12 任命


 新藤は早くも部品の回収にかかろうとする。一希は食い下がった。


「せめて牽引けんいん側のセットだけでも……」


「もういいと言ってるだろ。悪いが、実技には最初から期待してないんだ」


「えっ? でも、設定しろって……」


土橋どばしの言う通りだな」


「土橋って……土橋先生、ですか?」


「ああ。お前がどんな生徒か、電話で聞いた。口答えばかりでいつまでっても前に進まん奴だと嘆いてたぞ」


 確かに思い当たるふしはあるが……。


「すみません、決して口答えしてるつもりはないんです。本当にわからなくて……単純なことならまだいいんですけど、ほら、例外とか変則的なこととか、いろいろあるじゃないですか。じゃあこういう場合はどうなんだろう、こないだのあれとは違うのかなあ、っていう純粋な不明点を確認したいっていうか……」


「お前にとっては純粋な疑問かもしれんが、誰も口にしない疑問をたった一人がぶつければ、『素直じゃない』とか『面倒な奴だ』と思われるのが世間じゃ普通なんだ」


 確かに、「細かいことは気にしなくていい」、「難しく考えるな」、と教師からたしなめられるのは小学生の頃からだ。疑問を放置できない自分の思考や行動があまり普通でないことは、薄々うすうす自覚していた。


 新藤の目がまっすぐこちらを見る。そして、まさかの宣告。


「お前は向いてない。今すぐ中退しろ」


「えっ⁉ ちょっ、ちょっと待ってください!」


 慌てふためいた一希は新藤に駆け寄り、ぺこりと頭を下げた。


「すみません。これからはちゃんと……黙ってやります。質問もしないようにします……なるべく」


 すると、頭上から新藤の声が降ってくる。


「質問をするなと誰が言った?」


「え?」


うとまれると言っただけだ。あいにく俺は世間代表じゃない」


「はあ……」


 一希は理解しかねた。


「早川は悪い学校じゃないが、人間には向き不向きがある。お前にとっては時間と金の無駄だ。今すぐ辞めてうちに来い」


「え……今、何て?」


「お前の望みを叶えてやる」


「えっ? 本当ですか⁉」


「ただ働きの使いっ走りに任命する。感謝しろ」


「あ、でも、学校を辞めるというのは……」


「学校で学べることは全部俺が教えてやる。雑用の報酬の代わりだ。質問はしたいだけいくらでもしろ」


――えっ、……えっ?


 思ってもみなかった事態に、腰が抜けそうになる。


「ただし、俺の小間使こまづかいは忙しいぞ。公民館と食堂の仕事も辞めてもらう」


 そこではたと気付く。その二つが、今の一希にとっては収入のすべてだ。


「あの……先日、親の貯金なんて言いましたけど、実は大した額じゃなくて」


 よく考えたら、学校を中退するとなれば今の寮にも住めなくなる。


 新藤は麻袋を回収しながら、ついでのように言った。


「奥の四畳半を空けてやる。広くはないが、今が寮なら大差ないだろう」


「えっと、それって……」


――ここに住む、ってこと⁉


「贅沢はできんが、生活費は丸ごと面倒見てやる。その代わり、お前がやると言ったことは全部こなしてもらうぞ。荷物運びに片付け、帳簿管理、留守番、掃除、洗濯、お使い、だったな?」


――そんなに言ったっけ? すごい記憶力……。


「気に入らないなら無理にとは言わん」


「いえ、とんでもない! お願いします! やらせてください!」


「よし。まずは学校とアルバイトを辞めてこい」


「はい!」


 一希は、夢ではないのかとまばたきを繰り返した。望みを叶えるどころではない。はるかに上回る展開だ。


「荷物は? 引っ越し屋まではらんだろ?」


「はい。食器と鍋釜なべかまが少しと、衣類と本ぐらいですかね。あとは細々こまごまとしたものばかりで」


「よし、準備ができたら電話しろ」


 新藤はメモ帳に番号を書きつけ、ちぎって一希に渡した。


「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします!」


 新藤建一郎の電話番号。電話帳から控えてあるし、とっくに暗記してもいる。しかし、改めて本人の直筆じきひつで受け取ることには予想以上の感慨があった。



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