売られたケンカ

第1話 新たな面倒の足音



 セシリアは、上機嫌に帰宅した。


 理由は明確だ。

 だって、つい先程テレーサと仲直りする事ができたばかりなのだから。



 帰宅後、着替えを済ませて私室で過ごしていると、紅茶入りのティーカップを運んできたゼルゼンが「よかったな、セシリア」と言いながらセシリアの前にそれを置く。


 お祝いの気持ちを込めて淹れられた紅茶は格別に良い香りがして、飲んだら実際に美味しかった。


 彼の入れる紅茶はいつだって美味しいのだから、これはおそらく気持ちの問題なのだろう。

 しかしそれでも嬉しそうに笑う彼が視界に入ったので、セシリアの喜色は一層華やかになる。


「うん! 色々話を聞いてくれたりしてありがとう、ゼルゼン」


 まるで自分の事のように喜んでくれる彼に心からそんなお礼述べれば、彼は少し照れた顔で「まぁ俺は本当に『聞いていただけ』だけどな」とそっぽを向かれた。


 確かに彼は、今回何か動いたわけではない。

 しかしずっと居てくれた、聞いてくれたというだけて、セシリアは確かに救われていた。


 少なくとも1人は、彼だけは自分の事を理解して見守ってくれる人がいる。

 それがどんなにセシリアの心の安寧に繋がっていたのかは、きっとセシリア本人しか分からない事だろう。




 相変わらずのぶっきらぼうさを発揮した彼に、少し可笑しくなって「フフフッ」と笑いながら、セシリアは紅茶をまた一口含んだ。


その時である。



コンコンコン。


 室内にノック音が聞こえ、セシリアが半ば反射的に「はい」と応じると、扉の向こうでポーラの声がこう告げた。


「お嬢様、旦那様と奥様がお呼びです」


 聞き慣れた声だ。

 だからこそ、分かる。


(きっと何かがあったのだ)


 一見すると分からないくらいの違いだったが、それでも確かに違いがある。

 そう思わせる、いつもよりほんの少し硬い声がセシリアにそれを示す。



 何だかとてと、嫌な予感がした。


 先ほどまでの幸せな気持ちは、まるで夢から覚めてしまったかのように掻き消えてしまった。

 隣を見ると、ゼルゼンが私を見つめて固まっている。


 彼の場合、どうやら彼女の声ではなく主人の挙動から何かを察した様だった。




 逡巡は、無かった。


「すぐに行くわ」


 そう即答し、ティーカップを置いて席を立つ。

 

 すると、流石はゼルゼン。

 そんなセシリアの性急な動きにもすかさず対応し、座っていた椅子を絶妙なタイミングで引いてくれた。


 お陰で何の障りもなく席を立ち、一見優雅に、しかしその実慌ただしく、セシリアは私室を後にしたのだった。




***



「――お父様、お母様。お待たせしてしまい申し訳ありません」


 リビングへと赴くと、2人は既に到着していた為、まずはそう頭を下げる。


 セシリアを呼び出した人物は父と母の2人だった筈だが、視界の端に兄と姉の姿もあった。

 それを見て、セシリアは「珍しい」と独り言ちる。


 

 わざわざ家族全員をこういう形で呼び出す事は、少なくともセシリアが覚えている限りでは初めてだった。


 幼少期は父親が仕事に追われていた事もあり一緒に取れなかった食事も、今では「少なくとも夕飯は、外出時以外は決まった時間に家族で取る」習慣になっている。

 だからこうして呼び出すまでもなく、日常会話は出来るのだ。


 

 だからこそ「わざわざ招集されて全員が一堂に介する」というこの状況は、オルトガン伯爵家にとって異常事態だった。

 


 そしてそれは、おそらく兄姉も同じく感じている事なのだろう。

 2人の表情にも、若干緊張の色が見て取れる。

 そして。


(……おろらく私も、2人と同じような顔をしているんでしょうね)


 そんな風に思い心中で一瞬苦笑しながら、セシリアは自分が座るべき席に優雅な仕草で腰を下ろした。




 今日のリビングは、いつにも増して密度が高い。


 セシリア達家族5人の他に、それぞれのお付きメイドか執事が各人1人ないし2人は居る。

 それは、家族全員を招集せねばならないような話の場に近しい使用人達の同席が許可されているという事だ。

 つまり。


(彼らにも聞かせるべき話、という事なのか)


 だとしたら、やはり結構な『面倒事』の予感がする。

 だってそれは、使用人がフォローをせねばならないような事態が到来するのだろうから。


 

 

 案の定、ワルターが「使用人達にも同席してもらう」と告げた。

 そんな彼の言葉に、使用人達はそれぞれ主人の後ろで無理のない直立で場に留まる。


 その後、ワルターはテーブルに着いた妻子達を一度ぐるりと見回した。

 そして、こう告げる。


「オルトガン伯爵家に、王城からの召喚命令が下った」


 その言葉を耳にして、セシリアはただ素直に驚いた。


(――何故)


 そんな疑問が脳裏を過ぎる。


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