37 憧れ


 日中の風もだいぶ冷たくなった。


 ある日をさかいに、洗濯に出される新藤の作業服が分厚ぶあつくなり、このオレンジ色のつなぎにも冬物があることを一希は知った。生地きじを二重にして中綿なかわたを入れてあるらしい。




 大机に着いて日課の自習に励んでいると、徐々に近付いてくる車のエンジン音。時刻は午後四時。新藤が探査から帰ってきたのだ。


 すかさず外に出て、車庫のシャッターを開けてやる。寝室や台所にいるときには車の音は聞こえないから、一希がたまたま大机にいるとき限定のサービスだった。


「お帰りなさい。今日はいかがでしたか?」


「ちっこいロプタが一個だ。割に合わんからぶっ壊してやった」


 ロプタとは、ボール型のオルダ爆弾の一種。


 新藤は玄関を入るなり、


「今日はどんな感じだ?」


 質問がない日などないことは新藤も承知している。「どんな感じ」というのは大机で道具を広げるような実技系なのか、しゃべって済むたぐいかの目安として聞いているのだ。


「デトン関連で二、三お聞きできればと……」


「ああ」


 特別何も言われなければ、後で質問に答えてくれるという意味だ。


 まもなく、シャワーを浴び終え、Tシャツとトレーニングズボンに着替えた新藤が台所に顔を出した。夕食にはまだ早いがお腹は空いているだろう。お茶と一緒に大福を出してやると、あんじょう勢いよくかぶりついた。


 一希は高校時代に買った専門誌の一つを開き、付箋ふせんを付けた箇所について順に尋ねる。新藤は白い粉を散らした口で一つひとつ丁寧に答え、余談と呼ぶにはあまりに有意義な補足情報もたっぷりと与えてくれた。ついでに、一希が教本に書き込んでいた疑問もいくつか拾って解決してくれる。


「そろそろ試験対策にも本腰ほんごしを入れなきゃと思ってます」


 不発弾処理補助士試験。一希が受ける初級は一月に予定されている。今から二ヶ月後だ。


 補助士の資格試験には、初級、中級、上級の三段階がある。三者に共通するのが運動能力試験と健康診断。それ以外に、初級では書類審査と筆記試験。養成学校の学習内容を修了して試験を受け、実習の証明書を出せば大抵は合格だ。中級ではさらに実技試験と面接が加わる。


「過去問とか、一応やっといた方がいいかなと思うんですけど……」


 参考書など、勉強のために欲しいものは言えば買ってやると言われている。これを機におねだりのつもりだったのだが、


「まあそんなにりきまんでも試験ぐらい何とかなる」


の一言。そこへ電話が鳴った。新藤は二分ほど席を外して戻ってきた。


「破損のあるザンピードが出たそうだ。ちょっと行ってくる」


 つまり、軍が方針を立てる段階でアドバイスを求めてきたのだろう。


 せっかく風呂に入ってさっぱりした体に、小一時間前に脱ぎ捨てた作業服を再びまとい、悪態をつくでもなく淡々と車に乗り込んでいく。そんな新藤を一希は憧憬どうけい眼差まなざしで見つめた。一流の職人の後ろ姿は、ただただまぶしかった。



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