【Operations】今の私にできること

Operations-01


【Operations】




 * * * * * * * * *




「……あー、やっぱり今は行けない。彼の親が来てるかも」

「ジュリア」

「だって、来るなって言われたのよ? どうして来たんだって言われるのは当然じゃない」

「あのね。あんたの気が強い性格はどこ行ったの?」

「俺が一緒に行ってもいいけど、どうするかい」

「ブラック? いるのよね。この優柔不断娘の代わりに様子を見てきてくれない?」


 ローリが無事と分かった後、私はまだ元恋人の病室に行けずにいた。

 酸素マスクを付けられ、生体情報モニターがピッピと鳴っている姿はまだ目に焼き付いている。


『死神に瀕死の患者の様子を見に行かせるとは』

「……死神に死にそうな人間の様子を見に行かせるのか、だって」

「あんたが行かないからでしょ。ほら、行った!」


 ローリが私を追い払う。エリックを借りるのは断った。何でだろう、病院って人の命を救うところなのに、なぜこんなに不安になるんだろう。

 今は病院の広くて清潔な廊下が怖い。


『無理に行かなくてもいいんじゃないか』

「それを5分前に言って欲しかった。でもね、私も……いつかは区切りを付けないといけないって思ってた。無理矢理にでも背中を押されないと、それは何年後だったか分からない」

『……二度と会わないか、諦めずに粘るか。よく考えてから決めてもいい』

「そうね。まだディヴィッドが目覚めないと決まったわけじゃない。その後の事だって、目を覚ましたディヴィッドが決める事だよね」


 本人不在で、あなたの親に別れろと言われたから別れましたなんて、今考えたら子供かって感じね。

 私も少し時間が経ったのだから、冷静にならないといけない。


 時刻は18時、もうじき見舞いの時間が終わる。意を決して病室を覗いた時、幸いにもディヴィッドの両親はいなかった。


「ディヴィッド……」


 ディヴィッドの様子は変わっていなかった。

 装置が規則的な電子音を響かせ、点滴で少しむくんだ顔や手が痛々しい。


 正直に言うと、ディヴィッドと付き合う決め手は顔だった。

 付き合い始めた当時、私は23歳。私も中途半端な自信があったし、ハンサムな彼氏を連れていると、私までランクが上がった気分だった。


 白金の髪、シミ一つない綺麗な肌、青く綺麗な瞳、涼しい顔、高身長。


 付き合ってから、ディヴィッドがとても優しい人だと分かった。私に対してというより、性格の話。猫にも、見知らぬお婆さんにも。

 自然が好きで、デートも派手ではない。高価なプレゼントを贈って貰った訳じゃない。だけど私の思い出はどんどん増えた。


「彼氏にブランド品を買ってもらったとか、旅行したとか、あの頃は周りがしきりに自慢してきてた。素敵な彼と付き合う私に、周囲が厳しかったんだ」

『……それをこいつは知っていたのか』

「言うわけないじゃない。私は彼の姿勢がとても素敵だと思ってたから、物欲で彼氏を判断する女とは思われたくなかった。そりゃ、ほんの少しは羨ましかったけど」


 むくんで厚くなった手をそっと握る。何カ月ぶりに手を繋いだんだろう。


「私から手を繋いだこと、なかったな。いっつも繋ごうよって言ってくれたの」

『そうか』

「これがドラマや漫画なら、恋人が手を握った瞬間目を開けるのに」


 馬鹿な話よね。そんなに世界は私に都合よく進んでない。


『もし目覚めたら、何を言うつもりだった』

「そうね、一生分寝るつもりだったのか、聞いてやるわ」


 何も言えないかも。泣いてしまうかも。ディヴィッドの両親に別れろ、お前のせいだと言われたことは伝えるべきかな。


『別れ話はするのか』

「別れろと言われた事は言わなくちゃね。後はディヴィッドの返事次第」

『君の意見はどうなんだ。こいつに全て決めさせるのか』


 私は……。


「別れたくない。でも、彼の両親に祝福されない恋愛や結婚が正しいとも思えない」

『こいつの両親は正しいのか』

「えっ?」

『我が子の恋人にお前のせいだと八つ当たりする事が、君が言うところの正しさかと聞いているんだ』


 ブラックの言葉に驚き、私は何も答えられなかった。


『こいつの親のような態度を取る事が嫌なんじゃないのか。自分は優しくなかったと口にするくせに、優しくない者の肩を持つのか』


 じゃあ、どうすればいいの。彼の母親に反論すれば良かったの?

 そんなの、溝を深め、広げるだけじゃない。


「どうしたらいいの、だったらどうすればよかったの」


 ディヴィッドが答えてくれるはずはない。仮にディヴィッドが今目覚めて答えてくれたとしても、優しい彼が私を責めないのは分かりきってる。


 そうして、ディヴィッドの代わりに私が私を責めるんだわ。


「元気な時に手を握って来いって、思われるよね。なんか私、そっけなかったと思う。その罰が当たったのかとも思うけど、その罰も結局ディヴィッドが肩代わりしてくれた」

『……俺も少なからず人を悲しませた。目を覚ませと泣きながら怒鳴る父親を見た時、とても後悔した。こうなったのは試練なのか、罰なのか。今でも分からない』


 私はこの病室に何をしに来たんだろう。何を言っても聞こえないディヴィッドに、勝手に思いを吐露して、勝手に後悔して。私のための懺悔に意味はあるんだろうか。


「ディヴィッド、目を覚まして。じゃないと私、あなたに償えない」


 ブラックと一緒に良い事をした気になって、誰かのためになったと私だけ勝手に心を軽くして。

 ディヴィッドを救えなくても、ブラックを助けることで償いの代わりをして。

 その間、ディヴィッドには何も伝わらない。私やディヴィッドを狙った死神のせいでこうなったといっても、現状敵討ちの目途も立っていない。


『自分に思う事があって、俺を手伝ってくれたのだろう。恋人の不幸が君を優しい人に変えた。君が変わって、周囲の死神が変わって、奇跡が起きる。信じるしかない』

「奇跡、ね。神父様が不貞していない教会で祈りを捧げようかな」


 ディヴィッドの瞼でも指でも、一瞬でも動かないだろうか。そんな淡い期待は崩れ去った。私の声は、ディヴィッドには届かない。

 ここで嘆いていても、手を握り続けても、奇跡は起きない。


「ディヴィッド、私は……あなたのお陰で変わる気になった。もし良い行いが償いになるなら、やるしかない」


 自己満足かもしれない。ちょっと人助けをしたからって、今までの悪い所を全部清算できるとは思えない。ディヴィッドのためになんかならないと思う。

 それでも、別れることになっても、ディヴィッドが生き返られなくても、何かしなくちゃ。


 償いたいんでしょ? もう一度……声を聴きたいんでしょ? 私。


「ブラック。もしディヴィッドが死神になっていて、あなたがどこかで会った時には伝えて」

『……聞こう』

「待っていろ! って。私が死神の邪魔をし続ければ、人の命を刈り取りたい死神は絶対に私を目障りに思う。対峙する場面になったら、私がブラックとディヴィッドを元に戻せと要求する」

『……それは助かるな。その決意、俺が代わりに見届ける』

「次にこの病室を訪れるのは、全てをやり遂げた日よ」

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