それぞれの苦悩
第1話 萎れセシリア
クレアリンゼとのティータイムを終えると、セシリアは真っすぐに自室へと引っ込んだ。
しかしすました顔が出来ていたのはここまでだ。
部屋の扉が閉じると同時に、まるで体を放り投げるようにしてセシリアはベッドにダイブする。
そんな中、布団に沈んだ背中を眺めている人物が居た。
ゼルゼンだ。
(珍しいな、こんなセシリア)
彼は、思わずといった感じでそんな風に独り言ちた。
彼が驚いたのは、もちろん彼女がベッドにダイブした事に対してである。
幾ら令嬢とは言えど、所詮は10歳の子供でしかない。
オフでは我儘を言う事もあれば、いじけたり怒ったりする事だってある。
しかし。
(多分無意識なんだろうけど、最近では私室でも『令嬢にあるまじき姿』なんてあまり見せなくなっていたのに)
そう思わずにはいられない。
所作や作法は体に染みつく。
それは、例え素に戻ったところでそう簡単に無くなったりはしない。
だからベッドにダイブする事も、昔ならば未だしも最近では滅多に無かったのに。
主人がずっと無言なので、ゼルゼンもまた無言のままで彼女を眺める。
しかし明らかにいつもと違う彼女の様子が、まさか気にならない筈はない。
(……全く、微動だにしないんだけど)
そんな彼女に不安を抱き「……セシリア様?」と恐る恐る声を掛けると、何故だかギロリと睨まれた。
無言の抗議を向けられて「一体何がそんなにお気に召さなかったのか」と頭を捻ると、おそらくその疑問を肌で感じ取ったのだろう。
セシリアが声高にこんな事を主張した。
「今はプライベートな時間なの!」
その言葉に、ゼルゼンはやっと「あぁなるほど」と納得する。
貴族令嬢としては些か奔放過ぎるこの現状に、彼女はどうやら『プライべートなんだから別に良いのだ』と言い訳しているらしい。
そして、同時に。
(これは俺にも『プライベート』を強要してるなぁ)
そんな風に主人の意図を察して後ろを窺えば、そこにはもう一人のセシリア付き・ポーラが居る。
ゼルゼンにとって、セシリアは主人であると共に友人でもある。
そして友人として接していい許可も、当主達からちゃんと得ている。
ただしそこには条件が付く。
『同じ許可が下された者が集う場でのみ』という物だ。
そしてその条件に合致しないのがポーラなのである。
以前、ポーラはこの条件の例外だった。
しかしゼルゼンが正式に見習いを卒業した時点で、ゼルゼンに関してはその例外も取り払われた。
主人であるセシリアの元にポーラが居る場は、ゼルゼンにとっても職場である。
職場で公私の線引きが出来ないのは宜しくないという判断だ。
勿論これはセシリアだって知っている筈の事だった。
にも関わらず、普段は自身の公私切り替えに厳しいセシリアからの、この『オネダリ』だ。
何だか様子もおかしいし、出来れば主人の小さな我儘に答えてやりたい。
そう思って、ゼルゼンは今ここで『プライベート』になる許可を、アイコンタクトで彼女に求める。
すると、すぐに肯首が返ってきた。
だから、彼女の希望通りに告げる。
「――で、どうした?」
友達モードでそう尋ねれば、その言葉に反応して小さな背中がベッドの上で僅かにモゾリと身じろぎをする。
「……テレーサ様と喧嘩した」
すぐ後ろで全部見ていたのだ、そんな事は勿論知っている。
だからすぐさま「そうだな」と言葉を返して続きを促せば、セシリアは少し口を尖らせた風でこう続けた。
「テレーサ様とは、もうお話出来ないのかも……」
くぐもった声がシュンと萎れて、彼女の体がクルリと丸まる。
そんな彼女の言動に、ゼルゼンは思わず「おや」と思った。
テレーサに対して毅然に対応し、母親に対しても冷静に説明していたのにこの変わり様。
そう思う気持ちも確かにあるが、それ以上に気になるのが彼女が萎れているという事実である。
その姿はまるで――。
「もしかしてセシリア、テレーサ様に嫌われたく無いとか……?」
あれだけ真っ向勝負しておいて、まさかそんな事言わないよな?
そんな気持ちを込めたゼルゼンの声に、セシリアの肩が――ピクリと跳ねた。
「えっ、図星?!」
あれで?
確認する様に再度問うと、ちょっと恨めしそうな彼女の瞳が布団からチラリと覗く。
どうやら本当に図星のようだ。
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