第19話 天秤に掛ける 〜王視点〜



 そんな中、王は1人思考していた。


 自分が今、どう立ち居振るまえば良いのか。

 それだけが問題だ。


 


 今回の召喚は『特に何も気にせず、ただ可愛い我儘を少し聞いてやっただけ』の産物だ。


 だって、あの子が初めて言った我儘だったのだ。

 つい嬉しくなってしまい、そのお願いをあまり深く考えずに受け入れた。



 この事を知っているのは、その場に居た宰相だけだ。


 危惧すべき事がある何かあれば、いつもすぐに宰相が静止してくれる。

 だから特に何の根拠がある訳でもないのに、何も言わないその様に「大丈夫だ」と安心してしまっていた。


 宰相もただの人間だ。

 何かを見落とす事もあれば、見え過ぎるが故に利を求める事だってある。

 


 オルトガン伯爵夫妻の話を聞いて、やっと気が付いた事がある。

 彼はおそらく自派閥の為に、この召喚を止めなかったのだ。


 必ずこちらに不利益があるなんて事は無い。

 しかしリスクがある事には、彼の事だ。

 おそらく気付いていただろう。

 

 彼はそれを知った上で、王族よりも自派閥を取った。


(……否、きちんと自分で考え、判断を下すべきだったのだ)


 思わず彼に諸々の責任を、全て彼に擦りつけてしまいそうになっていた。

 そんな自分にハッとして、王は小さく自己嫌悪する。


 そしてゆっくり前を向いた。

 一刻も早く今の現状を整理して、今後を考えねばならない。


(王族の権威を守るという名目で、その実息子の望みを叶える為に、貴族達を召喚した。ただそれだけの筈だったのに)


 気付けば事態は、さも「王族が不当な嫌疑を侯爵に掛け、纏まりかけていた事態を引っ掻き回した」かの様になっている。


 その上「そんな無茶な事をしたのは、国内に蔓延る不正を正す為」であり、「それによって崩れるだろう派閥同士の均衡を保つ為」だと公言までされてしまった。


 こちらとしては、どちらも全く知らぬ話だ。

 そもそもオルトガン伯爵の『本件は王族案件足り得ない』という言にも、異議がある。

 

 あれは一種の屁理屈だ。

 そんなものはただの言い様でしかなく、そうである以上王族の強権で「我らが王族案件だと思ったのだからそうなのだ」と言い切ってしまう事もできる。


 しかし、しかしだ。


(今更そこを蒸し返せば、他貴族達がどう思うか)


 そんな風に、考える。


 両家の和解が目前だったという事は、彼らの社交手腕によって、既に飲み込まれてしまっている。


 その為、事実がどうであれ。

 そして、王族がどう言ったとしても、彼らの中に「やはり王族は余計な手出しをしたのではないか」という心は、少なからず残るだろう。


 もしも不正という国にとっての不祥事が発覚した上にそんな疑念が残ってしまえば、だ。


(貴族に指摘されるまで情報漏洩と不正に気付かず、そのくせ些事で国を引っ掻き回した。そんな王族像が完成してしまうではないか)


 それは不利益こそ齎せど、利益は全く齎さない。


 それに対して話の流れに身を任せれば、だ。


(侯爵の件を謁見理由にした事に関しては、幾つか苦言が出るかもしれない。が、それも国全体の為となれば、擁護してくれる層もある)


 そんな風に目算をする。


  

 確かに王族は強権を持っている。

 が、数では圧倒的に敵わない。

 

(いざ反目された時、1人の強権は数多の群勢に負けるのだ。だからこそ、我らは周りを見なければならない)


 そこまで考えれば、どうすべきかはもう自ずと分かるだろう。


「……全ては、伯爵夫人の言う通りだ」


 今度は自分の頭で考えて、彼は出した答えを告げた。

 そして「モンテガーノ侯爵家には要らん迷惑をかけた」と謝罪してから、こんな風に言葉を続ける。


「その代わりと言ってはなんだが、お前が抱えているその『不発弾』、今ここでキッチリと処理させてもらおう」


 つまりそれは「これから謁見理由となっていた件を決着させる」と言っているのと同義だった。


 もし『王族案件』の成立を望み疑いの目を向けるのならば、ワルターから提出された証文などをこの後吟味し、後日再び両者を呼び出して沙汰を下すのが適切だろう。


 しかし先程、そうはしないと決めたのだ。

 ならば判決も、後日にする必要は無い。


 

 王が告げた言葉の意味に、周りも気が付いたようである。

 ザワついていた場が静まり、バラけていた視線は一気に、王の方へと集まっていく。


 そんな中、王はゆっくりと口を開いた。


「まずは――セシリア・オルトガン」

「はい、陛下」


 突然の名指しだった。

 にも関わらず王の視線の先の少女は、まるで動揺していない。

 あらかじめ呼ばれる事が分かっていたのか。

 そんな風に勘繰りたくなる程に落ち着いている。


(ほう、流石は『オルトガン』と言うべきか。ここまで肝が座っているとは)


 王はそんな風に思った。

 しかしすぐに思い出す。


 確か社交界デビューにおける挨拶の時も、彼女はひどく落ち着いていた。

 予期していなかっただろう、あの様なトラブルに恵まれても尚。


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