第13話 「知っているぞ」と脅されて 〜国王視点〜



 そんな思考を巡らせている彼の一方、王の内心は怒りと焦りで荒れ狂う。



 せっかく上手く行ってたのに、余計な横槍を入れやがって。

 一連のワルターの言葉達は、そう言ったも同然だった。


 そんな愚弄を受けたのだ、感情的にならない筈が無い。



 地道に、そして淡々に準備されたこの戦場は、まるでチェックされたチェス盤のように見える。


 外堀を埋められて、追い詰められて。

 退路を断たれた彼に出来るのは、最早強行突破という名の強権発動だけかもしれない。



 自分が持つ力である。

 確かに使えば貴族連中からの反発はあるだろうが、何もせずに言い負かされればそれこそ王族としての威厳を損なう。

 

(もちろん、今回の事が強引だった事には自覚がある。しかし内外にきちんと序列を示す為には、ここはねじ伏せねばならない)


 だからこれは、王としての役割だ。


「オルトガン伯爵、貴様は私を邪魔者扱いするつもりかっ!」


 そんな風に声を荒げ、怒気を隠さず周りに示す。

 

 私情に任せた怒りなどでは決して無い。

 そう言い聞かせ、己の言動を正当化する。

 

 そうする事で自身の中に最低限の冷静さを残し、且つ場の空気を引き戻す。

 これはそういうノウハウだ。



 暴君の可能性を秘めた諸刃の剣だが、この場では間違いなく最善の一手だった筈だ。

 しかし、そんな王にワルターは――強く笑う。


「私は陛下を『愚王』だなどとは思っていません」


 わざわざ『邪魔者』から『愚王』と言い換えた。

 その事に弾かれたような反発心を抱くものの、警戒心が先に立つ。


 彼が浮かべた笑顔には、何となく確信めいたものがあるような気がした。


 まるで最初からそう言われる事が分かっていたかのような、それを待っていたかのような。

 そんな印象を受けて「もしや何かあるのでは」と感じずにはいられない。

 


 警戒から、異論の口が重くなった。

 すると更に、こんな言葉が掛けられる。


「王の『真意』が何なのか、私は十分察せていると自負しております。そんな私が、何故貴方を愚弄する事が出来ましょう」


 そんな言葉を聞いて王は、心中で激しく動揺する。

 


 確かに、この召喚の『真意』は別にある。

 しかしここでそれをバラされては困る。

 

 知れば周りは「そんな事の為に」と反発するだろう。

 今のこの空気ならば尚更だ。

 


 動揺は隠せた筈だが、何故だろう。

 こちらを見るオルトガンの6つの瞳に全て見透かされているような気分になる。

 しかし。


(……いや、いかんな。気のせいだ)


 そんな風に、否定する。



 人の表情を読むのが得意なクレアリンゼと、場数を踏んだワルターならともかく、まだ10歳のセシリアにまで見透かされるなどという事はあり得ない。


 これは自意識過剰になり過ぎだ。

 場の空気に呑まれ過ぎだ。


 そうやって無理矢理に納得する。


「……それを言ったらどうなるか、お前は分かっているのだろうな」


 焦りと緊張に両手をギュッと握り締め、低い声でそう告げる。



 明らかな嫌悪と牽制を込めたつもりだ。


 もしバラしたら王族を敵に回す事になる。

 そう明確に示したつもりだ。



 周りはみんな「真意って何だ」と興味津々の様子だが、オルトガンも所詮はこの国の貴族だ。

 流石に王家の不興を買ってまで楯突こうとは思わないだろう。


 それこそこちらは、領地と領民というあちらの弱みを握っているのだ。

 その脅しが効くことは、彼らがこの場に姿を見てた時点で確定事項だ。


 

 そんな脅しに、ワルターの笑顔がまた一段階凶悪に深まった。

 

 本能的に、ヤバいと思った。

 しかし王に止める間は与えられない。


「聡明たる王は、現在王国内で行われている『とある不正』の詳細を沢山の貴族の前で暴く為に、この様な偽りの召喚理由を作ったのです」


 まるで演説でもするかの様なその声は、人がひしめき合うこの室内でも十分響く大きさだった。

 案の定室内は大きくざわめき、貴族達の困惑が漏れ聞こえてくる。


「何なんだ? 不正って」

「知ってるか?」

「いや分からない」


 言いながら、王に視線が集まった。


 おそらく答えを求めてのものだろう。

 しかし言いたい。

 何だソレは、と。



 本当の『真意』はバラされなかった。


 もしかしてバレてないのか。

 そんな気持ちでワルターを見て、しかしすぐに「違う」と気が付く。



 冷たい瞳が、強い笑顔が、確かに「知っているぞ」と告げている。


 傍聴席に向かって背を向けている為、口にしない限りその事実が明るみに出る事はないだろう。

 しかしそうと分かっていて、彼はこちらを脅しているのだ。


 こちらに話を合わせなければ、全てをこの場でバラしてしまうぞ、と。



 それは困る。

 故にここは、一旦様子を見るしか無い。


(しかしそれにしても……『不正』とは一体何だ)


 王にとっては『突然降って沸いた何か』だ、そう思うのは当たり前だ。

 しかし与えられた短い時間で考えられたのは、そこまでだった。


「現在秘密理に進められている、共和国との和平条約締結。その裏には不当なマージンを得ようとする貴族達の暗躍があります」


 機密になっている筈の事実と、国を揺るがす程の不正(スキャンダル)。

 それを聞いた瞬間、王は「何故思い当たらなかったのか」と自分を責めた。



 こんな場所で、何も知らず何の準備も出来ていないこの状況で、大きな不正を告発される。


 王にとって、それは想定される物の中で最悪の部類に入る強行だった。


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