第17話 必殺・丸投げ 〜クレアリンゼ視点〜



 クレアリンゼは、それが分かって言っている。


 この場で罪を自供させ、マーチリー子爵と伯爵、少なくとも2人の有罪を確定させる。

 それは即ち、この不正が確かにあったという事実をここに居る沢山の人の面前で晒すという事である。


 つまり王があとで「全員無罪だった」と収まる事は不可能になる、という事だ。


 そして何より、先程子爵が行った『自分はあの件の目撃になる』という宣言も、すぐさまその効力を失う。


 賄賂目当てで証言しようとした事を認めるのだ、その言葉の信憑性が著しく欠くものだと判断されるのは当たり前の事である。



 つまり子爵が「唆された」と証言する事は、情状酌量を求める事は出来るものの、その代わりに王族の前で謀をしたという証言になってしまうのだが、目先の事しか頭に無い子爵は、残念な事に一ミリだって気が付かない。


「……確かに私は、モーニ伯爵からその様な指示を受けた」

「お前、何をっ! 陛下、そのような事実はありません! これは子爵が勝手に!!」


 項垂れながらそう証言したマーチリー子爵に、今回の首謀者であり、実は条約締結の補佐官を務めてもいた外交副部長のモーニ伯爵が声を荒げる。


 しかし、情報漏洩、服務規定違反、そして不正への関与疑いである。

 幾ら声を上げても、彼が逃れる道は無いだろう。




 彼の必死な訴えに、王は何も言葉を返さなかった。

 『保守派』筆頭・テンドレード侯爵の弟である宰相も、顔をしかめただけで口を開く気配は全く無い。

 

 縋るような視線の先に、そんな2人を様子を見て、モーニ伯爵は「自分を助けてくれる者は存在しない」と思い知る。



 愕然とした真っ青を顔をして、モーニ伯爵は遂にガクリと両膝を床に付いた。

 そんな彼を一瞥してから、クレアリンゼは王へと告げる。


「陛下にはどうか、国の為の決断をして頂きたいと思います」

「……これだけの家名を容疑者として挙げれば、一体どんな影響が出るか」


 呟かれたその声は、まるで低くグゥと唸る様だった。



 余計な事をしてくれた。

 王の顔に、そうありありと書かれている。


(この王は、その告発を自ら「やれ」と暗に命令した事になっていると、どうやらもう忘れてしまっているらしい)


 そう気が付いて、しかし敢えてそれに乗ってやろうと淑女は1人、クスリと笑う。


「今回告発されたのは、全て『保守派』貴族達。そのせいで『革新派』との派閥バランスが崩れる事を、陛下は危惧されているのですね?」

「……それだけでは無い。爵位持ちの家が処断されれば、領地は、そこに住む領民はどうなるのだ」


 確信を持った彼女の声に、王ではなく宰相がそう答えた。

 その声に、思わず失笑してしまう。


(我が領の民を人質にしておいて、よくもそんな事が言えたものね)


 苦い顔をしているところを見ると、それも自覚してるのだろう。


 それでも敢えてそう言わなければ、対抗出来ないと思ったのか。

 まぁそうなのだろう。

 実際にその通りだ。




 今の彼の心中を察するに、きっとこういう事だろう。


 自派閥である『保守派』を擁護し、出来る限り軽い刑で済ませたい。

 しかしそれでは一国の宰相としてあまりに体裁が悪いから、国を憂う宰相として真っ当に聞こえるな理由を告げて、どうにか周りの譲歩を求めたい。


 

 彼がそう思うだろう事は、最初から分かっていた。

 だからクレアリンゼも、そんな彼にかける言葉をあらかじめ用意している。


「それは私達この場の貴族に、暗に『この悪事を見過ごせ』と言っているのですか?」

「……国の外交に障る可能性のある悪事だ。見過ごせる筈が無い」


 それはおそらく本音だろう。

 そこに疑う余地はなかった。


 しかしまぁ、それと同時に「こんな多数の目があるところではなく、もっと秘密裏に報告してきていれば内々に処分できたものを」とも、思っているだろうけれども。


 しかし、それについてはクレアリンゼにだって言い分と言うものがある。


 第一に、こんな舞台が用意されなければ、こちらだって秘密裏に報告を上げ、その契約を破棄させるだけに留まっただろう。

 つまりこの件は、公には『最初から無かった事』になっただろう。


 自分本位な理由で不正をしておいて、何のお咎めも無しなんて、そんなの決して許せない。

 そんな国であってはならない。



 そして、そんな思いは形になった。

 何故なら彼は、今正にこの場で『この悪事を見逃す訳にはいかない』と、そう宣言したのだから。

 

「そうですか、『悪事を見過ごすつもりは無いが、領の統治に障る事は危惧すべき』と。ならば話は簡単ですよ」


 そんなもの、今すぐに解決できる。

 そう言って、クレアリンゼは綺麗に笑う。


「本案件は、国を謀り私欲を満たす不正でした。処分は重いものになる事が予想されますが、その裁量は全て陛下に委ねられているのですから、陛下が相応の罰を下せば良いだけですよ」


 この国は、良くも悪くも『王国』だ。

 全権は王によって集中管理されていて、王の最終決定には誰一人として逆らえない。


 しかしだからといって不満が出ない訳ではなく、王は自らの決定に責任を持ち、暴挙が過ぎれば臣下に討たれる可能性にだって晒される。

 それこそが王の背負うべきものなのだ。


 だから。


「王国、ひいてはそこに住む国民達を守る義務も、陛下には勿論存在します。ですから問題ありません。陛下は自らの義務とお力で、丁度良い裁量にてこの件を解決なされば宜しいのです」


 まるで簡単な事のような告げたソレは、実の所潔いほどの『丸投げ』である。

 しかしそれでも言っている事には筋が通っているのだから、誰も言い返す事などできない。


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