第15話 まるで舞台役者の如く 〜クレアリンゼ視点〜



 彼女を守る為には、どう間違っても言えはしない。

 テレーサのお茶会に招かれた彼女が持ち帰ってきたその情報こそ、行き詰まった状況を動かす鍵だった。

 

「調べる内に、この国に共和国産の茶葉が流入している事に気が付きました。……皆様ご存知の通り、共和国と本国の間には現在国交がありません。にも関わらず、本来そんなツテが無い筈の彼らが、何故そんな物を持っていたのか。その入手ルートを調べる内に、私は先に述べた不正の存在と、その根幹にある『共和国との条約締結』の動きを知ったのです」


 『共和国との条約締結』という事実は、不正の動きを負った先に見つけた副産物だ。

 クレアリンゼは暗にそう告げていた。


 まだ不正に関わる者の名は出していないが、そもそも彼らにソレを知る権限は無い。

 つまり彼らに、ソレを教えたヤツが居るのだ。

 

 宰相は今回、オルトガンではなくそちらを辿って情報漏洩の対策を立てる事になるだろう。




 クレアリンゼが事の経緯を話した所で、王がこう尋ねてくる。

 

「伯爵夫人、その情報は一体何処で手に入れたのだ。信用に足る物なのか」


 王の目が、「さぁ情報の出所を話せ」と告げている。

 しかしそれは答えられない。


「この情報の根拠をお知りになりたいのでしたら、証拠をお示しいたします」


 そう言って、にっこりと微笑む。


 あくまでも告げた声は柔らかかったが、その実情報の出所については断固としていう気が無い。

 

 今回の件については、セシリア以外に何人もの情報提供者が居る。

 しかしクレアリンゼは、その内のただの1人も売るつもりは無い。



 教えればそのルートは使えなくなるし、何より相手に迷惑が掛かる。


 こういう物は、信用こそが大切なのだ。

 それを自ら手放す愚を、まさかクレアリンゼが犯す筈は無い。


 そして、何よりも。


(この場で大切な事は、出所ではなくその信憑性。そしてそれは、別の方法で十分に担保する事ができる)


 言う必要性を感じない。

 だから絶対に、言うことは無い。


「共和国にも友人が居る私にとって、『共和国との条約締結』は紛れもない吉報です。だって友人と頻繁に会える機会が、今後増えるという事ですもの」


 そう言って、クレアリンゼは幸せそうな笑みを浮かべる。



 それは正に『夢見心地』という言葉がしっくりと来る様だった。


 周りは皆、クレアリンゼが共和国とのパイプ持ちだと知っている。


 国交が断絶する前、彼女がどれほどその相手と仲良しだったか。

 それはこの場の過半数が、実際に見て分かっている。


 だからこそ、彼女の『何の気兼ねもなく友人に会えるのは、実に喜ばしい事だ』という気持ちも、理解できる。



 クレアリンゼの声に、言葉に、表情に。

 周りは皆、のめり込んだ。


 借り物の感情はいつしか自分のものとなり、まるで舞台の主人公に成り代わったかのように『条約締結』を喜ばしく感じ始める。

 だから。


「しかし、だからこそ私は許せません。そんなの喜ばしい事に泥を塗る、彼らの暗躍が」


 ワントーン下がったその言葉に、未知の敵を確かに感じた彼らはその表情を曇らせた。



 

 ついて来ている周りを肌で感じながら、クレアリンゼは宰相の方を盗み見た。

 

 彼はこの国の頭脳である。

 あらかじめ様々な事を知っており、様々な事を考察し仮定するのが仕事の人だ。


 だからこの場で、少なくとも彼だけは、クレアリンゼが先導するまでもなくこの先の結末を想像できる。

 

 当初からしていた彼女のそんな未来予測は、今彼を見た瞬間に完結を迎えた。



 理解している。

 懸命に表情に出さまいとする彼の事実を、クレアリンゼは読み取った。


 そして彼が今、ソレに気付いた上で「どうするのが最善か」を慌てて思案している事を知っていて、それでも尚、時計の針を先に進める。


「……私は『答え』を知りました。しかしこっそりと胸に秘めておこうかと、最初はそうも思ったのです。『条約締結』が機密事項であるだろう事は容易に想像が付きましたし、国王陛下ならば、いずれ気が付くでしょうから」


 視線を落として、彼女は告げる。

 最初はそんな所で機密を暴露する気は無かった、と。


 そして「しかし」と顔を上げる。


「今回、締結前のこの時期に陛下が私にこの場を設けてくださいました」


 その目は真っ直ぐに王を射ている。

 決意と感謝に満ちたその目で、王を釘付けにしてみせる。


「聡明でお心の広い陛下の事です。条約締結に泥を塗り国民を落胆させる事を良しとせず、またここまで答えに行き着いた私に、機会を与えてくださったのだ。そんな風に感じました」


 彼女のこの演説は、事実などでは決して無い。

 彼女だって、この場を作った王の『真意』は理解している。


 それでもわざわざこんな演説をしている理由は、これが1番『効率的』だからだ。


 王に方便を与える事で彼の感情に妥協点を見つけさせ、尚且つこの場の人心を出来るだけ多く納得させ、掌握する。

 それがクレアリンゼが取るべき選択だ。


「つまりこの場は、偶々『条約締結の裏に潜む不正』に気が付いてしまった私の心を癒すという陛下のお心遣いと、私の言葉をなるべく多くの方に曲げずお届けする為と、そして何より不正を働いた方々を逃さない為の、陛下の策だったのです」


 予期せず遭遇した不正と、それをどうしても見過ごす事ができなかった夫人。

 それは周りに、さぞかし高潔に映った事だろう。


 そして何より、今のこの状態を采配した王。

 それは周りに、さぞかし厳正で慈悲深く映った事だろう。


 クレアリンゼの手腕によって、今やそれを疑問を抱く者は誰も居ない。


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