第三章:とある王子の強硬手段

プロローグ

第1話 アリティーの、明るい未来の為の方策


 


 昼下がりの執務室。

 アリティーはつい先ほど来客の対応をし終えたところだった。


 来客は、デーラ伯爵。

 彼から先日お願いした2つに関する報告を受けていたのだ。



 今は丁度彼が退室した後で、室内に居るのはランバルトとジェームス、そしてアリティーの3人だけ。

 そんな中、窺う様な声が掛けられる。


「……殿下、どうされますか?」


 ジェームスが向ける眼差しには、『心配』が込められていた。



 ジェームスが知る限り、主人の希望や思惑が叶わなかった事など滅多に無い。

 それこそ彼に不可能なのは、兄の言動を制御する事くらいだった。


 それなのに。



 彼の思惑通りの結果を出せなかったテンドレード侯爵にも、思惑通りに動かなかったセシリアにも、ひどい苛立ちを覚えずにはいられない。

 しかし。今はそれ以上にジェームスには主人の心中を慮る必要があった。




 しかしそんなジェームスの心配声とは裏腹に、アリティーはこう告げる。


「どうって……別にどうもしないさ」


 聞こえてきたその声は、実に穏やかなものだった。

 だからその声にホッとしながら彼の顔を覗き見て、そして思わずギョッとする。


 目が、全く笑っていない。


「まぁ仕方が無いよね、失敗しちゃったんなら」


 言葉は実に寛容だ。

 しかしそれだけに、表情とのギャップが恐ろしい。


(殿下はおそらく、この現状に腹を立て、そして一方で――喜んでいる)


 ジェームスは、そう思わずにはいられない。


 彼の目は、確かに笑っていなかった。

 しかしその奥にあるのは、依然として逃げる獲物を追いかける猛禽類のソレである。


 つまり、彼の狩りはまだ終わっていない。


「殿下、楽しそうですね」


 ジェームスが思わず彼に告げると、当の本人はは少しキョトンとして、それから困った様に笑った。


「いや、テンドレード侯爵にはこれでも少し失望しているんだよ? もうちょっと上手くやると思っていたのに」


 ちょっと彼を買い被りすぎていたかな。

 そう言いたげな声色で、アリティーは肩をすくめてみせる。



 ジェームスは知っている。


 命じた時、否、命じる前から、殿下はデーラ伯爵がこの件を彼に振る事を確信していたという事を。

 そして、彼が自分の娘をコマにして作戦を立てるだろう事も。


(そんな中、唯一殿下の策を跳ね除けたのがあの令嬢だ。そしてその事実が、殿下を楽しませている)


 そんな風に思うのは、おそらく「アリティーが時折『第二王子』という肩書きを餌に手ごまを吸い寄せゲームに興じる人間だ」と知っているからなのだろう。


 その餌に食いつく様な奴らは皆、何かしらの強い欲を持っている。

 そういう奴らは大抵、相手が望むモノを目の前にチラつかせれば、ひどく簡単に操れる。

 

 その性質はある意味分かりやすくて良い。

 しかし、たまに分かりやす過ぎてつまらなくもなる。


 そんな中現れた「予想できない動きをする相手コマ」は、アリティーにとってはさぞかし良いオモチャだろう。

 それに、彼の求心力は派閥を跨いで作用するが、中立の者には中々作用し難いらしい。


(中立の者はそもそも操る糸口の『欲』が乏しいから。たしか前にそう殿下が仰っていたな)


 つまりもしこの策が成った時、アリティーは打ち負かした爽快感と同時に『中立』のコマも手に入れる。

 そうすれば、また新たにゲームが出来るだろう。

 

 それはきっと、普段抑圧され持て余しているモノを解消してくれるに違いない。




 彼にとって、人生はきっと退屈なものなのだろう。

 

 何事も大抵思い通りに行く平穏さも、そんな日常の中でただ一つの例外となるものに我慢を強いられる事も。


 それを「つまらない」と思う事は、少なくともジェームスにとっては仕方がない事の様に思える。


「――あぁ、困ったなぁ」


 アリティーが、そう言いながらまったく構っていない顔で笑う。


 『第二王子』という強い立場に操られず、臆する事が無い。

 そんな相手が欲しかった彼にとって、きっと彼女こそが「ずっと待ち望んでいた相手」だったのだろう。


「あの美貌だからね、最初は婚約者(お飾り)にしようと思ってたのに」


 出会った当初、感情的だったとはいえ、彼女はアリティーの言葉を往なす話術を示した。


 王族の妃は他国と交渉する事もある。

 妃にはそういうスキルも必要だから、尚更「適任だ」と思っていた。



 でも、今は。


「お飾りじゃぁ、勿体ない」


 彼女には、王族や自らの友人の手を突っぱねてでも自分の意志を突きとおす事ができる力量と強さがある。


 それはゲームの『敵役』に必要不可欠な要素だろう。

 誰もが待ち得ないギフトなのだから、尚更だ。



 アリティーは今、最大級に良い笑顔を浮かべている。


「まぁ、どちらにしても私が手に入れる事には変わりないがな」


 退屈を埋めてくれる相手。

 それはきっと、今までのアリティーの生活に新たな彩りを与えてくれるだろう。


(殿下、そんなに嬉しそうな顔をされて……)


 近い未来を夢想する主人の顔に、ジェームスは年相応の片鱗を見てクスリと笑う。



 彼女を手に入れる事は、彼にとってはもう決定事項なのだろう。

 ならばジェームスがすべき事は、ただ一つ。

 主人の願いを叶える為に動く事だけである。


「ジェームス」

「はい」


 自分を呼ぶ主人の声に、ジェームスは一秒にも満たないタイムラグで返事をした。

 そんな彼の忠実さになのか、それとも彼にだけ見えているのだろう結末を思ってか。


 自信に満ちた微笑みに照らされて、ジェームスは彼の明るい未来を見た気がした。


「手配をお願いするよ」

「……どの様に?」

「彼女には、僕の前まで『出てきてもらおう』」


 その声を皮切りに、彼の次なる方策が動き始める。


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