10 志望動機


 約束の木曜日。


 一希は、今朝知ったニュースに胸をざわつかせながら新藤宅を訪れた。


 ブザーに応じた新藤は、案の定いつも以上に渋い顔。


「聞いたか?」


「はい。朝刊で読んで、学校もこの話で持ち切りでした。あの、重傷で運ばれた補助士の方って……」


「命に別状はないらしいが、復帰できるかはわからん」


 オルダの爆破処理中の事故。怪我をした補助士は、一歩間違えば死んでいた。


 オルダとは、片手で持てるぐらいの小さな爆弾を何百個とまとめて投下し、広範囲を攻撃する兵器だ。一つひとつの「子爆弾」が不発で見つかれば、大型爆弾と同様、安全確保のための処理が必要になる。


 オルダの子爆弾には、大小のボール型や、殺虫剤の缶のような円筒型まであらゆる形状があり、内部構造もさまざま。


 十一年前に忠晴の命を奪ったのもオルダの一種だ。サラナと呼ばれる、蝶番ちょうつがいで開くずんぐりした円柱型の爆弾だった。


 昨日負傷したという補助士は、規定通りに防爆ベストとバイザーを着用していたお陰で命を取りとめた。一方、あの日の忠晴は……。


 何の装備も心がまえもないどころか、目の前の物体が何なのかもきっと知らぬまま、八年という短すぎる生涯を閉じた。遺体とも呼べない状態の遺体に、遺族は対面しないことを警察から強く勧められ、それに従ったという。


 人を殺すために作られたとはいえ、戦争が終わってからまでこうして威力を振るい続ける兵器たち。あまりに残酷で、あまりにむなしい。


「処理士と立ち会いの軍員たちは軽傷で済んでる」


 幸い、とも言えるが、誰か一人がミスをすれば全員が巻き込まれることも実証された。


「つくづく危険な仕事だな」


「そうですね」


「どうだ? 気が変わったか?」


「いえ、まさか!」


 つい声が高くなり、それを落として続けた。


「むしろ危険だからこそ、この仕事があるわけですし、お役に立てるなら本望ほんもうです」


「そういや、お前の履歴書にびっしり書いてあった作文だが」


「あ、志望動機……」


 かろうじて受け取ってもらえたことすら忘れかけていた。


「読んでくださったんですか? ありがとうございます!」


「人類の罪をつぐなう?」


「あ、あれはですね……」


〔人類が殺し合いのための恐ろしい道具を生み出し、それがこんなにも長い間この世にあり続けていることに、人類の一員として罪の意識を感じます。その根絶に貢献することが私の使命です。〕


 何度も書き直し、読み返してすっかり暗記している。養成学校の入試で書いたほぼ同じ内容の作文は、大きく出たなと職員室に笑いを提供したことを後で聞かされた。埜岩のいわ基地の軍員たちには一体何様だと眉をひそめられた文面でもある。


 一希が処理士になりたい理由。これはこれで嘘ではない。


 憧れの一流処理士を前に、慎重に言葉を選ぶ。


「つまり、爆弾を作った人たちを恨むばかりじゃ生産性がないと思うんです。同じ人類の誰かが犯した間違いを、その一員として正していきたいんです」


「それだけか?」


「え?」


「随分と優等生すぎやしないか。お前には私利私欲ってもんはないのか? 人類の罪を償うためなら、自分の命はしくない、と?」


「いえ、命は惜しいんです」


「ん?」


「私、絶対死ねないんです」


 新藤の鋭い眼光に射抜かれる。


「死ぬわけにいかないんです」


 なぜだと聞かれるに違いない。どう答えようかと思案した。


 十一年前の事故はここから百キロ離れた藁志ヶ谷わらしがやでの話だから、直接関わってはいないだろう。とはいえ、全国的に大きく報道されたあの死亡事故自体を、新藤が知らないはずはない。


 新藤は黙って一希をにらみつけていた。一希はとっさに明るい声色こわいろを作る。


「だから絶対死なないように、しっかり勉強して新藤さんみたいになりたいんです!」


 あの日、担架の上から見たブルーシートが脳裏に浮かんだ。


 永遠にほうむらなければならない。こんな人類の愚行の名残なごりは、一世代でも早く。そう簡単に死んでたまるか。


「お前、生活はどうしてる?」


「えっ?」


「住所は早川の寮だったよな? どうやって食ってんだ? 親の仕送りか?」


「あ、いえ、両親は他界してまして……アルバイトしてるんです。平日の朝に公民館のお掃除と、週三回は授業が終わってから工場の食堂でお給仕を……といってもお給料は微々びびたるものですけど」


「そんなんで早川の学費が出せるのか?」


「あ、学費はですね、奨学金と、親ののこした貯金で何とか」


「なるほど。ちょっとここで待ってろ」


と言うなり、新藤は母屋の中に入っていく。


 今日は「素人にできる手伝い」をさせてくれることになっている。きっとその準備をしているのだろう。一希は胸を高鳴らせた。



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