第11話 名はなくとも

 勇者と王女は伝説の勇者が残したとされる石碑の場所に訪れてからは北の町へ向かうことになり二人はつい先ほどこの【タダルの町】へと到着して今夜泊まるための宿屋を探していた。

 このタダルという町は偉大なる詩人を生んだ町として有名な町であり、そしてその詩人こそがこの町を作った人物と言われている。

 そのようなわけかこの町でもその詩人を目指し歌を奏でているものがこの町にもいたりする。

 

 勇者と王女がこの町に着くころには日は沈みかけており街の明かりはすでについていた。

 そんな中、二人は何とか一部屋だけ借りることができ、今夜は野宿をしなくて済んだ。

 できれば二部屋借りられたらとは思っていたがこの世界から魔物がいなくなってからはこの町を訪れる人も次第に増えてきたことだから仕方がない。



 宿を借りた二人はこの町をいろいろと見て回ることにした。

 正直のところ堂々と町を見て回ることは躊躇していたが王女様が心配ないと申すものだから仕方なくご一緒していたら、やはり町の人々は勇者と王女様を見つけるやこちらに駆け寄ってきて一瞬にして周りを囲まれてしまう。(魔物たちも驚く連携力だ……)

 ただ勇者が予想していたより王女様が前向きに町の人達と向き合っているせいか徐々に注目は王女様の方へと向かれていった。

 勇者としては助けられはしたが、王女様が町の人々と話をしているところを見ると王女様に対してどこか憧れというものを感じてしまう。

 町の人々と笑顔で話をしている王女様には見ているこちらもうれしい気持ちになってしまうというのは王女様の素晴らしいところだと勇者は思っている。

 自分も人々と前向きに向き合っていこうと心に決めた勇者なのであった。


「勇者様!あちらで歌を奏でている詩人の方がいらっしゃるようですよ!」


 王女様はいつにもましてはしゃいでいた。

 やはり王城の外の世界というのを間近で見ることができて大変喜んでいるのだろう。

 かくいう勇者もこの地に召喚されてからは初めて訪れた町々はウキウキしながらその町を探索していたのを覚えている。

 やはり人間新しいものには感情を抑えられないものなのだろう……。


 その後も二人はたんまりとこの町を散策していると日も落ちてきて夜となったので宿へと戻ることにした。

 宿での食事を終えた二人は今日二人が泊まる部屋へ向かう。

 部屋は簡易的でベッドが二つ、窓からは中央の広場がよく見えており、壁向けに机といすが置いてあるだけだ。

 隣にも部屋がありそこはバスルームとなっており浴槽とシャワーが置いてある。

 まぁここら辺はいつも勇者が泊まっていた部屋そのものだったが一つ違う点としてはベッドが二つというところだった。

 勇者ももし寝るところが一つしかないのなら床か椅子で寝るしかないと思っていたがそんなことをしては王女様が黙っているわけもなく「一緒にベッドで寝ましょう。」とか言いかねないのでそこは何とかなった。


「意外と宿の部屋というものもお広いのですね、広さとしては王城の牢屋ぐらいの広さだと思っていました」


「二人用の部屋は初めてなので自分も少し広く感じて驚いてます」


 先ほど王女様がとんでもないことを言っていたような気がするが自分も初めて一人用の部屋を見たときは同じようなものを想像してしまったため勇者はそのまま何も言わずに流すことにした。


「王女様、良ければ先に湯に入ってはどうですか?自分はその間この町で買ったものを整理していますので」

 

「分かりました、それでは先に使わせていただきますね」


 

 勇者は王女様が湯につかっている間に整理を終えるとベッドに横たわり窓から見える夜空を眺める。

 夜空には星々があちこちに光り輝いていてとてもきれいにみえる。

 

「……この世界はどこからでも夜空がきれいに見えるな……」


「それでしたらキャスタールのバルコニーのは長めがいいですよ」


 勇者はその声がした方を横たわったまま振り返ると王女様がすでに湯船から上がりバスルームへの扉を開けて立っていた。


 王女様の姿はいつものように気品を残しているがどこか可愛さも感じて一瞬勇者もドキッとして動揺してしまう。


「どっ……どうでしたか湯船の方は?」


 勇者はとっさに考えたことを口にしたせいで王女様の話を逸らすことになってしまう。


「えぇとてもよろしかったですよ、キャスタールの浴場のほうが広々としていますがこちらも悪くないですね」


「そっそうでしたか……では自分も入らせていただきます……」


 

 勇者は頭が回らずにとりあえず湯船につかり気分を落ち着かせようとした。

 つい先ほどの自分は慌てていて正気の自分じゃなかった、そのことは王女様も感じていたと思う。

 もし機嫌を悪くされていてはこの後どういった顔で王女様と一晩過ごせばいいんだろうか……。


 勇者は不覚にも悪い方向へと考えてしまい、ネガティブな思考が一向に止まない。

 勇者はもし機嫌を悪くされていたら正直に謝ろう……。

 勇者はそう決意して湯船から上がった。


 バスルームを出た勇者が王女様の方を見ると先ほど自分が横たわっていたベッドに座って静かに夜空を見ていた。

 勇者がそんな王女様に声をかけようとすると……。


「勇者様……私、怖いのです」


 王女様がそういって勇者も声をかけるのをやめて黙り込んだ。


「勇者様が魔王を討伐してから名前を消されてしまったという話を聞いてからは私はずっと心配しておりました……」


「勇者様はあのとき以来、あまり連絡をしていただけなかったので……もしかしたら勇者様の名前だけでなく存在そのものが消えてしまわれたのではないかと……」


「父上にもそのことをお伝えしましたが心配する必要は無いと言いながらも険しい顔をなさっておられましたので、勇者様がキャスタール城にお戻りになられたという話を聞いてからは父上も私も安心しました」


 確かに王女様の言われる通り当時の勇者は魔王を討伐した世界を少しでも見て回るために王女様と連絡をあまりとれていなかった。

 それが王女様や王様にも心配をかけてしまっていた。

 

「キャスタール城で勇者様が父上から何か聞いた後の勇者様の顔をみて私は何かに焦っているように見えました、勇者様が私には行けない場所へ向かわれてしまうのではないかと……」


 勇者がキャスタール城を出ようとしたときに王女様がいた理由は単に自分勝手に城を抜けだして勇者と同行したかったわけではなく、勇者が一人で今の自分に起きていることを解決しようとしているのを見抜かれており、そんな勇者を止めようとしていたのだと。


「勇者様が……今度こそ本当に消えてしまわれたら……その時に側にいられなかった自分を思うととても辛いのです……」


 ふと、王女様の目元から溢れた涙が月明かりに照らされ反射される。


「だから、お願いします……勇者様……最後の瞬間まで側にいさせてください……」


 王女様の涙が溢れだし頬をつたって床へこぼれ落ちる。

 

 泣き続ける王女様を見て勇者は王女様に近寄りそっと抱きしめる。

 

「すいませんでした王女様……魔王を討伐したというのに自分のせいでまたみんなを心配にさせてしまっていました、自分も最後の瞬間は王女様が側にいてほしいです……いつしか訪れるその瞬間までこの”名前のない勇者”を見守ってくれますか?」


 すると王女様は寄り添っていた勇者の胸から顔を離し笑顔で応えた。


「もちろんです‼ それに勇者様はもうあの魔王を倒した”伝説の勇者”なのですからこれからはそのおつもりでいてくださいね」


「それは責任重大ですね……」


 二人はくすくすと笑い合う。


 すると王女様が少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら勇者にあることを聞く。


「それと……最後に一つ……今宵はよろしければ勇者様とご一緒のベッドで寝てもいいでしょうか……」


 まさかの一言にさすがの伝説の勇者も動揺するが先ほどのこともあり断ることはできなかった。

 あまりの手のひらがえしでこのために用意していたのではないかと疑うが、隣で横になる王女様の嬉しそうな顔を見てからはそんなことどうでもよくなってきた。


 そして勇者と王女の二人は数ある星々が輝く空の下で眠りについた……。

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