第5話 先代の勇者

「おぉ……勇者様!無事にお戻りになられて喜ばしいことです」


勇者の後ろから現れた老人はこの町の村長であり、自分の腰にかけてあるこの剣、【勇者の剣】もこの村長から頂いたものだった。


「村長!私はあなたから頂いたこの剣のおかげで魔王を討伐することができました。そのお礼を伝えたくてここに……」


「そうですか……私はあなた様が魔王を討伐してくれる選ばれし勇者であることは分かっておりました……先代の勇者様もさぞお喜びでしょう」


すると村長はこの庭園に咲き誇った綺麗な桜を見上げた。

以前ここに来た時は枝に葉が一つもついておらず枯れ切っていたように思えていたが今では綺麗に咲き誇っていて今見れば驚いてしまう。


「実はこの綺麗な木は先代の勇者様がここに植えてくれたのですよ……まるで先代の勇者様の想いが呪いから解き放たれているみたいじゃ……」


村長がそう言っていると自分もそう思わずにはいられなかった。

勇者は自分の腰に巻いてあるベルトから勇者の剣を鞘ごと抜くと桜の木のふもとにそっと立てかけた。


先代の勇者様が魔王を倒すために今の自分に残してくれたもの、それがあってこそ自分は魔王を討伐することができた。


「今までありがとうございました……」


そんな勇気ある者たちの意思が報われることを勇者は心から願った。


「いいのですか?その剣は勇者の剣……あなた様以外に似合うものはいないと思いますが……」


「いいんですよ……役目を終えた僕が持っていても宝の持ち腐れですし、もしもまたこの世界が闇に覆われた時に立ち上がる勇者に授けることにします。先代がそうしたように」


「ふふっ、魔王がいないこの世界にまた闇が訪れると?」


村長の言葉を聞いて魔王の最後の言葉を思い出す。


(貴様の存在そのものも一緒に葬り去ってやるわ)


俺はなぜか魔王のこの言葉が頭から離れられずにいた。

自分の名前なんてなくてもそこまで気になることではないはずなのに……何か……大切なものを失ってしまったかのような気持ちになってしまう。


勇者はその不安から自分の名前のことについて村長に話をした。



「魔王から名前を消される呪文を……そうですか……確かに私もあなた様の名前は思い出せませぬ……まるであなた様が元々【勇者】という者として存在していたかのように……」


「そうですか……」


やはりこの世界にいるすべての人々が自分を【勇者】という肩書のようなもので覚えているようになっているが、しかしなぜ魔王がそんなことをしたのかも分からない。


「私では尽力いたしかねますが……魔術の熟練者であればもしやその呪文について何か知っている方がおられると思いますが……」


確かに自分のこの世界に来た日数で言えば少なくこの世界の古くからの知識等は疎いので呪文に詳しい人に聞いてみるのが一番だと思うが、果たして対象者の名前を消す呪文を知っている人物がいるだろうか……


勇者が気難しく考えていると村長がそんな勇者を気にかけ


「そういえば、今宵は勇者様を祝い、誠に勝手ながら宴をやる予定でして……」


「あぁそれなら先程、町のみんなが準備をしているところを見てきましたよ。今夜はとても楽しみです!」


宿で食事をしてきたばかりなのに宴のことを考えだすともうすでにおなかが減り始めてきてた。


「そうでしたか、そう言ってもらえて何よりです」


村長が深々と礼をすると勇者は急に何か思いだしたような顔を浮かべた。


「そうだ!自分も宴の準備のお手伝いに今から行ってきますね!」


「そんな……勇者様に無理をかけることは……何よりまだ傷は完治していないんですから……」


「大丈夫ですよ!軽い運動程度で手伝わせてもらいますから」


そう勇者は言うとすぐさま宴の準備をしている町のみんなの元へと向かっていった。


「勇者様……元気があるな~」


村長は桜の木の根元に立てかけてある【勇者の剣】を眺めているとあることを思い出した。


「……そういえば先代の勇者様も正式な名前はなかったような……偶然かの?」


勇者の名前の件に関してはまだいろいろと謎に包まれている部分があるが勇者にとっては今宵の宴のこともありどうでもよくなっていた…………。

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