第4話 戻りし日常
勇者はこの宿の女性が作ってくれた食事を残すことなく平らげた。
魔王の城に行く前にこの町を出た以降はろくに食事をとっていなかったから食欲が止まらなかった。
窓の外を見ると日が落ちそろそろ夕方に差し掛かるぐらいの時間になりそうだった。
今日の夜はこの町のみんなが自分のために宴をしてくれるそうなので楽しみだ。
それはそうと勇者は宴の前に会っておかなければいけない人のことを思い出した。
「そういえば、村長って今の時間はどこにいるかってわかりますか?」
実は勇者が腰に巻いている【勇者の剣】はこの町の象徴として祀られていた物を村長から授かったものなので魔王を倒した今、村長に返しに行かなければいけなかった。
「村長でしたらいつもの場所にいますよ……もしいかれるのであればお体と町のみんなにお気をつけていってらっしゃいませ」
町のみんな……?
「多分、勇者様が目を覚ましたと町のみんなが知れば勇者様が町のみんなに埋もられてしまいますから……」
あぁ、そういうことか……
「いや、まぁ……それは町のみんなも了承しているでしょうし……大丈夫ですよ」
勇者は玄関に向かうと女性の人が勇者を呼び止める。
「勇者様!あまり無理はなさらないでくださいね……」
「はい!それと食事をありがとうございました、とても美味しかったです」
勇者は笑顔でそういうとこの宿を後にした。
女性は勇者のことを心配したが、玄関を出ていく勇者の顔に本当の笑顔が戻ったことが女性にとっては何よりも嬉しことだった。
勇者がこの町に来た時は優しい印象を持った人だった。
町のみんなとは笑顔で接してみんなを勇気づけてくれていた。
だが、その勇者様のその笑顔には町の人々を思う悲しみを我慢して、作られているような笑顔に見えた。
その顔を見るたびに自分は勇気づけられ、涙をこらえて頑張ることができた。
そんな勇者様の笑顔に悲しみが無くなったことに安心した。
女性は勇者が食事をした食器を片付けてテーブルを拭こうとする。
するとテーブルに水がこぼれてしまう。
が、こぼれたのはコップからではなく女性の目からだった。
涙を拭いて止めようにも涙が溢れてくる。
「どうして……どうして……今まで頑張れたじゃない……なのに」
片づけられた食器には食べ物一つ残っていなかった。
「こちらこそ本当に……ありがとうございます……勇者様」
しばらく女性は一人テーブルに座り泣き続けていた。
外に出ると町の人たちが夜の宴の準備をしているのが少し遠くから見える。
「さて、じゃあ気づかれることなく村長の場所まで急ぐとしようか!」
勇者は回り道をしようと走り出そうとすると遠くで宴の準備を手伝っていた子供がこちらに気づいた瞬間
「あっ!あそこに勇者様がいるよー!」
と遠い場所にいるここまで聞こえる大声で叫んだ。
(はい、作戦失敗)
逃れることもできなかったので手を振りながら宴の準備をしているみんなのもとへと広場に向かう。
「おぉ!勇者様だ!」「えっ!本当に勇者様!」「我らが勇者様がお目覚めになられたぞー!」
みんな大声で叫ぶもんだからみんな広場に集まってきた。
宿の女性が言っていた通り一瞬で囲まれた。
「勇者様!魔王を討伐してくださりありがとうございます」
「勇者様!今晩の宴は一大に用意しておりますのでお楽しみにしていてください」
「魔王を討伐されたこと、先代の勇者方もお喜びになることでしょう」
周りからいろいろ言われ対応に困っていると、屈強の男が勇者の前に現れると
「ほら!お前ら言われたとおり勇者様に迷惑がかかるから、お前らは宴の準備をしやがれ!今晩の宴どうこう準備できてなきゃできっこないだろうが!」
屈強の男が現れてからは町のみんなは次々に勇者にお礼やお辞儀をすると各自の持ち場に戻っていく。
「勇者様!大変申し訳ありませんでした!町の皆もそしてこの私も喜びが抑えきれなくてしまい……それとお体の方は大丈夫なのでしょうか?」
この屈強な男の人は顔もいかつく少々怖いが内心とても優しい人だ。
この人が来てくれなければここからずっと動けずだっただろう本当に助かった。
「はい、もう動けるほどまでには……」
「そうでしたか、それを聞いて安心しました……さすが魔王をも討伐なさった勇者様ですな」
「いえ、それほどの者じゃあありませんよ僕は」
すると先程はいなかった宴の準備を見に広場に来た子供たちとその母親たちが勇者がいることに気づく。
「あっ勇者様がいるー!」「本当だー勇者様だー!」
子供たちは勇者に向かって一直線に走っていく。
母親たちと屈強の男の人が駆けつけ止めに入ろうとする
「こらっ!あまり勇者様に迷惑をかけては……」
「いいですよそこまで体はひどくないですし……」
勇者はそういってしゃがんで子供たちの手を取る。
「ねぇ勇者様は王城に行ったことあるのー」
「あぁ、あるよーすっごいでっかくて中もこの町ぐらいでかかったかもな~」
最初、この世界に召喚されて王城を見た時は凄い驚いていた記憶がある。
恐らく、話を聞いているだけで驚いているこの子たちと同じくらいに……
「勇者様は王女様と結婚はするんですか?」
少年たちの後ろから女の子が質問する。
「あぁ~……どうだろう……多分するのかな?」
ちょっと恥ずかしそうに言うと女子達がはしゃぎ出す。
そんなに嬉しそうになることかな?
「俺も勇者様みたいに強くなるにはどうすればいいですか?」
一人の少年が勇者に問う。
「そうだな……強くなるにはまず人助けだな!勇者であるこの自分も君たちの時から人助けをやってきたんだ。そうすると昨日の自分より強くなったぞー!って実感できるはずだよ」
子供たちは勇者の話を真剣に聞いていた。
気がつくと子供たちだけでなくその親たちや屈強な男の人も真剣に聞いていた。
「だからまずは君たちの家族、そしてこの町の人々、そしたら後は兵士として国を守っていかなくちゃな、国を守るって勇者より大変だなこりゃ」
すると子供たちが笑う。
その笑いにつられて大人たちと勇者も笑う。
「まぁ、後はよく食べて寝ること!そうすれば力もついていくから」
そんなことを言うと男子たちが腕につかまってこう言い出す。
「じゃあ勇者様は僕たちを持ち上げられる?」
それを聞いて勇者は「もちろん!」といって魔力を使い筋力を上げると子供三人を両腕と背中にしょったまま持ち上げて見せた。
ところが、持ち上げた途端、足に痛みが走る。
自分の体のことを考えないで無理に魔力を使ってしまい体に負荷をかけてしまっていた。
勇者は悶絶し慎重に子供たちを下すとその場で膝をつく。
「勇者様!」
大人たちが駆けつけてくれたのを勇者は止めて
「だ……大丈夫です。少々無理しただけなんで……じゃあ僕は他に行くところがあるんでこれで……」
勇者は調子に乗った罰として足を痛めつつその場を去ろうとする。
振り返ると大人たちは心配そうにしていたが子供たちは元気そうに手を振ってくれていたので笑顔で手を振り返し広場を後にした。
勇者は足の痛みを抑えながらこの町の庭園がある屋敷に向かう。
屋敷に入るとそこには桜が咲いていて以前に来た時とは違う光景が広がっていた。
すると勇者の後ろから老夫らしき人が姿を出す。
「おぉ……勇者様!無事にお戻りになられて喜ばしいことです」
そこに現れた村長は笑顔を浮かべながら勇者を歓迎してくれた。
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