11 テスト


 入った瞬間、目の前の光景に目を見張った。


 ソファーが脇へよけられ、空いた空間に鉄のかたまりのようなものが鎮座ちんざしていた。直径五十センチ、長さ二メートルほどあるだろうか。古峨江こがえでは幼稚園児でもこれが何だか答えられるし、その危険性を教え込まれている。


「あの、これ……」


「心配いらん。模型だ」


「一トン、ですか?」


「一応そういうつもりではある」


 スム族が投下したデトンの模型。実物大だが、確かに目が慣れればはりぼてであることは見て取れた。これなら重さも大したことはない。


 しかし、信管などの可動部はなかなかリアルに再現されているようで、学校で使われているちゃちな模型とは似ても似つかなかった。


 この模型を中心とし、まくらほどの大きさの麻袋あさぶくろが円状に配置されている。綿わたか何かが詰まっているようだ。土嚢どのうに見立てているのだろう。


「土嚢の高さは実際には三メートル。このデトンは信管に問題があって遠隔抜きになるという設定だ」


――遠隔抜き……。


 安全化するには信管を抜く必要があるが、信管が長くて重い場合などは、途中で傾くと引っかかって抜けなくなる。そういうケースでは危険回避のため、直接手で行う代わりに仕掛けを使って離れた場所から操作する。


「遠隔設定をやってみろ」


「え? あ、私が、ですか?」


「他に誰がいるんだ」


「あ、すみません」


 やってみろと簡単に言うが、そういう手法の存在をかろうじて知っているだけで、まだ計算法や設定法を習ったわけではない。雑用のつもりで来た一希は、思いがけぬ展開にごくりとつばを飲む。


――これ、テストなんだ。新藤さんの……。


 助手になりたいならこれをやってみろと、チャンスをくれているのだ。


「見ての通り、危険性はない。ただし、すべてが本物で活性状態だという前提で作業しろ」


「はい」


 つまり、ちょっとした衝撃で爆発しうると想定しなければならない。


「そこの二箱の中身は好きに使っていいぞ」


 麻袋のそばに、プラスチックの箱が二つ。中にはあらゆる道具が詰め込まれている。


「あの、本物だと思って、とおっしゃいましたよね?」


「ああ、そうだ」


「本物だったら、遠隔抜きを試みて、万一途中で信管割れとか、やっぱり抜けないとかで爆破に切り替えた場合、ここで爆破することになると思うんですが」


「そうだな」


「本当なら屋外で、風向きを確認して、半径一キロとかを立ち入り禁止にして、土嚢の周りにも防護壁を……」


「立ち入り禁止措置は済んでるという前提だ。環境、気象条件も整ってると仮定していい」


「あの、この状態からってことですか?」


「どういう意味だ?」


「仕掛けがもう組み立ての途中、に見えるんですけど」


 箱の中の部品は一見バラバラだが、二つ三つがすでに組み合わされているものや、中途半端に引っかかっているものもある。


「つまり?」


「たしか教本では、まず部品を一つひとつ確認するっていう……」


「必要な手順だと思うんなら実行したらどうだ?」


「はい。すみません、手袋をお借りしても……」


 箱の中には見当たらない。


「どんなやつだ?」


 摩擦と破片の両方に耐えれば一種類で済む。


「Bの……四十を」


「四十は今切らしてる」


「じゃあ、三十台のどれかで……あとベチレジンをいただけますか?」


「なるほど。コーティングして代用するってことだな」


「はい。まあ、時間はかかっちゃいますけど……」


「あ、四十あったわ。これ使っていいぞ」


 新藤が足元の段ボール箱から手袋を取り出し、一希はそれをはめる。


「あの、ちょっと気になることが」


「何だ?」


 一希は右手に滑車、左手にワイヤーを持ち、新藤に見せる。


「どうかしたか?」


「これ、たしか大陸またぎの組み合わせで使っちゃいけないんじゃ……」


 与えられた滑車とワイヤーの生産地が一致しない。これも教本での自習レベルの知識で、確信はない。


 新藤は後ろの棚から別の滑車のケースを取ってきた。


「これでいいか?」


「あ、あと……」


「何だ、まだ何か文句があるのか?」


「この信管って、抜いた後は廃棄ですか? それとも、何かこう、将来のための資料とかに……」


「抜きのセットアップと何の関係がある?」


「ワイヤーの長さがちょっと足りなさそうなので、破損が生じてもいいなら上から吊るのをやめて、抜けたまま落とす手もあるかなと……」


 新藤の肩がすっと下りた。


「もういい」


「えっ? ちょ、ちょっと待ってください。すみません、今始めますから……」



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