第14話 もっと大きくて不穏な『何か』 〜クレアリンゼ視点〜
動揺の声が押し寄せてくる中、クレアリンゼは微笑んだ。
(やっと、私の出番ですね)
そんな風に独り言ちる。
ここまでは全て順調だ。
王や宰相の口を塞ぎ周りに事実を認識させる事で、ワルターはこの部屋の大半の人間にこちらの言い分の『正しさ』を示して見せた。
『正しさ』は、その人の立場や視点によって変わる。
大切なのは、自分の『正しさ』に胸を張れる事。
自信を持ち、第三者が納得できる理由を、第三者が納得できる形で示す事だ。
そういう意味で、ワルターは100%に近い成果を出した。
理詰めで隙が無く相手に対して容赦しないその手腕は、紛れもなくクレアリンゼが好む彼の姿だった。
だからこそ思う。
次は私の番である、と。
ざわめく室内でクレアリンゼが静かに時を待っていると、驚きや困惑から最初に抜け出た宰相が、慌てた様に抗議する。
「そんな戯言をっ! だいたい何故知ってるんだ?! 共和国との和平条約は国家機、み……!」
焦りを含んだ声が『国家機密』という言葉を言い切る前に失速していく。
自らの失言に気が付いたからなのだろうが、何分気付くのが少し遅かった。
ほぼ言い切ってしまっている。
今更止めても意味がない。
機密ならば「そんな事実は無い」としらばっくれるべきだった。
宰相の声に「ではやはり本当に……!」などという、ワルターの言葉を信じる言葉が聞こえる。
ヤバいと思ったのだろう。
サッと顔色を青く変え、そしてすぐに赤くなる。
ワルターを睨むその瞳は、どう取り繕っても「お前のせいだ」と言っていた。
お前がこんな所で言うからだ。
否、お前が知っているからだ、と。
しかしそれは、ワルターからすれば不当な非難だ。
「国家機密だというのなら、私を非難するより先に、そんな情報が一貴族でしかない私に漏れているという事実こそを憂うべきでしょう」
ワルターは伯爵家の当主であり、王国財務部の非常勤という事もあり、その方面には顔が効く。
しかしそれだけだ。
役職持ちでもなければ、王族やその重鎮と懇意にしている訳でもない。
つまり、情報が漏れる余地はないのだ。
普通ならば。
「情報管理が完璧では無い。だから、私如きが知っているのです。それを怠ったご自身の落ち度を擦りつけないでいただきたい」
正にそれは、この国の宰相である彼の管轄だ。
今すぐにでも、情報の流出経路の特定と再発防止に努めなければならないだろう。
その為に参考意見を聞きたいというのならば、分からなくもない。
しかしこちらは、何も不正な手段でそれを盗んだ訳ではないのだ。
それを責められる謂れは無い。
「条約の話は、あくまでも不正を負った結果分かった事実に過ぎない事を、今ここで宣言しておきましょう」
まずその様に宣言した後、ワルターがクレアリンゼの方を向いた。
その瞳には、絶対の信頼と優しさが、そして何より「やってやれ!」という気概が乗っている。
「ここからは、我が妻が説明しましょう。この件に最初に気が付いたのは、彼女ですから」
その声に、クレアリンゼはニコリと笑って頷いた。
そして、王に目を向けてこう告げる。
「陛下、私の話を聞いてくださりますか?」
真っ直ぐに見つめてそう言えば、いったい何を思ったのか。
王は少し頬を赤らめてほんの一瞬動揺した様だった。
……否、何を思ったのかなんて、本当は彼女にも分かっている。
そしてその様に「一国の王となり、互いに互いの家庭を持った後なのにコレなのか」と、思わず内心呆れてしまう。
一拍置いて、改めて発言の許可が出た。
それを受けて、クレアリンゼは口を開く。
「私が最初に違和感を抱いたのは、今年の社交始まりでした。友人達との会話の中で『ある特定の貴族達が、どうやら秘密裏に集まり動いているようだ』という事を知ったのです」
最初はただの世間話の一つだった。
直接的な言及は無かった。
しかし方々の話を繋ぎ合わせると、本来表向きに交流のある、交流していても決して不自然では無い彼らが何度も密かに会っているという事実に行き着いた。
きっとそれは、派閥や年齢層、男女に関係無く、満遍なく広いクレアリンゼの交友関係があってこそ。
そして何より、彼女が普段から断片的な情報を文章にするのを得意としていたからこそ得る事の出来た事実だった。
「どうしてわざわざ『密会』をしているのだろう、そんな疑問を抱きました。もしかしたら、誰かに向けたサプライズを企画しているのかもしれない。最初はそんな風にも思いました。しかし次第に『違う』と気が付いたのです」
あらゆる事象に関して、情報収集を行う事。
それは社交を武器にするクレアリンゼの常である。
しかし調べていく内に、やがてそのきな臭さに気が付いた。
この裏にあるのは、もっと大きくて不穏な『何か』だ。
そう気が付いて、慎重に更なる探りを入れた。
そして遂に、その正体が『保守派』に蠢く何かしらの欲だと気付いたのが、丁度1ヶ月ほど前。
しかしここで、調査は暗礁に乗り上げた。
彼らが執着を見せる「欲」とは何なのか。
一体何をしようとしているのか。
分からなくて、行き詰まって。
そんな状況を打開したのが、――今年10歳になったばかりの末娘だった。
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