変無礼も承知ですが、二人もご察しの通り現在の王はこの先の未来に関わる何かを隠しているかもしれません…………この先の未来を占っても魔王が現れてから依然と変わらず混沌……」


 その老人は勇者に歩み寄ると勇者の手を握る。


「この世界の未来は現在にあらず、過去にあるのやもしれません……この世界の過去……それを解き明かさなくてはこの世界に未来はありません…………」


 老人は勇者の手を握りながら必死に話を続ける。


「勇者様、王女様……この老人のお願いを聞いてくださいませ……王は必ず伝説の勇者の秘密を知っております、その秘密を王よりお聞きになってください……そうすればこの世界に…………」


 老人が最後の言葉を伝える前に勇者は老人が握っている手を握り返し……。


「必ず王より伝説の勇者のことをお聞きになります、ですから安心してください」


 勇者はそう言うと老人に背を向け王女と一緒にこの場所を出る。


 勇者は外に出ると王女に手を差し伸べる。


「王女様……王城に戻られる準備はよろしいですか?」


 勇者がそういうと王女様は俯いて不安そうにするがすぐに顔を上げて勇者の手を取る。

 

「はい!大丈夫です、行きましょう!」


 すると勇者は呪文を唱えると足が宙に浮かび、勇者の手を握っていた王女様も宙に浮かんだ瞬間、ものすごい勢いでそのまま上空へと飛んでいく。

 足元に見えるエルガトの町がみるみるうちに小さくなっていき、王城から道中訪れたロウドーンの町、災いの洞窟が遠くに見えてくる。

 勇者と王女は瞬く間に王城へと近づいていくと城の橋の手前に急降下していき着地寸前で減速をしてゆっくり地面に着地をする。


「王女様、大丈夫でしたか?」


 勇者は今更だが、人を連れてこの呪文使ったことがなかったので使えることに気が付き少々驚いていた。

 何とか二人とも何事もなく王城に行くための手前の橋を渡る前の所まで来れた。


「はい大丈夫です……それでは玉座の間まで参りましょう」


「そうですね……」


 勇者と王女は真実を知るために玉座の間にいる王の元へと向かっていくのだった。

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