第18話 まだ随分と手加減した方 〜クレアリンゼ視点〜



 宰相が、まるで苦虫を何百匹も噛み潰したかのような表情になっている。


 おそらく彼は、事を収める義務を負ったこの王に、宰相として最初から最後まで、つまり決定の為の相談から周りとの調整、刑の執行手続きに至るまで、その全てに奔走せねばならない事を知っているのだ。


 そんな彼に、クレアリンゼは一つ彼に「貴方の出した苦肉の言い訳は、残念ながら理由としては機能しませんよ」と教えてやる事にする。


「それと、派閥バランスについてはそもそも、何も気にする事はありませんよ」

「……何?」


 訝しむ宰相の声と共に、その片眉がピクリと上がる。


 食いつきは、上々だ。

 そう思いながら、クレアリンゼはまた密かにほくそ笑みつつ「だって」と口を開く。


「『革新派』の重鎮・モンテガーノ侯爵家の信頼回復が成る前にかかった、今回の召喚命令。そのせいで『革新派』内はまた少し荒れるでしょうから」


 例えこの場で『無罪』になったとしても、侯爵家は再び派閥内の面々に事実を説明し納得を得る必要がある。


 ワルターとクレアリンゼが作ったニセモノの真意のお陰で、少しは周りの信用を得やすいだろう。

 しかしそれでもこのタイミングでの召喚は、侯爵家にとっては痛いのだ。



 そう告げると、宰相は眉間に深い皺を寄せる。

 

 あれは怒っているのではなく、おそらく困っているのだろう。

 今回は『保守派』の方が明らかに大打撃だが、それまでの優勢を鑑みると、色々な理由が相まって、確かにギリギリのバランスは取れる。

 

 勿論今までの『保守派』大優勢でのギリギリではなく、『革新派』優勢のギリギリにはなってしまうが。


 

 険しい顔の宰相から視線をずらせば、これまた悩ましげな王に出会った。

 なのでクレアリンゼは、再び王を『上げて』おく。


「しかし、それにしても流石は陛下。わざわざこの件を召喚理由に選んだのは、今回『保守派』から処分者が多く出ると踏んだからこそだったのですよね。共和国との条約は国にとって有用ですから、それを潰さない為に」


 全ては派閥バランスを取って上手くやろうという事ではなく、あくまでも国の未来の為である。


 武力で他国を従わせたい『革新派』に完全に勢いが傾くと、条約締結よりも侵略を選ぶだろう。

 それは、少なくとも今のこの国が共和国に対して行うには悪手である。


 つまりはそういう筋立てだ。




 まるで氷の上を滑るようにクレアリンゼがそう説明すれば、傍聴席から「なるほど」「流石は陛下だ」などという声が漏れ聞こえた。


 それに便乗して「まぁ、以前は国交を交えて互いに発展していた国だ。この国に関してだけならば、国交の方が良いだろう」などと、王がそれらしい事を言う。



 と、その隣で宰相が少しムスッとしてこう言った。


「しかし『革新派』1人に対して6人の『保守派』の痛手。どう見ても釣り合いが取れていない」


 そんな彼に思わず「はぁ」とため息を吐く。


「人数的に考えれば確かにその通りでしょうが、事はそう単純な数字の話ではありません。重要なのは、派閥に対する影響力の差の方だと私は思いますが?」


 つまり、今回罰せられるだろう6家は、どの家も派閥内では大した立場を持っていない。


 対してモンテガーノ侯爵家は、派閥の重鎮。

 影響力は高く、その為バランスはある程度取れるのである。


 まぁ本当にただのバランス取りの為に今回本当に吊し上げられたのだとしたら、侯爵家としては「溜まったもんじゃない!」と言いたいところではあるだろう。

 

 しかしクレアリンゼは、ワルターからあらかじめグランに対し「そういう作戦で行くが、実際にはそうではない。変に被害者面するよりも『元々は私の方が悪かったから』と言い回った方が信頼回復は早く叶うだろう」と言い含めている事を、知っている。


 本人もこれには結構真面目に頷いていたらしいし、そんな事で王族から目を付けられるのも嫌だろう。

 余程の事が無い限り、グランも控えるだろうと予想できる。




 などと考えていると、王も宰相も、2人してひどく疲れた顔をしている事に気が付いた。


 一体何が、そんなに疲れたのだろうか。

 原因は、謁見目的潰しの方か、不正暴露の方か。

 どちらにしろ、これでもまだ随分と手加減をした方である。



 だって目的潰しの方は、たかが王族として間違った召喚を行ったというレッテルを貼られただけだし、不正暴露は、単に王が彼らの処分に頭を悩ませ、宰相が事の収束に奔走するというだけの事である。


 何も王族の権威を失墜させたり、再起不要にしたりする訳では無いのだ。

 今までセシリア周りで流れていた妙な噂やこの召喚に際してオルトガン伯爵家が受けた理不尽と手間から考えれば、十分「まだまだ軽い」と言っていい。

 

 少なくともクレアリンゼからすると、そういう認識なのである。

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