9  母のように


 学校での毎日は相変わらずぱっとしないが、一希は新藤に会える日を心待ちにしながら何とか持ちこたえていた。


 今日は昼休みに入る前、生徒数人で備品を倉庫に運ぶよう指示された。授業に使った爆弾の模型と付属品だ。


 重さなど知れているし、こういうときになまけて「だから女は」と言われるのはしゃくなので、一希は率先して引き受けた。他に名乗り出たクラスメイトは三人。


 道具を運ぼうとジャージのそでをまくっていると、


「お前いいよ。手、足りてるから」


と止められた。何となく予想がついていた展開だ。


「ううん、私もやる。どうせ暇だし」


「いや、なんか顔色悪くねえか?」


 そこへもう一人が、


「そういや、さっきの休み時間、薬飲んでなかった?」


「ああ、あれはね。いつものやつで、大したことないの」


 実は、今朝から生理痛がひどかった。さいわい薬が効いて痛みはおさまっているが、目まいやしんどさに変わりはない。とはいえ、そんなことでいちいち休んでいたらこの職業はきっと務まらない。


 結局、制止を押し切って大きな道具箱一つを運び、あきれられた。


 高校時代にも、体育の後片付けだの机の移動だのは、こちらの体調が良いときでも男子がやってくれる空気があった。「任せとけばいいじゃない」、と女友達は口をそろえる。


 しかし、不発弾処理という過酷な世界をこころざすからには、必要以上に甘やかされたくなかった。母の姿を見てきたことも影響しているかもしれない。


 世間では専業主婦が圧倒的に多い中、外で働きながら家のこともすべてこなす母を一希は尊敬していた。実質的には「女手一つ」に近かった。そのかたわらでは、特に何をするでもなく存在感の薄い父が、ただ息をしていた。


 母はスムである父と結婚した時点で、実の両親も含め全親類から絶縁されている。唯一の頼みのつなが、あの藁志ヶ谷わらしがやの叔父だった。子供同士を結婚させ、ますます強固になる家同士のきずなを思い描いていただろう。


 そんなときに起きたあの事故。


 見舞いをよそおって一希の病室を訪れた叔父は、ぶっ倒れんばかりに頭に血を上らせ、あることないことまくしたて、挙げ句の果てに父に殴りかかって看護師たちにつまみ出された。


 一希と両親は忠晴をとむらうことすら許されず、門前で追い返された。


 住んでいた曽呉李そごりでもあらぬ噂が立って居づらくなり、母が仕事を得やすいようにという考えもあって、最寄りの大都市である古峨江こがえに移った。この町で一希は、母がたった一人で奮闘する姿を間近に見て育った。


 一希は、母に苦労をいた上、ろくに助けてやれなかった。せめてこれからの人生を無駄にしないよう、全力で毎日を生きていきたい。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る