96 あの日


「不発弾事故で死人が出るのは、当時すでに珍しかった」


 爆弾が見つかりやすい場所や、決して触ってはいけないことが少なくとも大人にはおおむね周知され、爆発事故自体が減っていた。そんな中、よりによって探査済みの場所であんな事故が起きたのだ。


「もちろん遊び半分なんかじゃないが、興味本位と取られても仕方ない。ほとんど何の役にも立たない野次馬だ。隠してどうなるわけでもないが、当事者のお前にそんなこと言いづらくてな」


 忠晴の両親が聞いたら、見世物じゃないと言ってものすごい剣幕けんまくで怒り出すだろう。が、補助士としてはわかる話だった。


 起きたばかりの事故現場は生きた資料だ。二度と再発させないためにも、爆弾全般をもっとよく知るためにも、研究し尽くされなければならない。それに、人の命を預かり、自分の命を預ける者にとって、何よりのいましめになる。


「でも、わざわざ古峨江から藁志ヶ谷まで?」


「ああ。事故の連絡を受けた親父が、たまたまその場にいた俺を軍のヘリに押し込んでな。職権濫用もいいとこだ。俺はまだ補助士になったばかりで現場の経験はなかったが、処理は担当者に任せて事故の方をしっかり見てこいと言われた。途中でそのヘリに無線連絡が入ってな。すぐ近くで新たにサラナが出てる、と」


 新藤は重たげに首を振る。


「俺も呑気なもんで、せっかくだから爆破の方も見られればいいななんて考えてたんだが……いざ現場を見たら、とてもそれどころじゃなくなった」


 新藤の目に、爆弾を前にしたときとはまた別の厳しさが宿る。悲痛とも、恐怖とも、憤怒ふんぬともつかぬ色。


 大の男たち、しかも爆弾や救急医療やあらゆる事故処理にたずさわる猛者もさたちが、そろって痛ましげに見つめた忠晴の最期さいごの姿。新藤はそれを、この目で見たのだ。


「不謹慎ではあるが、結果的には行ってよかったと思ってる。人間なんてもろいもんだ。二本足で立って服を着て言葉をしゃべる生き物が、自分たちの作った兵器と一緒に、一瞬で変わり果てる。どんな詳しい資料を見せられるより生々しくそれがわかった」


「でも、現場を見たせいで、それ以来作業中に動揺したりとかはなかったですか?」


「それが不思議なもんでな。俺の場合は、むしろいい意味で転機になったらしい」


「いい意味で……」


「俺はもともと、爆弾を物理と科学でしかとらえてなかったんだな。親父が俺に、お前とは逆のことをやらせたわけだ。頭でしか理解してなかった恐ろしさを、ようやく感覚的に知ったとでもいうべきか」


 一希の場合は、出発点があの事故だ。揺れ動く感情を自分の力で無にし、目の前の構造に淡々と向き合うことを学ぶ必要があった。それを教えてくれたのが新藤だ。


「俺は絶対に誰も死なせない。初めて本当の意味でそう誓ったのがあの現場だった」


 さすが業界の祖、隆之介だ。息子のことをよくわかっている。


「私も、あのときに見ておいた方がよかったんですかね」


「馬鹿言うな。訓練を受けたプロと七歳児で同じにいくはずないだろうが」


 それもそうだ。


「お前は見てなくて本当によかった。ガキの頃にあんなもん見ちまったら、こんな仕事選ぶどころか普通に暮らすことすら叶わんかもしれんぞ。大概は精神に来る」


 忠晴の遺体。あまりに不条理な死。命を落としたばかりか、肉親との対面も叶わぬまま焼かれざるを得なかった。


 自分が彼をどんな目にわせたのか、一希は何度も想像してみた。そのたび、償いに一生をささげるという決意が揺らいだ。償うことなど永久に不可能に思えた。


「先生……教えてください。従兄がどんな風だったのか」


 新藤はきっぱりと首を振る。


「ダメだ。少なくとも今はな」


 一希はその答えを聞き、安堵している自分に気付く。知りたい。でも知りたくない。


伊夏那いげな基地に写真がある」


「えっ?」


「お前が救急車で運ばれた後、警察が写真を撮った。資料として協会もそれを使わせてもらった」


――写真……。


「資料室七号の機密エリアだ。見たきゃ自分で行って見てこい。お前なら遺族として通してもらえる」


 遺族が対面できないほどの惨状。文字通り変わり果てた忠晴の姿。それを今からでも、見たければ見ることができる。不意に喉のかわきを覚えた。


「ただし、お前にとっては仕事上のメリットはまずない。一度見たら到底とうてい忘れることはできん。しかも他人の遺体じゃない。あのとき一緒にいた従兄だ。それにお前は誰が何と言おうと、彼の死に対してまだ責任を感じてるだろ」


 一希は力なくうなずく。


「当然、人体の原型はとどめてない。二度と働けなくなっても知らんぞ。俺だったら処理士を引退してから行く」


――引退してから……。


 償いととむらい。その二つは分けて考えなければならないのだ。この職業にいたことの意味を、一希は改めて痛感した。


「はい、よく考えます」


「それから……」


 ふと、新藤の気配が影を帯びた気がした。


「お前に頼みがある」


――頼み?



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