第16話 告発 〜クレアリンゼ視点〜



 周りからは、様々な声が漏れ聞こえる。


「クレアリンゼ様は、さぞかしお辛かった事でしょう」

「確かに、貴族たる者確かに不正は正さねばならん」

「この召喚にはそんな裏が。確かに本題を秘密にせねば、証拠隠滅や逃亡の恐れがあっただろう」


 それらはどれも、異口同音に告発者・クレアリンゼと貴族関係を引っ掻き回し混乱された首魁・国王を擁護するものだった。


 

 それらを受け止め、クレアリンゼは更に続ける。


「私はこの国が大好きです。だからこそ思います。誇れる王国であって欲しい、と」


 それは、これが国の為の告発だと、だから皆さんにも協力してほしいのだと、そんな風に告げていた。



 その美しい理念に、既にクレアリンゼが作り上げた世界の住人である人々は皆頷いていく。


 機密をここで暴露すべきだったのかとか、まだ証拠も提示されていないのに、これを信じていいのか、とか。

 それを気にするよりも、正義感と愛国心が先んじる。


 

 それが今効いていないのは、おそらく当事者達だけだ。

 

 勝手に動き出した周りに困惑し、懸命に着地点を探す王に、既に犯人に当たりをつけ終えて顔色を悪くしている宰相。

 そして不正に関わった人達。


 彼らは皆、それぞれに寒い腹を抱えている。



 それを全て知っていて、クレアリンゼはその罪状を簡潔に述べた。


「条約締結後に回復する、共和国との物品取引。その優先権や法外に安価な金額による水増し分の着服を約束させる代わりに、こちらからは政治的優遇を行う。そういう密約を共和国側の貴族達と交わしている家を、私は今ここに告発します」


 つまり交わされた密約は、物資の優先や賄賂の代わりに、政治的優位に立てる様に共和国側を援護するという内容だ。



 自身の利益の為に、国を売ろうとしている。

 そんな事実に、驚く者、憤慨する者、したり顔の者。

 そして、青ざめる者。

 様々な顔が室内には今並んでいる。

 

 それらをゆっくりと見回して、クレアリンゼは花が綻ぶような可愛らしさで微笑んだ。


「あぁ、流石は陛下。全ての家がここに揃っています」


 皆が「誰だ」と周りを見回す中、彼女は彼らに笑顔のままで社会的死刑を宣告していく。



 よく響く声でクレアリンゼが挙げたのは、1伯爵家、3子爵系、2男爵家。

 全部で6つ、全てが『保守派』の家達だ。



 次々へと挙げられていく家名に、周りのざわめきが増した。


 名を上げられた家の貴族は、皆一様に「何を根拠にそんな事を!」「濡れ衣だ!!」などと声を上げる。

 しかしその全てから、少なからず動揺や顔の強張りが見て取れる。


(それだけで、もう十分に自供しているようなものだと思うけれど)


 もしかしたらクレアリンゼだからこそそれが目に付くのかもしれないが、周りにバレていなくてもそんなの時間の問題だ。


 何故なら彼らは、バレるなどとは夢にも思っていなかったのだ。

 工作もしていなければ、証拠だって満足に隠滅できていない。

 

 その上、ここは男6人が一緒に押してやっとゆっくりと開けられる程の扉が3つも付いている。

 ここからの逃亡も難しい。


 彼らには、ここで一時身柄を拘束され、証拠が確認出来次第何かしらの刑罰を受ける。

 そんな未来しか待っていない。


 王の一存で「疑わしきは罰せず」には出来るだろうが、今の風向きで一時拘束もしないのは、流石に周りの目が許さないだろう。



 それでも口々に「これはオルトガンの陰謀だ」「濡れ衣だ」と叫ぶ面々に、クレアリンゼが止めの刃を突き付ける。


「今ここでどんなに反論した所で、全ては無駄だと思いますよ? だって不正の証拠の確保にはもう、行っているでしょうから」


 そんな風に言って笑う。


 例えば、共和国との間に交わされた密書。

 例えば、非公式に行われた会合の証人。

 例えば、施行に直接関係する内容の契約書。


 それらの確保には、すでに人が動いている。

 勿論、6家一斉捜査で。


「……勝手に動かしたのか、監査部を」

「私はあくまでも、善良な一貴族として知っている事を通報しただけですよ」


 宰相が唖然とした声で尋ねてきたので、紛れも無い事実を告げておく。


 もちろん密書や契約書は、各家で厳重に保管されているだろう。

 捜査権限も何もない伯爵家が押収する事は出来ない。

 

 だから代わりに、状況証拠や共和国産の物受け渡しルートなど、相手方との繋がりを十分証明できる物を彼らに提出しておいた。

 それを受けて監査部はすぐさま動き出し、今頃は既に、各家の王都邸へのガサ入れをしている所だろう。


「監査部の要請で、外交部も動いていると聞いています。早ければもう、押さえられた証拠を前に外交部が頭を抱えている頃合いかもしれません」


 そう言って、クレアリンゼが笑った。

 実にいい笑顔である。


 そして。


「マーチリー子爵」


 彼女にそう名指しされると、先程ワルターに食い下がっていたあの子爵が、肩をビクリと大きく揺らした。


 そう。

 彼もまた、先に挙げた不正を働いた6家の中に名を連ねている。


「もしかして、主犯から『この謁見の場で侯爵を追い込めば締結後に受け取るマージンを増やしてやろう』とでも言われていましたか?」 


 だから、いざとなれば仲間から援護射撃が貰えると思い、あんなに自信たっぷりだったのではないのか。

 そう言葉を続けると、子爵は慌てて言葉を返す。


「そっ、そんな訳がっ!」

「まぁこれも調べが進めば明らかになる事ではありますが、より心証が良い方を選んだ方が、賢明だと思いますよ……?」


 それは暗に、情報を売れと言っているのだ。


 彼のあの自信の有り様から察するに、おそらく彼に指示した相手は爵位が上なのだろう。

 そしてそんな人間は、先の6家ではたった一つだけしかない。


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