それぞれの思惑

第1話 オルトガン夫婦の話題は『セシリア』



 温かな紅茶の香りに安堵して、クレアリンゼは「ほぅ」と小さく息をついた。



 今日は久々に設けられた、夫・ワルターと2人ティータイム。

 最近互いに何かと忙しくしていた為、やっと予定があった形だ。


 向かいに座るワルターに向かって完全オフな顔で微笑めば、同じように緩んだ彼の表情が返ってきた。


 かけがえのない、ほんの僅かな夫婦の時間。

 そんな中だ。

 気が緩み、いじけた言葉だって出る。


「先日だって、『セシリアと第二王子殿下の仲は良好だ』なんて。とんでもないデマですよまったく」


 そんな妻の言葉を聞いて、ワルターの相槌を打つ。


「あれを流してるのは、おそらく第二王子だろうな。上手く情報源は隠しているが」


 それは事実に基づかない、一つの考察でしかなかった。

 しかしワルターの考察は、事実をつなぎ合わせた上でのものである。

 その精度は極めて高い。


 そしてそれを事実的に裏付けるのがクレアリンゼの役目である。


「少し探ってみたのですが、元を辿ると数人の貴族に突き当たります。その方々は全員第二王子率いる『保守派』の中でも第二王子と特に懇意にしているようです」

「という事は、黒寄りのグレーという事か」

「そうなりますね」


 クレアリンゼが断定しなかったのは、おそらくその証拠を示すものは出なかったからなのだろう。


 しかし、これだけの状況証拠が揃っているのだ。

 全体に気を配る一方で、第二王子の采配だと仮定するくらいなら良いだろう。


 とはいえ、だ。


「しかし『手を出せない』というのは、何だかとてもヤキモキしますね」


 クレアリンゼが、ため息混じりにそう言った。


 そんな彼女をワルターはカップを傾けながらチラリと一瞥し。


「クレアリンゼ、今日の紅茶にはこの味のクッキーが特に合う」


 そんな風に、さりげなく彼女の心労を労わる。


「ありがとうございます。……あらホント」


 美味しいです。

 そう言ってふわりと微笑んだ妻に、ワルターも表情を柔らかくする。



 ヤキモキする。

 そうだろう。


 手助けをしてやりたい。

 その気持ちはよく分かる。


 しかしそんな感情は、抑え込むと決めたのだ。

 夫婦二人で。


 

 だからイライラしたりソワソワしても、耐えねばならない。


 それもこれも。


「全てはセシリアの為だ」


 低く落ち着いた声で、ワルターはそう呟いた。


 セシリアが第二王子からのアプローチに対して一度『否』を突きつけた時、彼からの追撃があるだろう事は容易に想像する事ができた。

 しかしそれでも今この時まで、他の家族はそれに関してセシリアを手助けしていない。



 クレアリンゼという前例があったから、そもそも「いずれはセシリアも王族から目をつけられるかもしれない」と思っていた。


 まさか社交界デビューの日に、しかも王族への正式な謁見の最中にあんな風に声を掛けられるとは思わなかったが、それは第二王子の為人という情報が不足していた為に起こった極々小さな綻びだ。

 両親の手ですぐに塞げば、きっと今のような事にはならなかっただろう。


 しかしそれでも手を出さず、あまつさえ兄姉に「これはセシリアへの課題だから」と乞われない限りは援護しない事と約束させたのは。


「セシリアには、今以上に考え学び、今のうちに出来るだけ色々な種類の人間と悪意や利己に触れてもらわねばならない」


 一口だけ残った紅茶の湖面に、そんな声がポツリと落ちる。


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